第6話

 二人は全裸で目覚めた。

 しかも手足をコンパネ板に縛りつけられた状態だ。桎梏の道具は、黒光りした革製のぶ厚い手枷足枷である。両手両足だけではなく頭部や首にまで巻きついていた。コンパネ板はほぼ垂直に近い角度で立て掛けられていて、まるで磔にされているようだった。

 場所はホテルのレストランである。学校の教室一つぶんよりも広さがあり、中央に長方形の巨大なテーブルがあった。十数人の見知らぬ老若男女が席についている。窓には真っ黒なカーテンがすき間なく敷かれていて、外の様子がわからなかった。たくさんのランプが煌々と灯り、部屋の中は明るかった。 

 テーブルについている人々は、身なりは清潔であり高価な服と装飾品を身に付けていた。この時代には絶滅しているはずであろう、セレブな階級といった様子だ。

「あ、あのう」

 彼らが囲む食卓のすぐ後ろで、磔状態な倉之助が声をあげた。彼は、なぜか陰茎を屹立させていた。あきらかに危機的な状況なのだが、なにかイヤらしいことでもされるのではないかと、エロ本探索隊の隊長らしく斜め上からの期待を抱いていた。

「あのう、すみません。この状況を説明してもらいたいのですが」

 倉之助の声を彼らは無視していた。それぞれが席に座り、会話することもなくじっとしている。

 そこに給仕たちがやってきた。彼らの服装、頭髪もきれいに整えられており、このホテルの格式の高さを示している。

「た、隊長、これはすごく危険な香りがしませんか」

 倉之助のとなりで、同じく全裸で磔にされている紀美子隊員が言った。

「いやあ、それはどうかなあ、ふう」

 隊長は目玉を超絶横目にして、紀美子隊員を見た。頭部を動かせないので全身は無理だが、彼女の舗装道路並みの平らさがわかり、憐憫のため息が洩れた。

「いま、私の胸を可哀そうだと思ったでしょう」

「な、なにを急に」

 図星だったので、倉之助は少しばかり動揺した。屹立していたイチモツもダダ下ってしまった。

「ところで、私たちはどうして裸にされたのでしょう」

「うん、そこだよ紀美子くん。ひょっとして、これからすごくエロチックなことをされるのではないかと思うんだ」

 隊長は本心からそう思っていた。ナニがおっ立っていたのが、なによりの証だ。

「私は、ちょっと違うんじゃないかと思いますよ」

「ほほう、その根拠は」

 その異論にどれほどの説得力があるのかと、全裸で磔にされてはいるのだが、彼らしく上から目線だった。

「裸にしたのはエロチックなことをするのではなくて、別の目的があるんじゃないかと」

「紀美子くんの推論は、論理として破綻しているなあ。いま現在の自分の姿を見たまえ。何をどう考えたってエロいことされる寸前じゃないか。きっと、そこにいる上品な人たちが食事を楽しみながらエロ鑑賞をするんだよ。僕たちは余興の芸人なんだ」

 倉之助はあくまでもエロい展開だと確信しているが、それはすぐに間違いだと、あらゆる絶望を含んで知ることになる。

「わあああ、やめてくれ、はなしてくれ、ヤダヤダ」

 レストランに若い男がやってきた。自分の意志でではない。無理矢理連れてこられたようだ。なぜならば、彼もコンパネ板に全裸で磔にされていたからだ。

「な、なにすんの」

 その男は台車に立て掛けられたまま、セレブ達の周りを回らされていた。食客たちが、ジロジロと値踏みするように見ている。

「まずは彼からイヤらしいことをされるんだよ。紀美子くんも、よ~く見ていた方がいいぞ。エロ関連の勉強になるからね」

「そんな様子にはまったく見えないですけど。ぜんぜん見えないですって」

 紀美子隊員の悪い予感は、すでにレッドゾーンを振り切っていた。

「本日の肉料理になります」

 一通りお披露目が終わると給仕が言った。

「わああああ」と、その男は叫び声をあげ、喚き始めた。

「ちょっとうるさいですよ」

 食客の一人、初老の女性が苦言を呈すと、給仕の一人が頭突きを食らわした。若い男は鼻頭を潰されて、鼻血を垂らしながら悶絶している。

「隊長、肉料理って聞こえましたよ、肉料理って。あの鼻血の人、ひょっとして食材なんじゃないですか」

「な、な、なにいっちゃってんだよ。そんなことあり得ないから」

 コンパネ板ごと台車に乗せられていた男は、数人の給仕たちによってテーブルの上に仰向けのまま移された。シェフらしい帽子を頭にのせた男が、両手に握ったよく切れそうなナイフの刃をシュンシュンとすり合わせている。どこからどう見ても、その全裸の男を切り刻む準備に見えた。

「隊長、この人たちって、ひょっとして夜族じゃないですか」

「縁起でもないこと言っちゃいけないよ、紀美子くん。夜族は野蛮で原始的な人間たちだ。ここにいる人たちは上品なセレブたちで、どう見ても夜族には見えんよ」

「隊長は夜族を見たことがあるのですか」

「見たことはないよ。だって、見たら最後、喰われてしまうじゃないか」

「だったら、あの人たちが夜族じゃないって、どうして断言できるのですか」

「そ、そんなの、なんとなくだよ」

 倉之助隊長と紀美子隊員がヒソヒソ話している間にも、晩餐の支度はすすんでいた。食卓にコンパネ板ごと寝かされた男の周りに、青くて不格好なトマトや果実、野菜などが添えられている。

「夜族だよ」

 突然、二人の前にあの少年が現われた。

「え」

「あ」

 驚いている二人の前に立って、何が楽しいのかヘラヘラと笑みを浮かべていた。

「ここにいる人たちが夜族だよ。夜族の親分たちで、むかしはすんごいお金持ちだったんだって。道ばたで食い散らかすのは家来の夜族だよ。頭がおかしくなってるけど、薬ほしさに親分たちのいうことをきくのさ」

 夜族にはヒエラルキーが存在し、上位の者たちが下位の者たちを薬で服従させているという。

「き、君も夜族なのか」

「違うよ。夜族のために人を連れてくると、食い物をくれるんだ。って、人肉じゃないよ。果物とか、たまに甘いお菓子もくれるんだ」

 夜族たちは少年を飼いならしているようだ。人をたぶらかして、夜族たちのために食材を連れてくれくるのが少年の役目である。

「まだ日が暮れてないのに、なんで夜族が活動してるんだ」

「なに言ってるのさ。もう、とっくに真夜中だよ、っていうかもうすぐ朝陽が昇るけどね」

「え」

 二人は麻酔針で、しばらく眠らされていたのだ。

「おじさんや貧乳のお姉さんも、あの人のあとだから」

 後から食材になるということである。

「ええーっ」

「イヤー」

 食卓の若い男は、いままさに調理されようとしていた。シェフが皆に一礼してからナイフを振り上げた。

「でも、あの男の人だけでもお腹いっぱいになっちゃうから、たぶん、ベーコンを作るんだと思うよ」

 少年は腕を組み、食卓のほうを見ながら言った。

「た、隊長、わたしたちベーコンになっちゃうみたいです」

「ベーコンは燻製するのがけっこう難しいんだよなあ。しっかりと下味をつけないと、傷みやすくなるから」

 倉之助はベーコンのつくり方を紀美子隊員に語ろうとしていた。

「そんなのどうでもいいです」

「はじまるよう」

 少年の声が弾んだ。全裸の隊長と隊員が食卓にのせられた男に注目する。静寂の中、生きたままの人間料理が始まった。

 まずは男の口の中に焼けた石がねじりこまれた。さばいている間、その激痛で喚かれては饗を削がれてしまうとの判断だ。

 ゴリゴリと歯が折れる音とともに、ジュジューっと唇の肉が焼け爛れる音もしていた。パイプレンチで石をねじ込むシェフの腕力が情け容赦なく、その恐怖を目の前で見つめてえる隊長の陰茎が、どうしようもなく萎れていた。すでに幼児ですらなかった。

「た、た、た、たいちょう」紀美子隊員の絶望が計り知れない。

「わ、わ、わかってる。わかってるって」何もわかっていない倉之助であった。

 シェフが胸の肉を切りとり始めた。熟達した手練で、若い男の肉を手早く切り取っていく。鮮血があふれ出ていた。悲鳴も存分に出るはずなのだが、焼けた石が口を固く塞いでいるので、その断末魔を洩らすような粗相はしなかった。

 切りとられた人肉は皿に分けられて、給仕の手によってそれぞれの席へと運ばれた。

 彼らはナイフとフォークで行儀よく口に運ぶ者もいれば、箸でつまんで少しずつ齧る者、ぶっきらぼうに手づかみで喰う者もいた。

「生のままで喰うのか」

 思わず、倉之助が唸った。

「た、隊長、気にするところ、そこじゃないですよ。人が食べられてるんですよ。しかも生きたまま切り刻まれてるんですよ。目の前で」

 若い男は、胸部の肉があらかた剥ぎ取られてしまった。肋骨が露わになって、そのすき間から見える心臓が、けたたましく脈打っていた。その激痛は、すでに彼岸の向こう側まで達しているだろう。赤黒く充血した目玉が、ここは地獄であると告げている。

「生きたまま食べるのが夜族の流儀なんだよ。肉が美味しくなるんだって」

 少年の解説だったが、そんな説明はいらないと二人は思った。

「奥様、滋養ジュースを」

 給仕の一人がガラス製のストローを老婆の手に渡した。年老いてはいたが、彼女は上品で威厳に満ちた顔で受け取る。

 そのストローの先端は尖っていた。ぶっ太い注射針のように斜めに鋭く切られている。老婆は親指と人差し指でストローをグリグリといやらしくいじり回すと、ふっと不敵な笑みを浮かべた。給仕たちが男を貼りつけたコンパネ板ごと老婆のほうに寄せる。

「いただきますわね」

 ドクンドクンと脈打つ心臓に、ガラス筒の鋭利な先端が突きささった。


プシューー


「うわあ、すごい」

 ストローの吸い口から、心臓内に循環していた血液が勢いよく噴き出た。老婆は満面の笑みを浮かべる。そして、公園の水飲み場で逆さに噴出される水を飲むようにして、その真っ赤な曲線に口をつけた。

 ゴクゴクと、夢中で飲んでいた。さらにストローの先端を咥えこむと、やせっぽちな老人とは思えぬ吸引力で、それはもうバキュームカーが下水を腹いっぱい吸いこむがごとくであった。

 若い男が縛りつけられていたコンパネ板が何度も跳ね上がっていた。心臓から直接血液を吸い取られている者の、最後の抵抗だった。

「ああ、そ、そこはダメ、ダメーーー」

 倉之助は叫ばずにはいられなかった。なぜなら、シェフが手にしたひどく鋭利な肉切り包丁が、男の神聖不可侵なあの部分に突き立てられていたからだ。

「そこ、私にやらせて」

 老婆以上にガリガリに痩せた女が、自分の席を立ってダッシュしてきた。シェフから肉切りナイフを奪い取りと、嬉々としてえぐりだした。

「あの痩せた女の人、ああ見えても大食いなんだよ。すんごくたくさん食べるんだよ」

 解体されている若い男と同じ運命になろうとしている二人にとって、その情報は吉報とはならなかった。

 痩せ女のナイフ捌きは上手く、若い男の陰部が素早く切り取られてしまった。その地獄的な絵面の中で、すでに絶命していたのが唯一の吉事だった。

 若い男のほかの部位は、シェフによって解体されて、食客たちの皿に次々と盛られていた。夜族たちの食欲は人とは思えぬほど旺盛であり、しかも生食へのこだわりが強かった。

「タマタマが毛深くていやねえ」

 ガリ女にとって体毛は邪魔のようだ。その塊にフォークをグサリと突き刺し動かないように固定してから、毛抜きで一本一本丁寧に引っこ抜いていた。

「た、た、隊長、アソコの毛が抜かれてますよ」

「・・・」

 そのあまりの地獄絵図に、イチモツが極限まで縮み上がる倉之助であった。自身の陰毛までもが毟り取られている錯覚に陥り、ガリ女が一本抜き取るたびに、股間のあたりをビクンビクンと揺らしていた。

「パイパンにしておけばよかった」

 それは重要なところじゃないと、心の中心付近で叫ぶ紀美子隊員であった。


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