第4話
次の日、二人分の簡易テントと炊事道具をもって、エロ本探索隊は図書館を出発した。老婆は、迎えにきたナンシーたちとタニシを獲りに朝早くに出ていた。誰の見送りもない寂しいスタートとなった。
「隊長、ルートはどこにするんですか。まだ聞いてないんですけど」
昨日は勢いで言ってしまったので、倉之助はそれほど乗り気でない。いや、むしろ行きたくないとの気持ちが強かった。なにせ泊りがけの探索は初めてだし、途中かなり危険な地域を通らなければならないからだ。
「そ、そうだなあ」
隊長の口は、足取りと同様重かった。
「やっぱり川を下っていきますか」
「いや、それは」
川に沿って下るのはもっとも距離が短くてすむが、いくつもの難所を通過しなければならない。それらは物理的な障害ではなく、人為的で心理的な障壁となっていた。
「国道沿いを行こう。国道をテクテク歩いて行けばいいんだよ」
国道といってもきれいに舗装が施されていたのは昔の話で、いまはアスファルトがめくれあがり、瓦礫とチリと雑草に埋もれている。歩くのは楽ではない。
「国道を通ると、だいぶ遠くなりますよ。まあ、川の近くは人がいますからねえ」
隊長の小心を見透かすように、紀美子隊員はやや目を細めて言った。
「そんなことより、今回は大量の収穫が予想されるから、帰ってきても分類に忙しいぞ」
他の話題で誤魔化そうとする、いつもの倉之助隊長であった。
「隊長の好きなロリコンものがあるといいですね」
「な、なにを言ってるんだ、紀美子くん。児童ポルノは人類の汚点だよ。そんなものは即廃棄で、後世に残さないようにしないと」
「でしたら、もし見つけた場合は燃やしちゃった方がいいですね」
「もったいないっ。いや、まずはそれが児童ポルノに該当するかどうか、しっかりと確認してからじゃないと。なんせ、若く見えるモデルをワザと使っている場合もあるからな」
文化財としてのエロ本は貴重なので、きちんと分類する必要があると隊長は力説する。
「そもそも隊長は、子供と大人の区別はつくんですか」
「紀美子くん、エロ本研究の第一人者に失礼なこと言っちゃあいけないよ。僕はマスタークラスなんだよ。いや、プロフェッサー級かな」
隊長は胸をはった。彼の唯一自慢できる分野である。
「具体的にどこで見分けるんですか」
「まずは一本スジだろうねえ。ロリは穢れなき一本スジなアソコだから、わかりやすいんだ。大人は何かとごちゃごちゃしてるからねえ。あれはいかんよ」
「でも、だいたいのエロ本はモザイクがかかってますよ。確認できないじゃないですか」
「甘いなあ。あれは目を細めて見るんだよ」
倉之助は、じっさいに土偶のように目を細めた。
「墨塗りもありますけど」
「そういう時は日光にかざすんだよ」
今度は、日の光に紙片をかざす仕草をしていた。
「わたしも一本スジですよ」
「へ。・・・マジか」
倉之助は、スケベそうな目線で紀美子隊員の下腹部をマジマジと見つめた。
「毛はけっこうありますけれど」
「あはは、それはダメだね。無毛じゃないとロリじゃないよ」
「ええーっと、なにがダメなんですか」
「なにがって、紀美子くんにはロリコンの資格がないってことだよ」
「え」
「え」
二人の認識が微妙にずれていた。隊長は、不審者をみるような目つきで彼女を一瞥したあと、話題を変えた。
「ばあさんたち、今頃タニシをたっくさんとってるんだろうなあ」
「食べたかったんですか」
その質問には答えなかった。二人はしばし無言のまま歩き続けた。
「ええーっと、この道でいいはずだけど」
倉之助隊長は少々焦っていた。いま進んでいるルートが、自分の予想していた風景と合致しないのだ。
「隊長、すごくヤバそうな雰囲気なんですけど」
二人は廃墟の住宅地をさ迷っていた。うち捨てられた住居群はひどく不気味であり、幽霊どころか、ゾンビが出てきても違和感のない雰囲気だ。
「骨があるね」
「骨というより死体です」
道のところどころに人間の死体が転がっていた。それらは雑に肉をこそぎ落とされて、半分骸骨状態で放置されている。より正確に記すと、食い散らかした残骸といった有り様だった。
「どうやら夜族の縄張りにきてしまったんじゃないかな」
夜族は、捕まえた人間をよってたかって貪り喰う。トドメをさしてから解体するような、人道的な配慮は一切ないとの噂だ。生きていようが死んでいようが、ゾンビのごとくかまわずかぶり付くのだ。
「きゃあ」
「うわあああ」
唐突に、すぐ傍にあった死体が動きだした。
紀美子隊員は反射的に隊長にすがりついたが、倉之助は彼女の手を振りほどいて走った。だが、すぐに壁につきあたり、それでもそこを登ろうとして、あたふたともがいていた。
すぐに紀美子隊員も来て隊長と同じ行動をしていた。なぜならば、彼女にはそうする切実な理由があったからだ。
「隊長、たいちょうっ、し、死体がきます。こっちにきますう」
肉を少しばかり付けた道端の骸骨が、のそのそと進んでいた。
「おひゃあ、ナマンダブナマンダブ、OH,ジーザス」
「神様、仏様、アーメン様、どうかわたしだけでもお救いください。悪いのは全部隊長なんです。処女のまま死ぬのはイヤですう」
二人はそれぞれの神様に祈った。
肉がこびり付いた骸骨が、這うようにやってきた。倉之助隊長と紀美子隊員はあらためてそれと対面して、死ぬほどの恐怖を味わっていた。
「おっちゃんたち、なにしてんの」
死体がしゃべった。今度こそ、この世の終わりだと二人は観念する。
突如それが起き上ったかと思うと、その下から人が出てきた。年のころ、十二、三歳の少年だった。
「な、なんだ、おまえは」
「なんだって、別になんでもないよ。夜族があぶねえから、死体の下で寝てたら、そのまま寝過ごしちゃったんだって」
「寝てたって、もう、昼時よ」
「俺、寝始めると十五時間は寝るからね。寝る子は育つっていうだろうよ」
少年は死体を脱ぎ捨てると、両手をいっぱいにあげて大きなあくびをした。
「ところでさあ、姉ちゃんこそなんだよ。どうしてそんなに乳がないんだ」
「胸のことはほっときなっ」
紀美子隊員は極スレンダーボデーである。少しのふくらみもなく、それは服を着ても一目瞭然であった。本人はそのことを、非常に気にしている。
「ここはやっぱり夜族の縄張りだったか」
隊長は、紀美子隊員の胸に関してはなにも言わなかった。エロ専門家な彼にとって、乳とは大きくツンと突き出した張りのある豊乳のことであり、絶壁のような垂直胸は語るべき一片の価値もないものだった。心情としては、話題にも出したくないと思っている。
「やつらがこんな近くにいるとはな。こりゃあ、うかうかしておれんぞ」
「おっちゃんたち、どこに行くんだよ。いまは昼間だから大丈夫だけど、もたもたしてたら、あいつらが来るよ」
「僕たちはね、虐殺橋までいくんだよ」
隊長は自慢げに胸をはった。ぜひとも理由を聞いてほしいという態度がありありだった。
「ぎゃくさつ橋って、あそこは幽霊しかいないよ。遠いしよう。なんかおいしいモノでもあるの」
「少年、よく聞きたまえ」倉之助隊長の目がキラリ光った。
「なんだよ、そんなに美味いんか」
少年の目は食欲で満たされていた。
「エロ本が、たっくさんあるんだよ」
紀美子隊員は、ため息をついて首を横にふった。それは子供に自慢することじゃないだろうと、隊長の後頭部を殴ってやりたい心境だった。
「エロ本って、エロい本のことか」
「その通り」
「はあ?、ばっかじゃね」
彼は、バッサリと切った。嘲るように、フンフンと鼻を鳴らしている。
「まあ、きみはまだ子供だから貴重な文化財の価値を理解できないんだ」と結論付けることで、少年の無礼な態度を忘却の彼方へ放り投げようとした。
「エロ本って、シコるだけじゃねえか。あんなの見てなにがおもしろいんだって。ふつうに女とヤっちゃったほうが気持ちいいべや」
少年は、少年のくせして女性経験がなかなかあるような口振りだった。ピュア童貞な倉之助隊長は、うらやましくも悔しくもあったが、その感情を悟られては童貞がバレてしまうので、なるべく平静なフリをして、いかにも知識人的に言う。
「だから、文化財的な価値をわからない子供は困るなあ。うん、教育は大事だよ」
「エロ本なんか見るよりも、この姉ちゃんの裸を見ればいいんじゃんか」
紀美子隊員はビクッとした。裸を見られるというよりも、貧乳を見られるのが非常にイヤなのだ。
「おま、なんていうことを。紀美子隊員だって、なにもすき好んでヒンヌーになったわけじゃないんだ。これは親の遺伝で、おそらくは男性の遺伝子が間違って女性になって」
「うっさい」
隊長の説明調な言葉に、紀美子隊員は相当にイラついていた。普段は大人しいだけに、鬼のように睨みつけるその形相に隊長は恐怖すら感じた。
「ま、まあ、なんだ。紀美子くんは隊員なので、裸になる必要はないんだ。生身の人間が文化財じゃないしな。あくまでもエロ本をなあ、アーカイブとしてだなあ、後世に語り継いでいくんだあ。わかったか、少年よ」
エロ本探索隊では、女性の胸のことは禁句となった。
「さあてと、そろそろ虐殺橋に行かないとな」
紀美子隊員の刺すような視線を背中に受けつつ、隊長は先へ進もうとした。
「でもよう、ぎゃくさつ橋行くんだったら、このへんは遠くなるよ」
歩き始めてすぐに、少年が声をかけてきた。
「え、やっぱりそうか。どこから行けばいいんだ」
隊長は道に迷っていることを認めた。
「俺が連れて行ってやろうか」
少年は、黄色い歯を見せながらニヤリと笑った。
「君、この辺にはくわしいのかい」
「うん、もちろんさ。どこの穴にどのネズミがいるのかも知ってるよ。夜族のやつらの動きもわかるし」
「夜族の行動が読めるのか」
「パターンがあるんだよ。俺はそれを知ってるんだ」
「それは心強い。ぜひ頼もうか」
見ず知らずの少年に、倉之助隊長が道案内を頼んだ。
「ちょっと隊長、大丈夫ですか。どう見ても信用できないですよ」
紀美子隊員がすぐ後ろに立って、小声でささやいた。
「紀美子くん、少なくとも彼は同胞だよ。外国人ならともかく、日本人が日本人を裏切らないだろう」
「でも、夜族だって日本人だし。ナンシーさんは外国人なのに、いい人ですよ」
「子供はピュアな心を持ってるんだよ。疑ったら可哀そうじゃないか。それに道案内なしにこの辺りをうろついて、その夜族に捕まったらどうするんだい。喰われちゃうよ」
「わかりました。でも、十分気をつけてくださいね。それと、われわれの隠れ家は絶対に教えないでくださいよ」
「そんなことわかってるよ。イチイチうるさいなあ」
小姑のような紀美子隊員がウザいと隊長は思った。少年の素性について、彼は能天気にもまったく心配していなかった。
「こっちだよ」
少年が手招きしながら歩きだした。隊長はなんら疑いもなくついていく。紀美子隊員は、あきらかに乗り気でない様子だったが仕方なく後に続いた。
「あ、待てよ。あいつ案内料を取る気じゃないのか」
「それはあるかもしれないですよ」
性根からドケチな隊長は、少年が何がしかの物品を要求するのではないかと危惧した。
「ちょっと君、最初に言っておくけど、僕たちはたいしたものを持ってないんだ。だから、虐殺橋まで案内しても、なんもないぞ」
「その姉ちゃんの貧乳でいいよ」
「え」
紀美子隊員は、とっさに胸を両手でガードした。我ながら水平器をあてたくなるような平らであると、哀しい気分になっていた。
「まあ、それでよければ」
隊長にとっては悪くない取引だったが、もともとないものをどうやって渡そうか、わりと真面目に考えていた。
「死ねや、クソがー」
「ドベッ」
激高した紀美子隊員が隊長の股間を蹴り上げた。そして、返す刀で「キッ」っと少年を睨んだ。
「そんなの冗談に決まってるじゃん」
彼は素知らぬ顔だった。ピーピーと口笛さえ吹いている。
「はは、いまのは冗談なのに、そんなに本気にならなくても」
股の間を両手で押さえながら、隊長は必死に言い訳していた。額に脂汗がにじんでいる。
「俺はなんにもいらねえよ。ヒマだから付き合ってやるんだ」
少年は無料奉仕だと宣言する。だたし、目線は斜め右上を見ていた。
「世の中にはいい人もいるもんだねえ。この国もまだまだ捨てたもんじゃないよ」
隊長はまだ股間を押さえている。また乳のことをなじられたら、今度こそ潰してやるんだと、紀美子隊員は厳しい表情だった。
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