第2話

 佐々木倉之助隊長と白沢紀美子隊員は、橋の下や廃墟、ゴミ捨て場などでエロ本を蒐集しているエロ本探索隊であった。

 ただし探索隊といっても、メンバーは実質的には倉之助隊長と紀美子隊員の二人しかいない。彼らのネグラには秘書兼雑務係の老婆がいるが、高齢なのとリュウマチを患っているので、遠距離を歩く外での活動には不参加となっていた。

「今日は少し足を伸ばして、瓦礫の丘まで行きませんか」

 エロ本探索隊のネグラ周辺は、あらかた探索し尽くされていた。紀美子隊員は、新たな地域に進出することを提案した。

「うう~ん。あの辺りはあまり治安がよくないからなあ。このへんで、もう少し粘ってみたほうがいいと思うんだ」

「わたしは、あのあたりがいいと思うんですけど」

 これも、いつもの会話だった。 

「まあ、そんなに急がなくても逃げてはいかないさ」

 結局、遠くへの探索はなされないのだった。


 瓦礫の丘は、文字通り瓦礫だらけの丘陵地帯である。

 元は高級住宅地として栄華を極めていたが、動乱時にテロリストが根城にしていたので、激しい戦闘の末、猛烈な空爆を受けて徹底的に破壊し尽くされてしまった。

 その結果まともに機能する建物は皆無となり、瓦礫だけが山のように積まれている。その中にエロ本類があるのではないかと、紀美子隊員は常日頃から言い続けていた。

 そこに行くまでは、かなりの距離を歩かなければならない。道路などのインフラが破壊され、自動車の類がほとんど現存しなくなった現在は、骨の折れる遠足となってしまう。

 しかも、途中に外国人の集落をいくつも通らなければならない。彼らは比較的物資に恵まれていて争うこともないのだが、たまに攻撃的な集団がいて、おとなしい日本人は何かと標的にされるので危険であった。ヘタにウロウロしていると、絡まれて暴力を受けたり、女性なら強姦の危機が生じる。いまや日本人は少数派だし、大人しい性質なのでエジキとしては都合がいいのだ。

 エロ本探索隊の隊長はそのことを熟知している。唯一の隊員は若い女性なので、危険な地域は避けるようにしていた。

 暴漢相手に勝負するほどの腕力などないし、自身の命も守れるかどうか怪しいからだ。しかし、度胸がないと思われたくないないので、いつもテキトーな理由をつけて誤魔化していた。

「今日のところは帰ろうか、陽も暮れてきたし」

「そうですね」

 夜になってからの外出は、とくに気をつけなければならない。ばい菌たっぷりの涎をたらしながら野犬どもが見境なく襲ってくるし、夜族(やぞく)と呼ばれる凶悪集団が跋扈しているからだ。

 彼らは同じ日本人なのだが、とにかく凶暴で見境がなく、おまけに人肉を好んで喰う異常者たちだ。しかも、生きたまま貪り喰らうのが流儀だという。あまりにも常軌を逸しているので、好戦的な外国人でさえも恐れていた。謙虚な性質であるエロ本探索隊など瞬殺されてしまうだろう。

「そうだ、帰りに野菜を少しとっていこう。ばあさんが、汁の中身がないってこぼしていたからな」

「それなら自動車置き場がいいですよ。先日通りかかったら、いい草がだいぶのびてました」

 二人は、本日のエロ本探索を終了した。

 橋の下から出て家路へと向かう。ただし、途中で食料を採集するために、自動車のスクラップ置き場へ立ち寄ることになった。

 スクラップ置き場へ歩いていても、隊長の視線は地を這うように舐めていた いつなんどきエロ本に巡り合うかわからないからだ。

 エロい発見は突然やってくる。

 以前、倉之助隊長が川原に捨てられた冷蔵庫を何気なく開けたら、中に数冊のエロ本が入っているのを見つけたことがあった。しかもそのお宝は、ノーカット無修正版で熟女レズ特集のレアものだった。

 僥倖は、それを覗き込むものに与えられた。以来倉之助隊長は、労力を惜しまず手あたり次第開けるのだと、紀美子隊員にことあるごとに教えていた。

 何ごとにも隊長の指示に忠実な紀美子隊員は、ショッピングモールの廃墟で、さっそく大型冷蔵庫を見つけて開けたことがあった。隊長の奇跡を知っていたので、自分にも幸運があるだろうと期待していた。

 しかしながら、冷蔵庫の中にあったのはエロ本ではなくて、四肢を切断された若い女の死体だった。しかも存分に熟成されていたので、脳天に一トンの鉄球を落とされたくらいの激臭に打ちのめされてしまった。彼女は腹の中の反吐を、さんざんぶちまけることになった。

 ただでさえ満足に食えていないのに、貴重な朝食を最後の一滴まで吐きだしてしまい、エロ本を見つけられなかったことよりも後悔した。

 それでも紀美子隊員は、目ぼしいモノがあれば、それをひっくり返したり開けたりすることを止めていない。いつの日か超ド級なエロ本を見つけ出し、隊長に褒めてもらいたいと願っていたからだ。

「フキがいい具合に大きくなってるな」

「ちょうど食べごろですね」

 スクラップ場のあちこちに、フキの大きな葉っぱが育っていた。ただし、それらはみずみずしい緑の茎ではない。まっ赤な、それこそ血のように赤いフキだ。

「五、六本でいいだろう」

「足りますか。フキって、けっこう歩留まりが悪いですよ」

「たくさんとると、毎日フキばかりになってしまうよ」

「おばあちゃん、フキ好きだから」

 フキの茎は中空になっており、元気の良いものはそこに多量の水分をため込む。紀美子隊員が出刃包丁で切ると、オイルみたいに褐色の液体がほとばしった。そことなく油臭いそれのニオイをクンクンと嗅いでいると、隊長が彼女を呼んだ。

「紀美子くん、ちょっとこれを見たまえ」

 地面のある個所を指さして、隊長が意味ありげな表情をしていた。

「なんですか」

「ほら、そこに少し出ているだろう」

 金属の一部分が地面から突き出していた。さっそく、紀美子隊員が触ろうとした瞬間だった。

「ドカーン」

「うわあ」

「ははは、驚いたか」

 慌てて手を引っ込めた紀美子隊員は、引きつった顔で隊長を見つめていた。

「冗談だよ、冗談。こんなところに地雷なんて埋まってないから」

 笑いながら、その行為が冗談であることを告げた。

「クソが」

「え」

「いえ、なんでもないです」

 いまの言葉は気のせいだろうということにした。隊長は地面の中からそれを引っぱりだした。

「DVDですか」

「うん、そうだね」

 地中に埋まっていたそれは、DVDだった。ケースはなくむき出しのままの状態だ。長年埋まっていたので、傷と汚れであの独特の光沢が失われていた。

「題名が印刷されているね」

「なんて書いてますか」

 最近視力が落ちてきた隊長は、目を細めて凝視する。

「{淫乱OL電流バイブ責め。メス犬の叫び}ってあるね」

「やりましたね、隊長。大物ですよ」

 それがエロものであることを知って、紀美子隊員は喜んだ。

「うん、でもエロ本じゃなくてDVDだからね」

「まあ、DVDですね」

「パソコンもプレーヤーもないし、そもそもうちには電気がないよ」

 エロ本探索隊のネグラには電気がない。小型の自家発電装置はあるのだが、廃品となって久しく、二人には修理する技術もなければ部品もなかった。

「中身が確認できなければ、やっぱりエロものとはなりませんね」

「そういうことだよ、紀美子くん。残念だけど、これはここに置いておこうよ」

 二人はそれを元の場所に埋め戻した。隊長がしゃがんで手を合わせる。動物の屍骸を埋めたわけではないのだから合掌は意味不明だったが、紀美子隊員も一緒になって手を合わせた。

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