橋の下エロ本探索隊

北見崇史

第1話

「隊長、どうですか。ありそうですか」

「う~ん、ここにはあると思ったんだけどなあ」

 隊長である佐々木倉之助は、橋の下、とくにコンクリート台座の基礎部分を入念に探っていた。

「もう誰かが持っていったのでは」

「その可能性はあるね」

「いっつも思うんですけど、橋の下って、へんな臭いがしますよね」

 橋の下の湿った空気の中には、カビ臭さが充満していた。隊員の白沢紀美子は、この独特の臭気が好きになれなかった。

「紀美子くん、そこに野グソがあるから、気をつけたほうがいいよ」

 隊長がそう言って注意を促した。手を後ろ向きにあげて、踏みつけてはいけない場所を指した。探索に夢中で、顔は相変わらず彼女のほうを見ていない。

「ええっと、遅かったです」

 紀美子隊員はゆっくりと左足をあげて、足の裏を検分した。糞便の臭気がわき上がって、プンと臭っていた。

「これで何度めかな」

「五度めです」

 彼女は片足で数メートル歩いてから左足を着地させた。砂地の地面をグリグリと踏みつけて、長靴裏のトレッドパターンに塗り込まれた糞便を擦り落とそうとしている。

「川で洗ってきたほうがいいな」

 隊長の意見は至極もっともだが、紀美子隊員にはそうしたくない事情があった。

長靴には穴があいていて、水に入るとしっかりと浸水してしまうのだ。しかも、川の水はゴミとヘドロで相当に汚い。糞便とさほど変わらないと思っていた。

「大丈夫です。砂でなんとかとれたみたいですから」

 紀美子隊員が長靴で執拗に地面をこすった結果、二十センチほどの穴ができていた。

「あ、隊長、こんなところにエロいモノがありました」

 エロいモノという言葉に、隊長は敏感に反応した。橋下の鉄骨に頭をぶつけないように身を屈めたまま、急ぎ足でやって来た。

「ほほう、これは使用済みコンドームだね。しかもご丁寧に縛ってあって、中の精液が漏れないようにしてある」

 使用済みコンドームを割り箸でつまみ上げる隊長に、紀美子隊員は自慢げに胸をはった。

「今日一番の大物では」

「いやいや、これはただのゴミだよ紀美子くん。たしかにエロさを連想させるモノではあるけど、いかんせん生々しすぎる。衛生的にも問題あるから、持ち帰ることもできないし」

 そう言うと、隊長は箸でつまんだそれをクンクンとひと嗅ぎしてから、遠くに放り投げた。不浄の液体が詰まったゴム製品は、ピシャっと卑猥な音を立てて橋脚のコンクリートにへばり付いた。紀美子隊員が名残り惜しそうに眺めていた。

「僕たちの目標は、あくまでもエロ本なんだよ。その他のモノ、たとえば使用済みの避妊具とか放置された下着類は、その限りではないんだ」

「しかし隊長、エロ本はなかなか見つけにくいです。あってもバラバラになっているか、水気を吸ってもはや紙でなくなっているモノが大半です。蒐集品には幅広いエロ物品を加えるべきでは」

 紀美子隊員は、自分の考えを堂々と言った。

「それではどこまでがエロ関連品なのか判別がつかなくなるよ。しまいには、薄汚れてカビと害虫だらけの布団までも蒐集しなければならなくなるさ」

 その布団で男女が情事を重ねていたことを連想すると立派なエロ関連物になると、隊長は論理的に説明した。

「わかりました」

 唯一の隊員は素直に納得した。議論はそれ以上の発展をみなかった。なぜなら二人は毎日のように、このやり取りをしていたからだ。

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