エピローグ 幸せな結末を眺めながら
桜川円佳、二十四歳。
大学を卒業してもう一年か。
だというのに未だろくに相手もいないまませっせと会社で働いて同期の面倒ばっか見てる私って、ほんと貧乏くじを引く運命なのかなあ。
ま、今日は幸せたっぷりなお二人に幸せを分けてもらおうかしらねえ。
「千冬、結婚おめでとう」
「あ、円佳。うん、ありがと」
「後輩君も、しっかりね。先生なったんでしょ? 仕事頑張りなよ」
「円佳さんありがとうございます。ていうか、酔ってます?」
「あんたらの幸せたっぷりな姿見せられたら飲まないとやってらんないのよー」
今日は私の大切な、家族より大事な友人の結婚式。
で、今はその披露宴の途中。
友人席ではなく、なぜか身内のテーブルに割り振られて千冬のお母さんと一緒に、まるで千冬の姉妹のようにその姿を見守っていた私は、歓談の時間になってからお酒をもって二人のところへ。
千冬の花嫁姿はそりゃあもう驚くほどきれいだった。
式場の人も、後輩君の友人たちもみんな指を咥えてみてたなあ。
あんな美人、そうそういない。
それに、二人で選んだっていう黒のドレスもよかった。
黒のドレスの意味は、あなた以外に染まらない、か。千冬らしいわね。
「ねえ千冬、子供は?」
「うん、実はまだ内緒なんだけど、春に生まれる予定なの。楽しみ」
「そんなとこだろうと思った。しっかりやることやってるわね。でも、今日の式で泣かなかったのは意外だわ。ほんと、強くなったね千冬……」
「円佳、泣いてる?」
「な、泣くわよそりゃ……ほんと、よかったね千冬……」
「うん……円佳、私とっても幸せ」
「こ、こらあんたまで泣いたら化粧とれちゃうでしょ。ほら、拭いてあげるから、泣いたらダメよ。今日はあなたがいっぱい幸せになる日なんだから」
「うん……円佳のおかげだよ。円佳も、大好き」
「あはは、それじゃ千冬みたいな男探さないとだね、私も。ね、写真撮ろうよ」
湿っぽくなったらいけないと、係の人にスマホを渡して新郎新婦と一緒に写真撮影してもらうことに。
でも、その時も千冬はずっと「斗真君、大好き」なんて言いながら、新郎の方を見て嬉しそうに微笑んでいた。
中学から、互いに家族が減って辛かった時期にずっと支えあってきた千冬。
高校生になって、後輩君と付き合ってからも目が離せなかった千冬。
大学時代も結局、私の手を離れることはなくずっと一緒だった千冬。
休みの日は、何をするときも千冬と後輩君は一緒だったけど、たまに彼がバイトの時にだけ一緒に二人でお出かけしてた千冬。
そんな彼女が、本当に私から卒業するんだ。
こんなに嬉しくて、寂しいことはやっぱりない。
「……千冬、いい写真撮れたわよ」
「円佳、また泣いてる?」
「き、今日くらいいいでしょ。それに、いつか私も祝ってもらえる側になるんだから」
「うん、円佳も幸せになってね。絶対、なってね」
「ありがとね千冬。ま、今は二人の子供のお祝い稼ぐためにせっせと働くけど」
「じゃあお祝いはベビーベッドがいいな」
「図々しいなあ相変わらず」
「ふふっ、ダメ?」
「あはは、あんたらしいからいいけど」
この後も、披露宴は滞りなく進んだ。
あの千冬の結婚式とは想像できないくらい明るくて楽しい時間だった。
新郎新婦が退場するとき、千冬の希望ってことで相合傘をした二人が去っていく姿を見送ると、ようやく少し肩の荷が下りた気がした。
「さて、私もいい男いないか二次会で勝負ね」
そんなことをつぶやきながらも、やっぱり私は泣いていた。
泣きっぽいのはきっと千冬のがうつったせいだ。
父が死んだとき以来かな、こんなに泣いたのって。
なんか私の前だけ雨が降ったみたいに視界がボヤッとなってさ。
だから泣くのって嫌いだったんだけど。
あの時とおんなじように涙で前が見えないのに。
今日はそれでも、二人の明るい未来だけがはっきり見えるから。
ちょっとだけ頬を伝う涙があたたかいから。
不思議、全然辛くなんてない。
二人を追うように席を立って式場を出ると、そこにはまた幸せそうな二人が待っていた。
もう、涙は出なかった。
「おめでとう、千冬」
「ありがと、円佳」
ぎゅっと彼女を抱きしめた時、いつも冷たかった彼女の手や肌がとてもあたたかくて。
あの頃の千冬はもういないんだって、実感した。
「子供、楽しみにしてるからね」
「うん。名づけ親は円佳になってもらおうかな」
「えー重い重い。やめてよ責任重大だから」
「ふふっ、私って重いから」
「そういうとこは、変わんないね」
「えへへ、だって斗真君」
「うん、千冬はずっと変わらなくていいよ」
「うん。円佳、斗真君にそう言われたよ」
「はいはいごちそうさまです」
ニコッと笑う千冬の目は、見たことないくらいに透き通っていた。
もう、大丈夫だね。
おめでとう千冬。
二人とも、ずっとお幸せに。
~fin~
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