最終話 そこに傘があったから
「雨、かあ」
六月。
梅雨の時期になると毎日こうだ。
朝はいい天気なのに放課後になると学校から帰るなと言わんばかりに雨が降り出す。
天気予報くらい見ろよと言われたらごもっともなんだけど、傘って結構荷物になるし忘れること、多いんだよなあ。
恨めしそうに黒い空を睨む。
でも、雨は降り止む気配を見せない。
俺と同じような生徒がたくさんいたのだろう、置き傘や職員用のレンタルのものもゼロ。
ま、普通ならしばらく待つか濡れて帰るかの二択だろう。
まあ、俺にはそんな二択もなにもなくて、靴箱の前で待機することに。
すると目の前から、ゆっくり歩いてくる女子生徒の姿が見えた。
静かに、廊下の奥から優雅に表れるそのしなやかな肢体に目を奪われる。
「千冬、お疲れ様」
「斗真君……うん、雨だね」
一年前、初めて学校でこうやって千冬と話した日のことが頭に浮かぶ。
あの時は、一人でさっさと傘をさして帰っていく千冬の背中が雨の景色に溶けていくのをじっとここで見てた。
思えばあの頃から、千冬のことが気になっていたっけ。
千冬は俺のことなんてなんとも思ってなかったんだろうけど、ほんと、雨の中を走って帰ってよかった。
千冬と仲良くなるきっかけができたから、っていうのもあるけど。
あの時千冬の身に何かあったらって思うと、ほんと雨に濡れて正解だった。
傘がなかったから、走って千冬に追いついたし。
でも、傘があったから千冬を襲った犯人をやっつけることができた。
多分雨の日のたびに思い出すし、傘をさすたびに考える。
「どうしたの、斗真君?」
「あ、ごめん。なんか、あの日もこんなふうに土砂降りだったなって」
「うん。あの時は傘があって、よかったよね」
「でも、傘があったら千冬より先に帰ってたかも」
「じゃあ、傘がなくてよかったのかな?」
「どうだろ。結局、起こったことをあれこれ考えてもしょうがないってことじゃないかな。あの時こうだったらとか、こうしてればって悔やんでも結果は変わらない。それより、今を大切にって、そう思ってた方が何事にも前向きになれるんだよ」
「うん、そうだね。じゃあ、あの時は斗真君が傘持ってなくて、私が傘を持っててよかったってこと、だね」
「偶然みたいなことの積み重ねだけどね」
「ううん、あの時私を必死に助けてくれた斗真君は、偶然でもなんでもないよ。斗真君が斗真君だから、ああして命がけで私をかばってくれたの」
「あはは、やられかけてたけどね」
「……それに、やっぱりあの時助けてくれたのが斗真君でよかった。斗真君じゃない人に助けられても、多分その人のことを好きにならなかったと思う。裏を読んで、疑心暗鬼になって、もしかしたらもっとひどいこと、してたかも」
「千冬……うん、俺も。あの時ああやって知り合えたのも、きっと偶然じゃなかったんだよ」
「えへへ、運命みたいで嬉しい。斗真君は、私の運命の人」
少し雨が強くなったけど。
千冬は傘をバッと広げてから、俺の手を取る。
「ほら、今日も傘があってよかった。千冬が傘を持ってくれてるから一緒に傘に入れる」
「うん、今日も傘がなくてよかった。斗真君が持ってないから、一緒に傘に入れる」
互いに顔を見合わせて、ふふっと笑いが漏れる。
校舎を出ると、ぱしゃりと水たまりに靴が濡れる。
少しでも互いの肩が濡れないように、身を寄せ合ってゆっくりと雨の中を歩く。
傘をたたく音を聞きながら、雨の景色の中へ二人で溶け込んでいく。
晴れの日も、雨の日も、互いに足りないものを補うように俺たちは生きていく。
「あ、急に雨が止んだね。傘、降ろす?」
「ううん、このまま。この方が、斗真君を感じられるから」
「じゃあ、このまま。俺も、そうしたかった」
「うん。大好き、斗真君」
「俺も。大好き、千冬」
ずっと、離れることなく寄り添って生きていく。
エピローグへ続く。
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