第51話 新たな一年

 新年を迎えたあと、三学期はあっという間に過ぎていった。


 すぐに期末テストがあって、そのあとは三年生の卒業式の準備などに追われる学校の忙しさに流されるように毎日が過ぎて。

 

 やがて迎えた卒業式では、特に仲のいい卒業生もいないのでぼーっとその風景を眺めているだけだったけど。

 でも、来年はこうやって先に千冬を見送るんだって考えるとちょっとだけ辛くなった。


 千冬もそんなことを考えていたのか、卒業式が終わったその日はいつも以上に俺に甘えてたっけ。


 でも、学校が変わっても俺たちの関係は何も変わらない。

 そう確信しているからこそ、寂しいとか辛いとか、そんな言葉は互いに一言も言わなかった。


 そして春。

 晴れて二年生になった俺は、新学期が始まって少し経った今日も変わらず千冬と一緒に学校へ通っている。


「なんか、後輩ができるって不思議だなあ」

「斗真君、年下の子が好き?」

「あはは、そんなわけないって。でも、千冬みたいにみんなに憧れられる存在にはなりたいって思ってるけど」

「そんな……私も斗真君の彼女として、もっと成長したい」

「じゃあ、お互いもっと頑張らないとだね」

「うん、今年一年いっぱい頑張る」


 今年の夏休みは、二人で旅行も計画している。

 それが終わったらいよいよ千冬は受験勉強に本腰を入れないとだし、俺も来年に向けて進路を決めたりしないといけなくて、忙しくなるから、多分二人で遠出なんてそれが最後でしばらくないかもだけど。


 俺が大学に入ったらまた、いろんなとこに行ったりできるようになるだろうし。

 千冬とお酒を飲んだりなんて、そんな日も楽しみだ。


「おはよー二人とも。相変わらずラブラブ継続してるねー」

「あ、円佳。うん、今日も仲良しなの」

「おはようございます円佳さん」


 もちろん円佳さんも。

 多分、彼女もずっと千冬のそばにいてくれるだろう。

 ただ、大学はあえて同じところを目指さないって言ってた。

 今の千冬なら大丈夫だからって、そう言ってくれるようになった。


「そういえばさ、今度の休みだけ買い物行かない? 私、夏服見たいんだけどひとりで行くの寂しくてさ」

「うん、いいよ。でも、その日はせっかくバイト休みだから斗真君も一緒」

「あはは、そのつもりよ。後輩君にも、私に似合う服、選んでもらおっかな」

「ダメ、斗真君は円佳の服選んじゃダメ」

「あはは、しつこいわねー千冬は」


 もちろん、円佳さんは千冬が大好きで、千冬も円佳さんが大好きなんだけど。

 でも、こうやって仲良くすることと以前のように依存することは違う。

 会えないときは我慢できて、会えた時はその時間を大切にできる。

 そんな関係になれたことが円佳さんも嬉しいみたいで、二人の仲は以前にも増してよくなったような気がする。


「円佳、今度斗真君がバイトの時は二人でランチしよ」

「ええ、いいけど。寂しいから?」

「ううん、円佳と二人の時間も、大切だから」

「ほー。そんな言葉が千冬から聞けるようになる日がくるとはねえ。ええ、そういうことなら喜んで。後輩君、その時は千冬、借りるから」

「はい、よろしくお願いします」


 そのまま、千冬は円佳さんと一緒に三年生の教室へあがっていく。

 俺は千冬を見送ってから教室へ。

 

 新しいクラスでは、俺もたくさん友人ができた。

 もっとも、それは千冬のおかげ。

 あの茅森千冬の彼氏として、どんなやつか気になると近づいてくる連中が多かっただけだが。

 人気者の彼女との交際を堂々と隠さない俺に対して、みんな好意的に接してくれた。


 でも、中には一部、俺たちを邪魔しようとする奴もいた。

 敢えて俺の近くで「茅森さん抱きたいなあ」とか、「告白してこよー」とか言う嫌味な先輩がいたんだけど。


 苛立ちながらも無視しようと思ってた俺を飛び越えて、そんな奴に注意してくれるやつも現れた。


「おい、俺みたいに嫌われたくなかったらそれ以上絡むなよ」


 なんて言って面倒な輩を追い払ってくれたのはなんと菊池だ。

 かつて、千冬にしつこく言い寄ってたあいつがどういうわけか俺を庇ってくれた。


 まあ、こいつのことだから下心なのかとも思ったけど。


「すまん、あの頃の俺って調子乗ってたからさ。自分もああいう感じだったんだって今思うと、腹が立つんだよ」って。


 ほんと、人間って変わるもんだ。

 もちろん、過去の過ちはすぐに消えるものじゃないけど。


 そのことを悔いて反省して変わろうとしてるやつを俺は許したい。


「菊池先輩、どうも。なんか変わりましたね」

「まあ、あれだけみんなに袋叩きにされたらなあ。でも、許してもらわなくていいぜ。どうせ茅森さんからは嫌われてるままだろうし」

「まあ、千冬なら先輩のこと覚えてなさそうですけど」

「はは、違いない。ま、俺も真面目になって可愛い彼女探すわ。んじゃな」


 菊池が当時、千冬や俺にとってた態度は最悪だったけど。

 でも、千冬も千冬で誤解を生むような冷たい態度で色んな人を傷つけていたことを彼女自身が反省して。

 苦手でも、関わりたくなくてもそれがイコール相手に何をしてもいいってことじゃないってわかってちゃんと過ちを認めたからこそ。

 

 こうやって俺たちのことを菊池も理解して、そして変わった。


 多分仲良くするなんてことはないだろうし、卒業したらもう会うこともないだろうけど。

 そういう人がいたっていうことくらいは、俺はずっと覚えてるだろう。



「千冬、明日は雨だって」

「じゃあ、寒くなるね。傘、持たないと」

「だね。そういや、一回傘を無くしたことがあったけど、未だに不思議なんだよなあ。どこでなくしたんだろうって」


 帰り道。

 そんなことをふと思い出して千冬に話すと、申し訳無さそうな顔をして千冬が俺に謝ってくる。


「ごめんなさい、あの時、傘を隠したの私」

「え、そうなの? なんでまたそんなこと」

「斗真君と……相合傘したかったの」

「あはは、そうなんだ。なら言ってくれたらよかったのに」

「恥ずかしいもん……怒って、ない?」

「全然。でも、勝手に人のもの隠したらダメだよ」

「うん。これからは、傘は私がずっと持つね。二人で入れるように、大きいの買ったから」

「じゃあ任せるよ。俺、無くしたらいけないし」

「……うん。私、毎日傘持ってるから」


 だからこれからも一緒に入ろうね。

 そんな話をしながら今日も家に向かう。


 そしてまた、蒸し暑い梅雨の季節が訪れる。

 千冬と知り合った、あの雨の季節が。




 おしらせ



次回最終回となります。

ここまでたくさんの方にご愛読いただき感謝の限りです。


最後まで二人のことを見守っていただけると嬉しいです。


よろしくお願いします。


 


 

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