第50話 たった一つの願い
今日は大晦日。
こっちで新年を迎えてから、残りの休みは俺の実家に帰ることになっている。
で、今は千冬の実家にお邪魔している。
千冬のお母さんと三人で、夕食の準備を整えているところだ。
「お母さん、料理終わったら先にお風呂入ってきていいよ」
「はいはい。千冬、そういえば洗濯物まとめといてくれる? お風呂入る時に一緒に回すから」
「うん、わかった」
千冬が一度脱衣所の方へ。
すると、千冬のお母さんが俺に向かって少し頭を下げる。
「ほんと、相楽君のおかげね」
「な、なにがですか?」
「あの子、すっかり明るくなって。円佳ちゃんと話してる時以外は、いつも死んだような目をしてたから大丈夫なのかなってずっと心配してたのよ」
お節料理の盛り付けをしながら、千冬のお母さんは遠い目をして、少し笑う。
「あなたと付き合ったって聞いたときは正直びっくりもしたけど、多分うまくいかないだろうなって。あの子、父親のことがあってから私にも気を遣って何もしゃべらなくなったし、ずっとあんな感じだから男の人となんかうまくいくはずないってね」
「……」
「でも、あの子が事件を起こした時も、そのあともずっと相楽君が千冬のそばにいてくれて。ああ、君は私が母親としてあの子にできなかったことをしてあげられる子なんだなって。ごめんね、本当なら私がやらなきゃいけなかったことなのに」
「そんな……おば……お義母さんはちゃんと千冬の支えになってましたって」
「ううん、私は旦那ともうまくやれずにあの子も傷つけたから。だけど、こうやってまたあの子と一緒に、しかもあの子の選んできた相手の人とも一緒にご飯だなんて思うと、嬉しくって」
少し手を止めて、目ににじむ光るものをそっと指で拭く。
そして、俺の方を見ると「ごめんね、湿っぽくなっちゃって」と。
「いえ。それに、俺ひとりで千冬の全部を支えるのはやっぱり無理でした。お義母さんや、円佳さんみたいな理解者がいてくれて初めてできたことです。だから、これからもずっと、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。さて、もう少しで終わるから。夜はゆっくりして言ってね」
「はい」
ちょうど話が終わった頃に、千冬が戻ってきて「洗濯物、もう回しておいたよ」と。
そのあと、少し暗い雰囲気を察してか「お母さん、斗真君になにかした?」って言ってほほを膨らます。
「バカねほんとに。でも、私もそろそろ再婚考えようかな」
そんなことをお義母さんは言った。
すると千冬は、「じゃあ、円佳とお母さん、どっちが先か勝負だね」って。
そんな話をして笑っていた。
◇
「じゃあ、私は今から仕事場の人たちと初詣に行くから、二人も適当にね」
夕食を終えて夜になってから、お義母さんは着替えて外へ出かけて行った。
寒いからと、千冬は俺と一緒にこたつに入ってテレビを見てぼーっとしている。
「なんか、もう一年が終わるんだ」
「うん、あっという間。でも、冬は寒いから嫌い」
「俺は冬って結構好きだよ」
「どうして?」
「だって、千冬の名前だし。それに、寒いといっぱいくっつけるじゃんか」
「斗真君……ううん、夏でもいっぱいくっついちゃうから。だからやっぱり寒いよりあったかいほうがいいな」
「うん。でも、千冬と一緒なら季節なんて関係ないよ」
もうすぐ、年末の歌番組も終わる。
このままここで、千冬と年越しというのも悪くないなと思いながらあたたまっていると、千冬はこたつから出てハンガーにかけていたマフラーとコートを手に取る。
「ねえ、初詣いかない? 私、斗真君と一緒に、神様にお願いしにいきたい」
「寒くない? 別に明日の朝、帰る前でもいいんだけど」
「ううん、こういうのは早いほうがいいのかなって。ね、いこ?」
「そうだね。じゃあ、上着とってくる」
テレビとこたつを消して、部屋を出る。
そして外に出ると冷たい風が吹きつけてきて。
すぐに千冬は俺の手を握ってからポケットに入れる。
「私の手、寒くない?」
「相変わらず冷たいよ。だからあっためないと」
「うん……斗真君の手はね、いつもあったかい」
「だからちょうどいいんだよ。千冬に足りないものは俺が、俺にないものは千冬が持っててくれる。いいよね、そういうのって」
「うん。でも、斗真君に足りないものなんて、ないよ?」
「あはは、あるある。俺も、千冬と出会わなかったら多分今頃は実家のこたつでだらだらゲームでもしてただろうし、バイトもやってない。千冬が俺を大人にしてくれる。いつもありがとね」
「斗真君……うん、嬉しい」
千冬がいなければ、多分ほんとうに俺はつまらない人間だったと思う。
親に甘えて、目的もなく勉強して進学して。
そのあとだって、やりたいこととかやるべきこととかも漠然としたまま、気づけば大人になっていただろう。
いや、大人になんてなれただろうか。
千冬みたいに、自分の至らない部分と常に向き合って悩み苦しんでいる人の気持ちなんてきっとわからないままだっただろうな。
全部、千冬が教えてくれた。
全部、千冬から学んだ。
人は成長できる、人は変われるって。
そして、こんなにも誰かを好きだと、大切だと思える気持ちも、千冬がいたから知ることができた。
「あ、除夜の鐘だ」
「並んでるね。私、鐘鳴らしてみたい」
「じゃあ並ぼっか」
「うん」
つい最近まで、人混みにくると俯いたまま震えていたというのに、千冬はすっかりそういうことにも慣れた。
それをわかってか、「斗真君、賑やかなのもいいね」って笑う千冬がとても可愛くて、ポケットに入れたまま繋いだ手をグッと引き寄せて距離を詰める。
「……でも、やっぱり人混みははぐれたらいけないから俺の側にいて」
「うん。斗真君がいないと死んじゃう」
「俺も。千冬とずっと一緒にいられますようにって、それだけを神様にお願いするよ」
「うん……ずっと一緒」
列の途中で、新年を迎えた。
顔を見合わせて「あけましておめでとう」と言い合って笑ったあと、鐘をつく番が回ってくるまでは何も言葉を交わさず。
鐘をつく時も、一緒に撞木の綱を持つ時も、鐘が鳴った時も千冬は何も言わなかったけど。
でも、きっと俺と同じことを考えてくれてたと思う。
ずっと一緒。
ただ、それだけのささやかな願い。
だけど、それだって最後は自分たちの頑張り次第だ。
頑張らない人には、神様は微笑まない。
だから明日からもその手を離さないように精一杯頑張るんだ。
大好きな人と、ずっと笑い合えるように。
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