第49話 クリスマスの夜に
十二月も半ばが過ぎた。
一緒に暮らし始めて三か月、ほんとにあっという間だった。
冬休みには、一緒に俺の実家に帰ろうなんて話をしながら町を歩いて一緒にケーキ屋を探している。
「でも、その前にもうすぐクリスマスかあ。千冬、ケーキはどんなのが好き?」
「私、チョコがいい。ねえ、イブの日は円佳も呼ばない?」
「いいねいいね。みんなでパーティしよう」
円佳さんを呼ぶことに喜ぶと、千冬は「やっぱり円佳がいる方がいいんだ」って言ってすねる。
でも、「千冬こそ、円佳さんに会いたいくせに」って言い返すと「うん、会いたい」なんて。
結局、俺も千冬も円佳さんが好きだ。
だからクリスマスパーティはちょっと楽しみだねって盛り上がっていたんだけど、千冬から円佳さんに電話をかけるとちょっと意外な答えが返ってきた。
「もしもし円佳? あのね、クリスマスは暇だよね?」
「なんで暇って決めつけてるのよ。お生憎様、それが予定入りそうなのよ」
「……え、浮気?」
「いや、誰が本命なのよ」
「だって、私聞いてない」
「あんたは私の保護者か。まあ、ちょっとご飯に誘われてるだけだから。終わったらそっちに合流する感じでもいい?」
「うん。円佳が誰かにとられないように祈っとく」
「いや、うまくいくように願ってよね」
電話を切ると、千冬はちょっとだけ寂しそうだった。
円佳さんと、ずっと一緒だったんだもんな。
でも、すぐに切り替えたように笑う。
「円佳、いい人が見つかるかもって。みんなで幸せになりたいね」
「そっかそっか。円佳さんのことだから、変な男にはひっかからないだろうし、心配はないけど」
「うん。早く円佳の子供、見てみたい」
「あはは、そんなこと言ったら『勝手に妊娠さすな』って怒りそう」
「ふふっ、そうだね。まずは私たちの方が先、だもんね」
「うん。いつか、みんなで家族同士一緒にご飯とか、やってみたいね」
「楽しそう。いっぱい子供作りたい」
「じゃあ、頑張らないとだ。俺、一生懸命働くよ」
「……でも、働きすぎたらダメだよ?」
「わかってる。ちゃんと家に」
「ううん、斗真君が体壊したらダメだから。お留守の我慢はね、もう大丈夫なの」
にっこり笑う千冬の目に、迷いや不安、曇りはなかった。
自分のことより、俺の心配までしてくれるなんて、ほんと俺の方が千冬に置いて行かれないようにしないと、だな。
「あ、ケーキ屋あったよ。寄ってみよっか」
ぶらぶらと商店街から駅の方を散策していると行ったことのないケーキ屋を見つけた。
まだまだこの辺も知らない店が多い。
「へえ、おしゃれだなあ。行ってみる?」
「うん。知らないとこに斗真君と行くの、好き」
外の列は、今日限定のシュークリームの販売だそう。
せっかくだからそれも買おうと、二人で並んで二つだけそれを買ってから店内へ。
そして大きなクリスマスケーキのサンプルを見つける。
「いいなあこれ。でも、三人だとちょっと多いかな」
「次の日も食べたら? 私、これ食べてみたい」
「うん。じゃあこれを予約だ。なんか楽しみだね」
「うん。斗真君にねだっちゃった」
そういえば、千冬が俺に何か買ってほしいなんて言うことも今まではなかった。
遠慮しすぎ、というかむしろ千冬の方が俺に尽くそうとしすぎてた感じがあったけど。
こうやって自然に甘えてくれるようになったのも、やっぱり嬉しいことだ。
◇
クリスマスイブ。
ケーキの予約を終えたあの日、互いのプレゼントはなしって話で決まった。
節約しなきゃっていうのと、お金を将来のために一円でも多く貯めたいって千冬の意見に俺が賛同した。
だからプレゼントがないまま、クリスマスを迎え。
円佳さんからの連絡を待つ間に、二人で夕食の準備を始めた。
「千冬、そっちのフォーク取ってくれる?」
「うん。斗真君、円佳から連絡があったよ。今から食事してくるって」
「へえ。なんか自分のことみたいに緊張するなあ」
「うん。円佳がフラれて帰ってきたら慰めてあげないと」
「いやあうまくいくように祈ろうよ」
「ふふっ、冗談だよ。円佳にも、幸せがきますように」
準備を整えて、先に二人で食事をとる。
メインの料理やケーキは円佳さんが来てからってことで、とりあえず千冬の作ってくれたサンドイッチを食べながら、テレビをつける。
「なんか、一年があっという間だったなあ」
「斗真君と一緒にいたらね、すっごく時間が経つのが早いの。不思議」
「俺も。なんで千冬といると、あんなにすぐ時間経つんだろうって。バイトの時なんかさ、全然時間進まないのに」
「ね。学校でもいつも思ってた。きっとね、夢中だからなんだと思う」
「そう、だね。夢中だよ。ほんと、ずっと夢の中にいるみたいだ」
「でも、夢じゃないよ? 私、ずっと斗真君のそばにいるから」
「うん」
暖をとるように肩を寄せ合って。
そのままぼーっとテレビを見ていると、やがて千冬のスマホが鳴る。
「あ、円佳からだ」
慌てて千冬は電話をとる。
すると、声が漏れてこっちにまで聞こえる音量で円佳さんが。
「今からそっちいくわよ。ほーんと、男ってやつは!」
すぐに電話が切れ、千冬が苦笑いしながら「円佳、怒ってた」と。
じゃあ、うまくいかなかったのかとがっかりして、少しテンションを下げたまま円佳さんが来るのを待った。
そして二十分後、円佳さんはやってきた。
「おす、二人とも。あれ、どうしたの暗い顔してー」
「あ、円佳さんこんばんは。いや、あの」
「円佳、フラれたの?」
「ん、ああそういうこと? 違うわよ、私がふってやったの。この後家にこないか、泊まらないかってさ。頭の中、やることしか考えてないんだからあいつらは」
そんなことよりお腹すいたー、と。
部屋に来て料理を勝手に食べる円佳さんを見て俺たちはちょっとおかしくなった。
「あはは、円佳さんのことだからそんなとこだろうなとは思ったけど」
「円佳、やっぱりまだ私のものだね」
「みたいねー。千冬の話ばっか聞いてたから、私も頭の中がお花畑になっちゃったのかも。責任とってよね」
「ダメ。私は斗真君に養ってもらうの」
「へいへい。それよか、ケーキも食べようよ。私、今日はやけ食いするから」
千冬の用意したローストビーフをフォークでぐさりと刺して大きな口を開けてパクリ。
そんな彼女にまた俺たちは笑って。
この後、買ってきたケーキを出すと「ろうそくつけようよ」なんて。
誕生日でもないけど、ろうそくを三本ケーキに刺して、火をつけて部屋の明かりを消す。
「これって、願い事しながら消したら叶うんでしょ? 私、来年こそはいい男捕まえて千冬とおさらばするからね」
「じゃあ、私は斗真君とずっと一緒にいられるようにって。あと、ついでで円佳の幸せ」
「俺も、千冬と一緒にいられるように。でも、円佳さんやほかのみんなとも、ずっと仲良くやっていけるように」
「斗真君は私以外仲良くしちゃダメ」
「う、うん」
「こら、暗闇でいちゃつくな。じゃあ消すよ。せーのっ」
フーッと。
三人でろうそくを消す。
それぞれの幸せを願いながら、祈りを込めて。
真っ暗になった部屋で、「あ、暗いの怖い……」って千冬が俺に抱き着いてきて。
すぐに電気をつけた円佳さんが「あー、やっぱ彼氏ほしー」なんて言ってまた皆で笑う。
こんなに楽しいクリスマスは初めてだ。
千冬も、円佳さんも後で同じことを言っていた。
でも、来年はもっと楽しいクリスマスになるように。
俺の横で暗闇に怯えるかわいい千冬にプレゼントも用意してあげられるように。
俺は一層頑張れるって、そう思えた。
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