第48話 君のぬくもり

「ふう……いっぱいまわったら疲れたね」

「うん。斗真君、そろそろ歩く」


 あっちこっちと見物する間、ずっと千冬を抱えていたからさすがにちょっと疲れた。

 千冬が降りて俺の隣に立つと、ちょっと熱を持った俺の手をすぐに握って「あったかいね斗真君の手」なんて言いながら笑う。


「お昼、食べない? 私、誰かの作った料理を斗真君と一緒に食べたい」

「うん。じゃあグラウンドの方に降りようか。焼きそばとかお好み焼きとかやってたはずだし」

「うん」

「二人とも、私はちょっとほかに行ってくるからゆっくりね。またあとで」


 円佳さんは、忙しそうに廊下を走っていく。

 以前みたいにつきっきりで千冬を見なくなったけど、それがかえって嬉しい。

 彼女から見ても、もう千冬は大丈夫だってこと、なんだろう。


 手をつないだままゆっくりと階段をおりて、屋台が設置されたグラウンドへ。

 いい匂いに誘われるように並ぶ生徒たちを見ながら、ぐるぐると。

 そして千冬が、「これ食べたい」って足を止めたのはたこ焼き屋の前。


「へえ、千冬ってこういうの好きなんだ」

「……ほんとは、嫌いなんだ。お父さんが、よく家で焼いてたの思い出すから」

「じゃ、じゃあ……」

「でもね、いつまでも気にしてたらたこ焼きに失礼だから。それに、斗真君と食べたら、きっといい思い出になるの」

「……うん。じゃあ、並ぼっか」

「うん」


 列の最後尾に並んで、二人で手をつないで順番を待つ。

 やがて鉄板の熱気といい匂いが近づいてきて、俺たちは仲良くたこ焼きを一パックだけ買った。


 袋を受け取る千冬が、「斗真君、いい匂いだね」と笑っていたのを見て、俺は少しだけ泣きそうだった。

 自分から、過去と向き合ってる千冬の強い姿を見ると、その場で抱きしめたくなるくらいに嬉しい。


「日陰に行って食べよう」


 もちろん人前だし、後ろが混んでいたのでそんなことはできずに列を外れ、グラウンドの隅にある大きな木の木陰に座ってから一緒にパックを開ける。


「……千冬、熱いから気を付けてね」

「うん。いただきます……あ、あふい」

「あはは、だから言ったのに。千冬、ソースが口についてる」

「とってくれる? 今、誰もいないよ?」

「う、うん」


 求められるまま、ちょっとソースと青のりがついた千冬の口をなめるようにキスをする。

 甘い味がした。

 そのまま、今度は千冬が俺の袖をつかんで。

 鳥のさえずりを聞きながら、グラウンドの隅っこでキスを重ねる。

 誰かが見ていたかもしれないけど、もう気にもならなかった。

 


「斗真君、楽しかったね」


 昼食を終えて、しばらく校内を散歩して文化祭の雰囲気を存分に楽しんだ俺たちは、一度中庭のベンチに座って休憩中。

 もうすぐ片付けが始まるそうで、用のない生徒は下校するように校内放送が流れる。


「うん、でもちょっと疲れたね。明日は学校休みになったしバイトもないから久しぶりに家でゆっくりしよっか」

「うん。朝からね、いっぱいする」

「あはは、それじゃゆっくりはできないね」

「ダメ?」

「ううん、俺もそうしたい。千冬と一緒だったら疲れなんかどっかいっちゃうから」

「斗真君……私も。大好き、ずっと大好き」


 そのままキスを、なんて思ったけどその時にちょうど先生が通りかかって見られてしまい、躊躇して千冬から離れると「いじわる」なんて言って千冬は拗ねて。

 そんな彼女を見ながら頭をなでると「ごめんなさい、嘘」って言って、すぐに笑う。


 そのあと、一緒に帰る時に千冬が「斗真君と文化祭に来れるの、あと一回だけなんだ」って、少し寂しそうに言いながら学校の方を振り返る。


「うん、千冬が先に卒業だもんね。でも、来年は一緒だから」

「私が卒業したら、他の子と一緒に回ったりしたらダメだよ?」

「するわけないって。それに、みんな俺と千冬のこと知ってるじゃんか」

「知らなかったら、するの?」

「あはは、心配性だなあ。隠れて付き合ってたって、絶対しない。だって、千冬よりかわいい子も素敵な子も、いないもん」

「……うん。斗真君も、私のこと大好きだもんね。いじわるいっちゃった、ごめんなさい」

「ううん、嬉しい。俺も来年のこと考えると寂しいけど、今しかないこの時間を精一杯楽しもうよ」

「うん」


 千冬は一つ年上の先輩だってことを、意識していないと忘れてしまいそうになる。

 それくらい今の彼女は、子供っぽくてかわいらしい雰囲気になった。

 彼女を知ったころは、ミステリアスできれいな年上の女性って感じだったけど。


 人ってほんと、変わるもんだ。

 多分俺も、ずいぶんと変わったんだろうな。


「あ。雨だ」


 もうすぐ家につくというところでぽつりと、雨が鼻先に当たる。

 そしていつもなら千冬が傘を欠かさず持っているので、それに一緒に入って帰るのだけど。


「……傘、忘れてきちゃった」

「あれ、珍しいね。じゃあ、濡れながら帰るしかないね」

「帰ったらすぐお風呂だね」

「だね。あ、結構強くなってきた」

「……雨って、なんか気持ちいい」

「でも、風邪ひいたらいけないからちょっと走ろっか」

「うん」


 雨の中を、千冬の手を引きながら小走りする。

 昔は、水たまりがあっても肩がぬれても何も気にしない様子だった千冬が、「あ、冷たい。靴下濡れちゃった」なんて言いながら戸惑っている様子がとても可愛かった。


 すっかり濡れてしまった俺たちは部屋に戻ってすぐに一緒の風呂に入って。

 冷えた体を温め合うように抱き合って。

 やがてまた、一緒の布団に入る。


 そしてまた朝が来て。


 何気ない日々が千冬とともに、過ぎていって。


 冬が来た。

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