第47話 抱っこされたまま


 文化祭当日。

 朝からご飯を作ってくれる千冬のエプロン姿を見ながら俺は今日のパンフレットを眺めている。


「うーん、どこから回ろうかな」

「斗真君、友達がお化け屋敷に来てって。あと、無料のドリンクチケットもらったから」

「へー、千冬はいっぱい誘われてるんだ。友達、増えたんだね」

「うん。円佳がね、みんなと話さないと構ってくれないの。でも、おかげでみんな優しくしてくれる」

「そっか。うん、それなら千冬の友達がいるところからまわっていこ」

「そうだね。斗真君を自慢しに行くの」


 なんて言いながら千冬はどこかご機嫌だ。

 今が楽しいと、心からそう思っている証拠なんだろう。

 

「じゃあ、そろそろいこっか」


 朝食を作ってくれるのはいつも千冬だけど、片付けるのは俺。

 千冬はいつも「全部私がやる」って言ってくれるんだけど。

 俺も千冬のためにやってあげたいって言ったら、最近はいろいろ手伝わせてくれるようになった。


 でも、結局隣に彼女が来て、「一緒がいいの」なんていうから、楽させてあげれてるかは微妙だけど。

 こうやって助け合って生きていくと、決めたから。

 千冬と一緒に支度をして、家を出る。



「おーい二人ともー」


 正門で円佳さんと待ち合わせ。

 今日は三人でまわる予定にしているんだけど、円佳さんを見ると千冬が俺の腕にしがみつく。


「円佳おはよう」

「おはよ。なによそれ、今更見せつけてるの?」

「円佳、かわいい。かわいいから、斗真君が夢中にならないようにしてるの」

「あはは、いい加減しつこいわね千冬も。ま、そういうとこは相変わらずか」

「うん。斗真君のことは誰にも渡さないの」

「はいはい。さて行くわよ、まずは?」

「お化け屋敷、かな」

「よーし、行くわよー」


 三人で校舎を上がり、三階へ。


 そして教室の前には喫茶店やらお化け屋敷やらホットドッグやらの看板が無数に。


「へえー、すごいなあ」

「楽しそう……斗真君、いっぱいまわろ」

「うん。いっぱい時間あるから全部行ってみよっか」


 三人で訪れたのはお化け屋敷になった教室。

 黒いごみ袋や段ボールで作られた簡易的なものだけど、看板の絵は誰が書いたか知らないがすごく本格的で怖い。

 おどろおどろしい女の人。 

 でも、とても綺麗な女性だ。


「これ、私が書いたのよ」

「え、円佳さんが?」

「すごいでしょ。昔の千冬をイメージして」

「千冬を……」

「これ、私?」

「昔のあんたはこんな感じだったわよー。でも、今は似ても似つかないけどね」


 そういえば、どことなく出会った頃の千冬に似ている。

 暗い、影を背負った感じの女性。

 でも、そう思い返して今の千冬を見ると、まったく別人だな。


「……斗真君、私って、変わった?」

「そうだね。昔の千冬もミステリアスできれいだったけど、今はかわいくてやっぱり好きだよ。どっちも、千冬だ」

「うん。でも、なんとなくこれが私だって、わかるかも」


 千冬の中に潜む心の闇。

 それはまだ、完全に晴れたわけじゃない。

 ただ、徐々に消えていっている。

 いつか、この絵を見ても千冬がモデルなんて信じられないって時が来るんだろう。


 そのまま中に入ると、真っ暗な通路にそよそよと風が吹いていた。

 そして、円佳さんは「先に行くよ」と。


「……なんか、思ってたより怖い、ね」

「斗真君……見えない。斗真君がいないと、ヤダ」

「大丈夫、手をつないでたら安心だよ」

「うん。前、行ってもらってもいい?」

「もちろん」


 怖いけど、俺以上に怯える千冬を不安にさせたくないと前を行く。

 すると「がたん」と音がしてびくっと体が反応する。


「……ふう。びっくりした」

「……斗真君、私、怖い」

「さ、さっさと出ようか。行くよ」

「うん」


 一目散に駆け抜けるように、千冬の手を引いて走った。

 でも、何も出てこないしただ暗いだけの通路だ。

 だんだん目も慣れてきて、ようやく出口の明かりが見えたと思ったその時、


「ばあー!」

「うわっ!」


 いきなり出口から、一つ目小僧のお面をかぶった人が出てきた。

 安心させてからのドッキリという、古典的なやり方に俺は思わず声が出た。


「きゃーっ!!」


 で、千冬は大絶叫。

 俺にしがみついて、なんなら飛び乗って俺が抱っこすると、「やだ、こわい、やだ」と震えていた。


 で、そのまま外へ。


 すると、先に出ていた円佳さんが千冬を抱える俺を見て爆笑していた。


「あはは、千冬ってあんな大きな声出せるんだ。いいじゃんいいじゃん、スカッとした?」

「……円佳、いじわる。怖かったのに」

「でも、後輩君といちゃいちゃできる口実になったでしょ。そのまま抱っこされて次の場所、行く?」

「……うん。斗真君、抱っこしたまま、いい?」

「う、うん」

「よかった。うん、今日はずっと、こうしてたいな」


 お姫様抱っこをしたまま文化祭を回るなんて、やっぱり恥ずかしい以外の何ものでもなく。

 廊下に出るとすぐに注目の的になる。


「……見られてるよ、千冬」

「うん。いっぱいみんなに見てもらう。斗真君は私のものだから」

「そんなに嫉妬しなくても俺はどこにも行かないよ」

「こうしてるの、嫌?」

「……嫌なもんか」


 ただ恥ずかしいだけだ。 

 千冬が望むなら、みんなの前でキスしたってかまわない。

 

「じゃあ、このまま次の場所に行くよ」

「うん。円佳も一緒に」

「はあ……バカップルと一緒は辛いなあ」


 なんて笑いながら次の場所へ。

 千冬がもらったドリンクチケットを使うために隣の喫茶店をやってる教室へ。


 もちろん、千冬を抱っこしたまま入店したのでウェイターをやってる生徒から「あ、足でも痛いの?」と心配されたんだけど。


 そんな問いに対して千冬は「斗真君に抱っこしてもらってるの」って、当たり前のように返事して。

 相手をぽかんとさせていた。


 その様子を見て円佳さんも俺も、そして千冬も笑っていた。


 

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