第46話 新学期へ

「斗真君おはよう。朝、だよ」


 新しい家での初めての朝。

 荷解きに疲れてそのまま眠ってしまったけど、朝から心地良い声と笑顔に起こされて寝覚めはばっちりだ。


「おはよう千冬。もうすぐ二学期だね」

「うん。円佳がね、今日引越しのお祝いでこっちにきてくれるって。いい?」

「もちろん。それじゃ、なんか買いに行かないとだね」

「斗真君とずっと一緒……幸せ。嬉しい、ずっと、一緒」


 朝から甘えるように俺に抱きついてくる千冬は、エプロン姿のまま俺にキスをしてくる。


「……昨日、なにもしてないから。斗真君、このまましてもいい?」

「うん。俺も、ちょっとムラムラしてた」

「ちょっとだけ?」

「あはは、ほんとはめちゃくちゃに。千冬、おいで」

「うん」


 エプロン姿の千冬をそのまま押し倒すのは、ちょっとした背徳感があった。

 そのまま、朝からベッドで絡み合って互いに満足するまで抱き合って。


 やがて、汗でベトベトになると一緒に服を洗濯機にかけてからシャワーを浴びる。


 前の家より少し狭い風呂。

 でも、それも千冬との距離が近くなるから嬉しい。


「斗真君、お風呂も毎日一緒に入ろうね」

「うん。でも、お風呂入ってたらムラムラしちゃうね」

「じゃあ、お風呂でも毎日しよ?」

「する。千冬といっぱい、したい」

「……もう、我慢できないよ」

「あ、ちょっと」


 結局、シャワーの音を聞きながら。

 また、千冬は俺に抱きついてくる。


 こんな生活が毎日続くんだと思うと、幸せで仕方ない。

 この生活を守るために、頑張るんだと。 

 俺も、千冬もそう思えばなんだってできる。


 ようやく、守りたいものの形がはっきり見えた気がした。



「やほーおふたりさん。引越しおめでとー」


 昼過ぎ。

 円佳さんがきたのに俺たちといえば何も用意していなくて。


 なにせギリギリまで盛り上がっちゃってたんだから仕方ない。


 朝ごはんがそのままの様子を見て、すぐに円佳さんは「新居で早速盛り上がってますなあ」と笑う。


「円佳。ここ、とってもいいところだよ」

「へえ、それは壁が厚いから?」

「ううん、お風呂が狭くて斗真君とすごく近いの」

「あー生々しいなあそれ。ま、人それぞれ楽しみ方はあるけどね」

「うん。幸せ」

「そ。ならよかった」


 円佳さんがきて、千冬が嬉しそうに料理を始める。


 俺は手伝わなくていいとのことだったが、釘を刺すように「円佳と仲良くしてたら怒る」なんて言って、キッチンの方へ。


 その様子を見ながら円佳さんは、呆れたように笑う。


「ほんと、相変わらずだけどちょっと変わったわね」

「もう安心です。むしろ俺の方が不安ですよ」

「稼いで養って、終いには子供もなんて言われたらそりゃあねえ。でも、それが嬉しいんでしょ?」

「はい、誰かに必要とされるのって、幸せだなって」

「わかるわー。でも、そうやって千冬にずっと付き合わされてきたのよねー。あの子、案外人たらしよね」

「あはは、ですね。でも、千冬だからいっかってなりますね」

「そゆこと。ほんと、千冬の人柄よ」


 円佳さんとそんな話で盛り上がっていると、千冬が廊下からチラリと顔を出して、「楽しそう。やだ」といってちょっと俺を困らせる。


 その様子をみてまた笑う。

 この後、すこし拗ねた千冬が食事中ずっと俺から離れなかったのは言うまでもなく。


 円佳さんと三人の時間もあっという間。

 帰る時、「もう、本当に心配いらないね」と、少し寂しそうに言い残して円佳さんは部屋から出て行って。

 

 こんな平凡でなんでもない時間は淡々と過ぎていき。


 やがて、夏は終わる。



 新学期早々、一緒に学校へ向かう俺たちのところにやってくる生徒は多かった。


 なんでもない話をしてくる人、いつどうやって付き合ったのかを詳しく聞いてくる人、あとはちょっと嫌味を言ってくる人も。


 どうせうまくいくはずない。

 学校で手繋いでるとか両方メンヘラ。 

 ある意味お似合いだ。


 そんなことを言われても、千冬は眉ひとつ動かさなくなった。

 どころか、「嫉妬されるくらい、仲良しに見えてるんだね」と笑える余裕もある。


「うん、みんな羨ましいんだよ。千冬、今度嫌なこと言ってくるやつがいたら、目の前でキスしちゃおっか」

「うん。斗真君とラブラブなところ、教えてあげる」


 学校に着くと、千冬は円佳さんの迎えもなしに教室へ。


 そして俺も一人で教室に行って。

 クラスメイトとなんでもない会話をしながら過ごす。

 もうすぐ文化祭もある。

 千冬とどんな風に過ごそうか、今から楽しみだな。



「おはよー千冬。あのさ、文化祭なんだけど後輩君と三人で回らない?」

「うん、いいよ。でも、斗真君は貸してあげないから」

「借りるわけないでしょ。それにちゃんと頃合い見て二人にさせてあげるから。私も、何個か誘いもあるし」

「お誘い? 男の人?」

「まあ、それもあるかな。だってー、そろそろ私も彼氏ほしいし」

「円佳に彼氏……変な人だったら許さないから」

「はいはい。ちゃんとその時は千冬に見てもらうから。変なやつだったら容赦なく別れさせてよね」

「うん、ブッ刺す」

「怖い怖い」


 円佳は、最近私以外の人ともよく話すようになった。

 

 もう、心配ないって思ってくれてるのだろう。

 ちょっと寂しい気もするけど、いつまでも彼女に頼ってばかりはいられない。

 それに、


「茅森さん、私たちの出すお化け屋敷、彼氏さんと来てね」

「これ、ドリンク無料チケット。せっかくだから使って」

「茅森さん、男にナンパされたら言いなよ。ま、彼氏がいるから大丈夫とは思うけど、菊池みたいなバカ、結構いるでしょー」


 なんか最近は、円佳以外の人がたくさん話しかけてくれるようになった。


 もちろん、私はどう接したらいいかわからずに戸惑ってばかりだけど。

 困って円佳に助けを求めると「自分でなんとかしなさいよ」ってはぐらかされる。

 どうしようってあたふたしているうちに、またみんなが笑ってくれて。

 

 でも、やっぱりちょっと疲れる。

 楽しいけどちょっとだけ、ぐったり。


 そんな私に、あとで円佳が「よく頑張った。あとで後輩君に癒してもらいなさい」って。


 だから今日もいっぱい甘えちゃう。

 文化祭、楽しみ。


 ……イベントが楽しみって思うことなんて、初めてだなあ。

 斗真君と一緒だから、なんだろうな。

 うん、精一杯楽しんじゃおう。

 

 

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