第45話 新居

「じゃあ、お願いします」


 荷物を引き取りに来た業者の人が最後の段ボールを運び出したところで、俺と千冬は一緒に頭を下げる。


 何もない部屋になった。

 からっぽの部屋を見ると、こんなに広かったんだってちょっと驚く。

 ここで随分といろんなことがあった。

 千冬との思い出いっぱいの部屋と、今日でサヨナラだって思うとちょっと寂しい。


「……なんか名残惜しいね」

「うん。ここでいっぱい、斗真君と一緒だったから」

「でも、引っ越ししたら本当にずっと一緒だから。ワクワクする」

「私も……まずは荷解きから、大仕事だね」


 俺たちは引っ越し業者の人が荷物を運び入れる間、時間をつぶすために出かけることにした。


 今までお世話になった部屋を出て、思い出いっぱいの部屋に蓋をするように玄関を閉じて。

 まず、大家さんへ挨拶に。


 鍵を返してお菓子を渡すと、「頑張りなさいよ」っておばさんが声をかけてくれた。

 そんな気遣いもうれしかった。 

 高校生同士の同棲を、好意的に見てくれる人ばかりでないことはわかっているけど。

 でも、素直に応援してくれる人だっている。

 そういう人には、やっぱり頭が上がらない。


「荷物の搬入、夕方までには終わるらしいけどそれまでどこ行く?」

「私、どこでもいいよ。斗真君とならどこでも楽しいから」

「俺もだよ。その辺ぶらぶらしよっか」


 結局、駅の周りをぶらぶらと。

 そういや、初めてこの辺りに一緒に来た時に、カラオケ行ったっけ。


「千冬、カラオケ歌わなかったよね」

「……ほんとはね、えっちなこと考えてたの」

「そ、そうなの?」

「うん……暗くて静かで、私、斗真君とああいうとこにいるといつも濡れちゃう……」


 俺の袖をつかむと、千冬は俺に寄りかかりながら「だから、カラオケ行きたいかも」って。


 そのまま、俺たちはカラオケボックスへ向かった。


「一時間でお願いします」


 古びた店の奥の部屋に入ると、相変わらず薄暗くて狭い。

 並んで座ると、スクリーンの明かりに照らされた千冬が俺の方を見てきて。


 そっと俺の手を取ると千冬の胸に当てる。


「あ」

「ね、すっごくトクントクンってなってるの。斗真君と一緒だと、お外でも構わず体がおかしくなるの。ほら、ここも」


 そっと、その手を下の方へ持っていく。

 もう、下着が湿っているのがわかる。

 その手を今度は両手でそっと掴んで、俺の目を見る。


「私……こんなだから。だから、斗真君が思うような女の子じゃないかもしれないの。今は落ち着いてても、また、斗真君のことで気持ちがあふれて、変なことしちゃうかもしれないの」

「千冬……」

「でもね、絶対に誰かを傷つけたり、斗真君が悲しむようなことはしない。私、斗真君に迷惑ばかりかけてきたから。今度は、私が役に立ちたいの。もちろん、円佳に対しても」

「……千冬がそう思ってくれてるだけですっごく幸せで嬉しい。円佳さんも、きっとそうだと思うよ」

「うん……大好きな人のためになら、私、変われる。でも、二人っきりの時はわがままでいてもいい?」

「もちろんだよ。どんな千冬でも好きだから」

「……キス、もっかい」

「……うん」


 画面を消して、真っ暗になった部屋で千冬と何度もキスをした。

 もう、このままここで千冬を抱いてしまいたくなったけど。

 千冬も、ここでそのまま抱いてほしそうに俺を触ってきたけど。


「……帰ったら、続きしよ」


 あっという間に時間が来てしまって。

 俺たちは服をなおしてから一緒に部屋を出た。


 今から帰るのは新しいアパート。

 内見はしたけど、実際に住むとなるとどんな気分なんだろうって期待が高まる。


 今朝まで住んでいたアパートを過ぎて少し行くと、また古いアパートが見える。


 そこが俺たちの新居。

 親に援助もしてもらったけど、自分のお金で借りた初めての家。

 これから千冬と暮らす家。


 業者のトラックが一台止まっていて、俺たちを見つけると作業服のお兄さんがこっちに来る。


「ちょうど運び終わりました。サインお願いします」


 紙に名前を書いていると、「いいですねえ彼女さんと同棲なんて」って言われて。

 

 謙遜したつもりで、「高校生なのに生意気に見えませんか?」と聞いてみると。


「うちも18で結婚したからねえ。それに、やりたくてもみんなできないだけですよ。僕はそういうの、好きっす」


 なんて言ってくれた。


 爽やかな引越し業者のお兄さんは手を振ってトラックに乗っていく。


「俺たちが思っているより、周りの大人はいい人が多いのかもしれないね」

「うん。でも、否定されても自信を持って、怒らない。斗真君が選んでくれた道、だから」

「大袈裟だなあ。好きな人と一緒にいたいなんて、普通だよ。俺も、千冬が他の男の人といたら嫌だもん」

「……大丈夫。他の男の人はみんな嫌い。だけど、嫌いなだけ。もう、憎いとか思わない」


 辛い過去のことを完全に払拭するなんて、多分できないんだろうけど。

 それ以上の優しさで包んであげることはできる。

 俺がそうしてあげて。

 円佳さんがそうしてあげて。

 千冬が、いつか誰かにそうしてあげられるように。


「入ろっか。新居、ワクワクするね」

「いっぱい、二人の思い出つくろうね」


 こうして、高校生同士の同棲が始まった。

 まだまだ、不安なことばかりだけど。


 千冬とならきっと、楽しい毎日になると信じている。


 

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