第43話 三人の時間
翌朝、母に駅まで送ってもらって俺たちのプチ帰省は終わった。
母は見送る時に「千冬さん、斗真をよろしくね」と、彼女の手を握りながらそう言った。
千冬も、「こちらこそ、末永くお願いします」なんて。
すっかり打ち解けた様子を見れて、俺は安心して千冬と電車に乗っていつもの街を目指した。
まだ夏休みも中盤、これから長い休みの中もずっと千冬と一緒。
今日は両親の許可をもらったので二人で住める物件を探すところだ。
「千冬は、どういうとこに住みたい?」
「私、狭い部屋がいい。一部屋あれば、十分」
「家賃なら、俺が頑張って稼ぐから心配しなくていいよ?」
「ううん、そうじゃないの。斗真君がね、ずっと近くにいてくれる方がいいの」
「そっか。なら、今とおんなじようなところを探そっか」
今の物件でそのまま、なんてことも考えたけど。
大家さんに聞くとやはり一人暮らし用だからってことと、壁が薄いからあまり同棲には適さないと指摘された。
頻繁に、というか千冬が毎日部屋にいたことは黙認してくれていたようだけど、やっぱり迷惑をかけてまで一緒にいるのはどうかということで。
不動産屋に行くと、高校生二人が一緒に住むことへの質問なんかをいくつかされたけど、双方の親の合意をもらっていることを説明してから一部屋だけある小さなアパートを紹介してもらった。
今住んでいるところからそう遠くない、でも今より少し新しい物件。
そこが来月から俺たちの住む場所になることを決め、そのあとは散歩がてら、街をぶらぶらすることに。
「暑いね、今日は」
「待ってて、日傘、あるから」
黒い日傘が俺たちに影を作る。
一緒に肩をくっつけて歩いていると、道行く人に振り返られる。
「引っ越し、楽しみだね」
「うん。円佳にもさっき連絡したの。でね、今日の夜はうちで円佳も呼んでごはん食べない? あの、け、結婚の約束した、報告も、した、くて……」
照れるように、千冬が傘を震わせる。
そっと、その手を支えて傘を持ち換えて。
傘に隠れるようにして、路上でそのままキスをする。
「ん……斗真君、ちょっと汗かいてる」
「千冬もいつもよりあったかいね。暑いなら、家で涼む?」
「ううん、もう少し。斗真君ともっといろんなところ、行きたい」
「うん。それじゃ時間あるし今日は隣駅まで行ってみよっか」
「円佳が帰ったら、エッチなことも、してね?」
「うん。ダメって言われてもいっぱいするよ」
「やだ……でも、うれしい」
今日はそのまま隣町まで足を延ばす。
電車で五分くらいの小さな駅がある場所だけど、行ってみると見慣れない街並みに少し戸惑う。
「へえ、こんなところなんだ。初めてきたよ」
「私も。知らないことって、多いね」
「そうだね。だからやっぱり子供とかもほしいけど、もうしばらくは二人でいろんなところ、行きたいな」
「うん……私も、そう思う、かな。斗真君の子供は、ほしいけど」
「あはは、将来は子供とみんなでいろんなところに行きたいね。あと、広い家にも住んだりね」
「でも、寝室はずっと一緒だよ?」
「うん。寂しがりやだもんね、お互い」
閑静な住宅街といった感じの隣駅の周辺は、特にこれといった店もなく。
ぶらぶらと時間をつぶした後は、結局バイト先のスーパーまで戻って買い物をして。
今日は千冬の家で円佳さんを招くために料理を用意することになった。
◇
「こんばんはー」
夕方、買い物袋を下げた円佳さんがやってきた。
千冬に言われて俺が出迎える。
なんかいろいろ買ってきてくれたみたいだけど、脇に抱えた紙袋はなんだろう?
「円佳さんこんばんは。千冬は今、料理してるので」
「あら、後輩君のお出迎えとは意外ね。でも、急にどうしたの?」
「まあ、千冬といろいろあって、話したいこともあるそうですから」
「ふーん。でもその感じだと悪い話じゃなさそうだし。お邪魔しまーす」
リビングに通すと、すぐに千冬がやってくる。
お茶を三つ。
そして円佳さんの前にひとつ置くと、向かいに座った俺の横にピタッとくっつく。
「ど、どうしたの? もう料理終わった?」
「円佳と斗真君、二人っきり、ヤダ」
「千冬……」
「あはは、千冬から彼氏とるほど鬼畜じゃないわよ。大丈夫、後輩君もあんたにメロメロだって」
「でも……ヤダ。円佳、かわいいから」
俺の袖をぎゅっとつかんでから、少し俺の体に顔をすりすりっとして。
そのあとで、「うん、我慢できる」なんて言ってキッチンへ。
何度かこっちを振り返ってはいたけど、なんか自分で自分をコントロールできるようになったみたいだ。
「千冬、ずいぶん明るくなったわね。後輩君の愛情がそうさせるのかねえ」
「いえ、千冬が自分で頑張った結果ですよ。いけないことはいけないって、そう思えるようになったんです。あと、円佳さんのおかげかな」
「まあねー、私もようやく男探しができるってもんよ。千冬のお守りしてたら、彼氏なんて無理だもん」
「円佳さんにいい相手が見つかったら、みんなでごはんとか行きたいです。千冬も、そういうのに慣れてきましたし」
「だね。そういうの楽しそう」
にししっと笑う円佳さんは肩の荷が下りたってかんじでお茶を飲んだ後、ほっと息を吐く。
でも、同時に少しだけ寂しそうな顔も。
「どうしました?」
「んーん、なんか千冬とずっと一緒だったから、後輩君にとられちゃってちょっと寂しいなって」
「そ、そんな……すみません、なんか俺」
「なーんてね、嘘よ嘘。あの子じゃないんだから。でも千冬のこと、泣かせたらただじゃおかないからね」
「……はい、ありがとうございます」
思わず頭を下げる。
いや、この人の前で頭は上がらない。
そんな俺の頭をポンポンと円佳さんがたたいていると、千冬が戻ってきて。
また、俺の横にくっつく。
「円佳、斗真君に触った」
「あ、ごめんごめん。ついつい」
「ダメ。斗真君は私の」
「はいはい、知ってますよー」
「うん。円佳も、私の」
「えー、それは勘弁してよー」
あははっと。
みんなで笑った。
千冬も、笑いながら俺にぎゅっと抱き着いて。
小さな声で「頑張って、よかった」と。
そんな彼女の頭をそっとなでてあげると、嬉しそうに俺の方をみてから「晩御飯、持ってくるね」と。
でも、みんなで運ぶことにした。
今日は千冬が作ってくれたオードブルで机がいっぱいになる。
揚げ物やサラダ、ローストビーフやスープまで。
張り切って作ったのだろう、みんなで料理を運び終えると「疲れちゃった」なんていって、俺の肩にもたれる千冬は、「お箸持てないから、あーん」なんて甘えてきて。
俺も俺で、「今日はいっぱい甘えていいよ」って言いながら彼女の口に料理を運ぶ。
円佳さんは終始笑っていた。
時々円佳さんを見ながら話をしていると、「斗真君は私を見てて」なんて言われながら。
笑いの絶えない夕食会は、滞りなく進んでいった。
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