第41話 全部君と
期末テストはなんなく終わった。
千冬に勉強を教えてもらったことも大きかっただろう。
もっとも、勉強二割、いちゃつくの八割くらいだったけど。
それくらい千冬は賢くて、教えるのが上手だ。
「千冬のおかげでばっちりだったよ。ほんとありがと」
「よかった。私、斗真君と一緒の大学に行きたいの。大学でもずっと一緒」
「だね。それじゃ俺はもっと頑張らないとだなあ。夏休みは勉強する?」
「ヤダ……ずっと抱いてほしいの」
「うん……」
帰り道、もう頭の中は夏休みに突入している俺たちは明日からの長い休みに何をするか相談しながら家に向かう。
あと、ようやくバイト代が引っ越しの頭金くらい貯まったので、そのことを実家に帰ってから親に相談したあと、引っ越しなんてイベントも待っている。
「今日はバイトだから、その時来週休ませてもらうように伝えてくる。親にはもう言ってあるから」
「……不安。ご両親に挨拶、怖いな」
「大丈夫、楽しみにしてくれてたから。千冬なら大丈夫だよ」
「うん」
俺の部屋に一度戻ってから、シャワーを一緒に浴びて着替える。
すっかり気に入った俺のダサいジャージを千冬は部屋着にして、俺はバイトに向かうため私服に袖を通す。
「じゃあ、行ってきます」
「……いってらっしゃい」
「う、うん。あの、手、離してもらわないと」
「……うん」
「大丈夫だって。三時間だけだから、すぐに戻るよ」
「……寝て、待ってる。斗真君の夢、見ながら時間、潰す」
「うん。行ってきます」
玄関先でもずっと俺から離れようとしない千冬は、それでも最後は我慢して俺の手を離す。
最近は、どうしても辛い時だけ円佳さんに連絡するように心がけてるとかで。
もっとも、円佳さんの方はいつ連絡がくるかわからないからたまったもんじゃないって言って笑ってたけど。
俺は時間ギリギリにアパートを飛び出してスーパーへ走っていき。
仕事に就くと、切れた息を整えながらレジに入って。
忙しくなる。
忙しい時間は、千冬のことを考える余裕もなくバタバタと。
それが一番楽だから、敢えて昼時の一番忙しい時間を選んでバイトをしている。
暇だと、会いたくなっちゃうから。
こうやって、工夫しながら自分の気持ちを抑えていく努力を俺もしている。
俺も、千冬も。
共依存なんて言葉でくくられないように。
やがてシフトが終わる時間が近づくと。
「いらっしゃいませ……千冬、いらっしゃい」
「うん、斗真君」
千冬が俺を迎えにくる。
買い物のついで、というより俺に会いに来るついででの買い物だけど。
仕事の疲れが一気にどこかへ消えていく。
「お疲れさまでしたー」
先にあがりますとほかのバイトのおばちゃんたちに挨拶すると、いつもみんな「いいわねえ若いって」と笑ってくれる。
照れくさいけど、それもうれしい。
かわいい彼女を自慢できるっていうのは、それだけで男として幸せなのだ。
千冬も、惜しげもなく俺が皆に自慢している姿を見て、少し満足そうにしているし。
「じゃあ帰ろっか」
「斗真君、疲れてる? このあと、行きたいとこあるんだけど」
「うん、いいけど。どこか遊びにいく?」
「服、買いたくて。斗真君の実家、行くから。ジャージだと、ダメかなって」
「別になんでもいいと思うけど。でも、ジャージで電車に乗るのもね。うん、買いにいこ」
一度荷物を家において。
そのまま商店街の方へ向かう。
そして女性ものの洋服店に着くと、きれいな女性が俺たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」
大人な、スタイルのいいきれいな女性だ。
でも、以前なら俺がそんな女性に出迎えられるだけで嫌な顔をしていたけど、千冬は気にするそぶりもなく俺と手をつないだまま店内へ。
「きれいな人。斗真君、きれいな人だね」
「そ、そう、かな? 別に俺は」
「ううん、大丈夫。私、斗真君が浮気なんかしないって、わかってるから」
「そっか。うん、しないよ。千冬しか、興味ないから」
「……好き。毎日言ってほしい」
「毎日でも、毎分でも言うよ。千冬だけが好きだよ」
「きゅん……」
体をもじもじさせる千冬は、服なんて見ずにずっと俺を見る。
いい加減何か選ぼうよって言っても、「うれしいから斗真君だけ見ていたい」って。
店員さんも、ちょっと笑いながらこっちを見ていて恥ずかしかったけど。
でも、かわいいんだ。
先輩なのに、ちょっと子供みたく甘える千冬が可愛すぎて、俺も彼女以外の女性がみんな同じに見えてしまう。
これが、恋は盲目ってやつなのかな。
ちょっと違うかな。
でも、こんな話を円佳さんにしたら「病んでるわー」とか言われそうだな。
結局おすすめの服を聞いて、グレーのワンピースを一着購入して店を出た。
来るときはそうでもなかったけど、出たら商店街には結構な人があふれていて。
夜だというのににぎわっていた。
「ふーん、何かあるのかな」
「斗真君、あれ」
「……花火?」
商店街のあちこちに、張り紙が貼ってある。
今日、港の方で打ち上げ花火が上がるそうで、それを見るために大勢の人が押し寄せてきてるようだ。
「へえ、知らなかった。毎年やってるの?」
「そういえば、って感じだけど。見たこと、ない」
「じゃあせっかくだし一緒に見る? あ、人混みは嫌かな?」
「ううん、斗真君がいるから大丈夫」
人の流れに乗って、商店街から港の方へ。
すると、さらに人だかりが見える。
その群れの少し後ろで、足を止める。
大丈夫とは言っても、やっぱり千冬は少し不安そうな顔をしている。
「ごめんなさい。私、まだやっぱり……」
「いいよ。あのさ……円佳さんからさ、千冬の両親のこと聞いたんだ」
「そっか。うん、ほんとは私から話さないといけないこと、なのに」
「ううん、俺が勝手に詮索して、ごめんね。でも、千冬はそういうトラウマとも闘いながら、頑張ってることを知れてよかった。いい人ばっかりじゃないかもだけど、いい人もいる。円佳さんみたいに、千冬のことわかってくれる人も、これからたくさん出会うと思う」
「……」
「でも、無理しなくていいからね。千冬が不安なら、別に他人と無理にかかわらなくてもいい。俺がいるから、千冬はずっと俺のそばにいてね」
「斗真君……うん、私、絶対斗真君から離れない。離れてあげないの。嫌って言われても、絶対別れてあげないの」
「うん。俺も、千冬がどっかいかないようにずっと見てる。ずっと気にしてる。こういうのって、重いかな」
「……嬉しい。斗真君の重みが、心地いい」
ぎゅっと手をつないだその時。
ヒューっと、空に向いて音がしたと思うとバーンと大きな音が続いて。
暗い空が明るく照らされる。
淡い色の花火が、夜空いっぱいに広がって消える。
「花火だ。きれいだね」
「うん。初めて見たけど、初めてが斗真君でよかった」
「俺も。全部初めては千冬がいいな」
「……大好き、斗真君」
田舎の夜空をにぎわす花火に、誰もが等しく酔いしれて。
俺も千冬も、この時だけは互いの顔を見つめることなく、ずっと空に舞う花火に夢中だったけど。
ずっとつないだその手だけは、一度も離すことはなかった。
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