第40話 あの頃は

「斗真君、お昼食べよ」


 お昼休みにはいつものように千冬の迎えが。

 でも、今日は円佳さんも一緒だ。

 俺もちょっとだけ信用してもらえてる証拠かな。


「後輩君、なんかいい感じだねえ」

「いえ、別に。ただ、変わらないとって決心がつきましたから」

「千冬と早く子作りするためにー?」

「あ、いや、それは」

「あはは、でもその調子なら大丈夫よ。もう私の手からも卒業かな。ね、千冬」

「ヤダ、円佳は他の人に渡さない」

「えー、彼氏作らせてよー」


 とか冗談を言いながら、今日は屋上に三人で。


 千冬が、なんと三人分のお弁当を作ってくれていた。


「円佳のはこれ。昨日の余り物で作ったのだけど」

「へー、ありがと。で、後輩君のは?」

「斗真君のは、昨日の夜からずっと頑張って作ったの。特製だから、食べちゃダメ」

「うわー、露骨だねー。ま、それでこそ千冬だけど」


 明らかに俺のだけ大きなサイズの弁当箱だったけど、こういう愛情に差をつけるあたりも千冬らしい。

 誰もに平等に接する、なんていうのはそうできる奴がすればいいだけのこと。

 千冬は、好きな人にしかいい顔はしない。

 でも、それが千冬なのだ。


「うん、おいしいよ。千冬、いつもありがとう」

「斗真君に、いっぱい食べてもらわないと。お仕事も、お勉強も頑張ってもらわないと。将来、いっぱい子供作るから」

「あはは、気が早いなあ。でも、そうだね。頑張るよ」

「うん……」

「あー二人とも私いるの忘れないでねー」


 思わずキスでもしようかって雰囲気を円佳さんが止める。

 で、二人で照れながら弁当を食べて。

 千冬は、以前よりよく笑うようになった。


「斗真君、ご飯粒ついてる」

「え、どこ?」

「とってあげる。はい、とれたよ。ふふっ」


 口元についたご飯粒を指でとってくれてから、それをパクリと食べて千冬は幸せそうに笑う。

 

「斗真君、やっぱり美味しい」


 いつものように俺のことを美味しいと言って、彼女は笑う。


 円佳さんも呆れたように笑う。


 千冬が同級生の首を絞めた時はどうなるかと思ったけど。

 怪我の功名ってやつ、かな。

 菊池には申し訳ないけど、まああんなやつだからちょっとくらい痛い目見ろって感じだし。


 楽しく昼休みを終えると、千冬はまた教室に戻っていく。

 そして連絡もないまま放課後になり、また千冬は俺のところへやってくる。


「斗真君……お疲れ様」

「千冬、お疲れ。帰ろっか」

「うん」


 今日はバイトもないし、明日からは休み。

 だからちょっと気分が軽い。  

 千冬も、今日は一晩中一緒にいられると、嬉しそうだ。


「斗真君、最近ね、斗真君に会えない時間も我慢できるの」

「うん、俺もずっと一緒がいいけどね。でも、会えない時間があるから、会った時に何倍もうれしいなって」

「うん……あの、夏休みは実家、行ってもいいかな?」

「うちに? いいけど、田舎だよ?」

「ううん。斗真君のご両親、ちゃんと会ってみたい。私、こんなだけどちゃんとお付き合いしていいのかなって、思っちゃって」

「あはは、千冬を見たらうちの親はひっくり返るかも。なんて美人な彼女捕まえたんだーって」

「もう……」


 そんな時、鼻先に水滴が当たる。


「あ、雨だ」


 ぽつぽつと。 

 やがて、サーっと音を立てながら雨がいきなり強くなる。


 最近、晴れた日が続いていたせいか急に降った雨に他の生徒も慌てて走り出す。


 そんな時、千冬はかばんから折り畳み傘を取り出して。

 バッと広げる。


「傘、入ろ?」

「あ、持ってたんだ。なんか、こうやって傘さすの久しぶりだね」

「うん。傘、あってよかった」

「だね。千冬がいてよかった」

「もう……斗真君、帰ったらしたい」

「俺も。今日は寝ないから」

「きゅん……」


 俺が傘を持とうとすると、千冬がその手にそっと冷たい手を添えてくる。

 二人で、一緒に傘を持って足並みをそろえながらゆっくりと。


 いつぞやの、雨のあの日の彼女はもういない。

 いるのは愛情深くてちょっと泣きっぽい、俺の彼女だけだ。



「……斗真君、おはよう」

「ああ、おはよう千冬」


 休日の朝。

 いつも俺より先に起きる千冬はおはようのキスをしてくれる。


「ん、んん……斗真君、寝起きの味がする」

「そ、そんなにされたら、朝からしたくなっちゃうよ」

「じゃあ、しよ? 私、いつでも斗真君に抱かれたい」

「うん……」


 昨日は朝まで彼女を抱いて。

 起きてすぐ、朝食も食べずに千冬の肢体を貪る。


 昨日の雨のせいか、湿気が多い。

 汗でべたつく肌がくっつくたびに、ひちゃっとした音を立てる。

 このままくっついて離れなくなるんじゃないかってくらいに。

 彼女と密着するこの蒸し暑さが俺は好きだ。


「斗真君……斗真君、んん……」


 うわごとみたいに俺の名前を呼ぶ彼女の口をふさぐようにキスをして。

 明るいうちから、俺は千冬の中で果てる。


「……ふう」

「気持ちよかった?」

「うん、すごく。なんか、多分千冬がしっかりしてくれてなかったら、俺も一緒に千冬におぼれてたなって、思うよ」

「私、しっかりなんかしてない……起きる時、いつも不安なの。起きたら斗真君がいないんじゃないかって」

「だから早起きなの? 大丈夫だって、千冬を置いてどっかにいったりしない」

「絶対?」

「うん。ずっと一緒がいい。来週のテストが終わったら、実家に行こ」

「実家でも……したいって思っちゃうよ?」

「いいよ。俺の部屋、二階だし……って知らないか」

「うん、知らない。だから知りたい。斗真君の全部、教えて」

「千冬……うん、いいよ」

「えへへっ、幸せ。大好き、斗真君」


 休日は一日中千冬とベッドの上にいた。

 最近はちょっと我慢することも多かったりしたから、互いにその時間を埋めるように互いを求めて。


 こうやって幸せな時間が続くと、明日がまた不安になったりもしたけど。

 でも、互いの想いを確かめあえているから、もうなんの不安もない。


 もうすぐ夏だ。

 

 千冬と過ごす初めての夏。

 

 いい思い出になると、いいな。

 


 


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