第39話 お互いのために強くなる

「誕生日、もうすぐだね。千冬、何がほしい?」


 夜、千冬の部屋でそんな話になった。


「……ほしいものは、あるけど」

「俺にできることならいいよ?」

「斗真君にしか、できないことだけど」

「ならいいじゃん。とりあえず言ってみてよ」

「……言っていい?」


 千冬は俺の袖をきゅっとつかんでから、もどかしそうに言う。


「子供、ほしい……」


 そう言って、おなかのあたりをさする。


「え、子供?」

「……斗真くんの子供、ほしいの。そんなこと思うのって、変だよね」

「い、いやうれしい、けど。でも、まだ高校生、だし」

「わかってるの……でも、斗真君の子供、産みたい」

「……」


 確かに、それがほしいものだとすればそのお願いは俺以外のやつにしてほしくはないけど。

 でも、やっぱりそれをすぐに叶えてあげることは、できない。


「……早く、そうできるように頑張るから。それじゃダメ?」

「ううん、いいの。でも、そうしたいって気持ちだけでも、伝えておきたかったの。私、斗真君の子供、産みたい」

「千冬……うん、ありがと」

「重くない? 私、誕生日にこんなお願いするような女、なのに」

「あはは、照れくさいけどうれしいよ。俺、そういう千冬も好きだし」

「斗真君……うん、大好き」


 甘えてくる千冬を見ていると、いとおしくて仕方ない。

 それに、俺の子供がほしいなんて言ってくれて、うれしくないはずがない。

 早く、一人前の男になって。

 千冬と結婚して子供も作って。

 そういう当たり前の幸せをずっと彼女と一緒に叶えていくためにも、俺がしっかりしないとって思わされる。


 明日からの学校で、もしかしたら風当たりが強くなるかもしれないけど。

 俺は千冬のためになら変われる。

 もう、彼女を傷つけさせたりはしない。


「寝ようか。明日の学校、大丈夫?」

「うん。斗真君がいるから大丈夫」

「じゃあ、一緒に手をつないでいこうね」

「うれしい……大好き、斗真君」


 この日は、千冬をこの手に抱いた。

 もう、俺も彼女を求める気持ちが止まらなかった。

 このまま子供を作って一緒にどこか遠くで暮らしたい。

 そんな願望は、俺の中にも確かに芽生えながら。

 でも、そんなことは甘えでしかないんだって、振り払いながらも彼女を抱いた。



「おはよう二人とも」


 翌朝、約束通り手をつないで学校に行くと、正門のところで円佳さんが待っていた。


「円佳、おはよう。うん、斗真君がね、手をつないで連れてきてくれたの」

「見りゃわかるわよ、よかったわね。さて、まずは一緒に先生のところに謝りにいくよ。後輩君、千冬は預かるから」

「はい、お願いします。円佳さん、俺、菊池なんかに負けませんから」

「お、いいね。期待してるわよー」


 円佳さんに千冬を引き渡すと、千冬も寂しそうにしながらもしっかり円佳さんへついていく。

 前ならその場に泣き崩れるまであったのに、ずいぶんと彼女は強くなった。

 俺も、負けてはいられない。


 一人で教室へ向かう途中、俺は前から歩いてくる男に身構える。

 向こうも、俺を探していたようですぐに寄ってくる。


「おい、昨日はよくもやってくれたな。あんなんで勝った気になるなよ?」


 菊池だ。

 まったく、サッカー部だというのに朝練もせず俺を探しているなんて、よほど暇なんだろう。

 でも、俺は負けない。

 それに、暴力で解決もしないし、脅しにも屈しない。

 逆に、こういうやつにはガツンとかましてやる。


「ああ、菊池先輩おはようございます。何かありました?」

「な、なんだよその態度? 開き直ったってそうはいかねえぞ」

「昨日千冬と話したんですけどね、先輩って相当しつこく彼女に付きまとってたみたいですね。高校生でも、セクハラとかストーカーって適用されるの、知ってました?」

「な、なに?」

「あんまりしつこいなら訴えようかなって。こっちもただじゃ済みませんけど、菊池先輩も果たして学校にいられるかどうか怪しくなりますね」

「お、脅す気かお前」

「先に脅したのはどっちだよ。嫌なら二度と千冬に近づくな! 次寄ってきたらぶっ殺すぞ!」


 声を荒げてにらみつけた。

 すると、あまりの俺の豹変ぶりにビビったのか、腰を引きながら「わ、悪かったって、もう何も言わないから」と、菊池は怖気づいて下がった。


 そしてそのままどこかへ消える。

 ああいう輩は口ばかりだって、わかってはいてもこういう毅然とした態度をとる勇気が俺にはなかった。

 でも、千冬のためなら頑張れる。

 俺がばかにされないようにしっかりすれば、千冬は守られるんだ。


「おはよう」


 教室に入ると、堂々と挨拶をしてみた。

 驚いた様子で皆が俺の方を振り返ったが、もう一度「おはよう」というと、何人かはおはようと返してくれて。

 不思議そうに首をかしげていたけど気にも留めず。


 堂々と席について教科書を机の中に入れてから本を読む。

 すると、クラスの男子が一人俺のところにやってくる。


「おい相楽、お前なんか変わった? えらく堂々としてるな今日は」

「まあ、千冬の彼氏だからかっこ悪い所見せられないし」

「ほー、人間変わるもんだなあ。うん、俺はそういうお前、嫌いじゃないぜ。今度さ、桜川先輩紹介してくれよ」

「円佳さんを? 嫌だよ、自分で口説け」

「はは、手厳しい。まあ、無理すんなよな」

「うん、ありがとな」


 その後も、今日の俺の様子にあてられたのか何人かが話をしにきてくれて。

 皆、応援してるから頑張れよと声をかけてくれた。

 千冬が起こした事件のことは知ってるようだけど。

 菊池が評判の悪い奴で助かったってのもある。

 俺はようやく、千冬の彼氏として胸を張れるようになってきた。

 千冬も、安心して学校生活を送れるようになるだろう。


 ……子供、か。

 高校卒業したら進学か就職か迷ってたけど。

 千冬となら、どっちだっていいよな、きっと。



「見て千冬、菊池の様子が変よ」

「菊池って、誰?」

「あはは、厳しい。ま、きっと後輩君が頑張ってくれたのよ。びくびくしてるもの。あんなビビってるあいつ見ると、スカッとするわねえ」


 痛快に笑う円佳は、そのあとでスマホのカレンダーを見ながら「誕生日、何してもらうの?」とにやける。


「斗真君に、子供ほしいって言っちゃった」

「え、まさかそれ」

「ううん、断られた。でも、早くそうできるように頑張るって。私、幸せ」

「あー、いいねえほんと。彼が卒業したら即結婚ねあんたらは」

「斗真君のために、私もちょっとだけ変われてる、かな」

「うん、いい感じよ。またダメな時もあるだろうけど、後輩君も私もいるから」


 円佳はさっきとは違う、優しい笑みを私に向けてくれた。


 それを見て心が和んだ時、さっき円佳が指を指して笑っていたクラスメイトの顔が、ぼんやりしていたはずのその顔がはっきり見えた。


 ……そうだ、私、一昨日あの人にひどいことしたんだ。


 謝らないと。


「私、彼に謝る」

「あら、大丈夫なの? 怖くない?」

「いけないことは、いけないから。ちゃんと、謝る。仲良くはしないけど」

「そかそか。じゃ一緒に行ってあげるわ。おーい菊池ー」


 円佳が呼ぶと、肩をビクッとさせながら菊池と呼ばれる彼がこっちを向く。


 だから私は彼の方を向いて「ごめんなさい、あんなことをして」と頭を下げた。


 すると、キョトンとした様子の彼が「い、いやこっちこそ悪かった……あの、やっぱり、仲良く……なんて無理かな?」って。


 言われたけど、それはやっぱり無理だった。


「ごめんなさい、私、斗真君以外の男の人がみんなおんなじに見えるから無理」


 はっきり、思っていたことを口にしてしまった。

 そんなことを言ったらまた、変なやつだと思われちゃうのに。


 でも、皆の様子がいつもと違って。

 沈黙したあとで、笑いが起きる。


「あはは、茅森さんってはっきりそういうこと言うんだ。わかるわかる、男子ってみんなキモいよねー」

「おいお前ら、俺たちは結構傷ついてんだぞ。笑うなよ」

「だいたい茅森さんみたいな美人に相手してもらえるって思ってる菊池も身の程知れっての。彼氏とお幸せにね、茅森さん」


 菊池って人が笑い物にされて、焦って教室を出て行く。

 それをみてまた、みんなは笑う。

 賑わう教室に、私は戸惑う。

 なんで、こんなにみんな明るいんだろうって。


 でも、隣で円佳が「いいじゃん、みんな千冬のことわかってくれてるんだよ」と。


 そう言われた時、私の中につっかえていた何かが崩れる音がした。

 

 どこか、胸があたたかい。

 

 私はまた、涙をこぼす。

 だけど、なぜかいつも泣く時と違って。


 悲しくなんかはなかった。


 

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