第37話 それぞれが思うこと

 午後から教室に戻ると、白い目でこっちを見るやつらがたくさんいた。

 ただ、誰も何も聞いてこない。

 聞きたいけど、触れるのが怖い。

 そんな様子がひしひしと伝わってきながら、居心地の悪い昼下がりを過ごしている間もずっと、俺はポケットの中のスマホが震えるのを待っていた。


 千冬は大丈夫かな。

 千冬はまだ寝てるかな。

 

 心配ばかりが大きくなる。

 今は誰かにこの気持ちを聞いて欲しい。

 そんな思いが通じたのか、放課後になってすぐ、円佳さんが俺を迎えにきてくれた。


「やほー後輩くーん」


 こっちに手を振る円佳さんに、クラスメイトの男子は皆注目する。


 桜川円佳といえば、千冬ほどではないにしても地元の人間は知らない人がいないくらい人気なんだとか。

 そんな話も聞こえてきたが、俺にとっての彼女はそういう対象じゃない。

 千冬の親友。

 そして、千冬が俺以外に唯一心を許す他人。

 千冬がいるからゆっくり話す機会もなかったけど、一度色々と話を伺ってみたかった。


「すみません円佳さん、千冬は」

「さっき千冬のお母さんから連絡きて、まだ寝てるってさ」

「そっか……」

「一緒に様子見に行こっか」

「はい」


 円佳さんと二人で下校する。

 こんなとこ、千冬に見られたら怒られるんだろうなあ。


「千冬のこと、先生には私から説明しておいたから。調子に乗って挑発した相手にも責任があるってことで、進級とかに支障はないみたい」

「よかった……でも、どうして円佳さんはそこまで千冬によくしてくれるんですか? 友達だから、とはいっても」

「うちもね、千冬のとこと似たような事情なんだ」


 円佳さんは俺の三歩先を歩きながら空を見上げてそう呟いて。

 足を止めてから、追いついた俺の方をチラッと見ながら、


「お父さん、いないんだ。でも、千冬のとこは離婚だけどうちは死別。結構色々あったんだけど、そんな時に千冬は私の支えになってくれたから」

 そう続けた。


「千冬が……円佳さんの支え、ですか?」

「ね、今じゃ考えられないけどね。でも、お父さん死んだ時も、千冬は自分のことみたいに泣いてくれたし、お母さんが働きはじめて、私が家で一人寂しいなって思ってた時も毎日一緒にいてくれたの。円佳の気持ち、わかるよって。あの子、本当は人の痛みがわかる優しい子なんだよ」


 また、止まっていた足が前へ。

 ついていきながら、俺はもう一つ聞きたいことを尋ねる。


「……千冬のご両親って、どうして離婚したんですか?」

「……ま、君には話してもいいか。ありがちな話、不倫なんだけどね。その現場をさ、千冬が見ちゃったんだって」

「家に、女の人を連れ込んでたってこと、ですか?」

「そ。で、結構父親には懐いてたみたいだからショックも大きかったみたいで。それ以来、男はクズで最低だって思うようになったのよ」

「……そんなことが」

 

 千冬は、心にトラウマを抱えていたんだ。

 そんなこと、何も話してくれないから知らなかった。

 いや、俺が知ろうともしなかった。

 千冬は元々ああいう性格だから仕方ないって、勝手に諦めていた。


「でも、そんなあの子が好きな人できたって聞いてビビったわよ。襲われた反動っていうか、吊橋効果的なやつだったのかもだけど、それが後輩君で本当によかったって私も思ってるよ」

「そんな……俺は、千冬にしてもらってばかりで」

「そんなことないから。君の存在がどれだけあの子の支えになってることか。ま、今回の件はちょっと行き過ぎた結果だけど、これを機にあの子もちょっと変わってくれたらいいかもね」

「はい、そうですね。千冬は、ちゃんと反省できる人だと思います」

「うん、信じてあげて。君が体目当てのクズなら、ああいう子だからやめとけばって脅してやろうと思ったりもしたけど。だけど、君でよかったよほんと」


 何度も何度も、円佳さんは頷きながらそう言った。


 俺でよかったと。

 そう、言ってくれた。


 その言葉に励まされながら、返す言葉も見つからなかったけど決心がついた。


 俺は、何があっても千冬のそばにいる。

 たとえ千冬が悪いことをしても、ちゃんと叱ってあげるべきなんだって、そう決意したところで。


 ちょうど千冬の家に着いた。


「すみません、桜川です」


 円佳さんが玄関先で呼ぶと、なんと千冬がフラフラっと奥からやってきた。


「斗真君……それに円佳も」

「千冬、もう落ち着いたの?」

「うん。二人ともごめんなさい、心配かけて」

「いいわよいいわよ。じゃ、私は千冬の元気な顔が見れたから帰るわ。後輩君あとはよろしく」


 円佳さんは玄関で靴を脱ぐことなく、さっさと帰っていく。

 そのあと、俺は千冬を見る。


 すると、千冬はボロボロと涙を流していた。


「ど、どうしたの? まだどこか苦しい?」

「ううん……いっぱい、みんなに迷惑かけちゃったなって。ごめんなさい、私、ちゃんと変わるから」

「千冬……」

「明日、私我慢する。家でね、一人で我慢して斗真君が帰ってくるの、待つ……。私、変わらないとだから」


 泣きながら玄関で崩れ落ちる千冬を支えてそのまま家の中へ。

 

 そしてリビングにいくとお母さんがきてくれて、「明日は仕事休むから」と。


 さっき先生から連絡がきたそうで、明日は一日家で謹慎と決まったらしい。

 明日は会えないそうだけど。

 だからこそ、今日は離れたくないと千冬はいう。


「……明日我慢するから、今日は一緒にいてくれる?」

「もちろん。それに、明日も学校終わったら飛んでくるから」

「うん……今日は私の部屋にくる?」

「いいの? 一回いってみたかったんだ」

「うん。斗真君、大好き」


 一緒に、今日は千冬の部屋にお邪魔する。

 なんてことはない、ベッドと机と本棚があるだけの部屋だけど、ここはやっぱり千冬の部屋なんだなって思わせる甘い香りがした。


 でも、今日の千冬は部屋で二人になっても俺に何も求めてこない。

 多分、こんな時にそういうことをするのは不謹慎だって思ってるのだろう。


「……斗真君が一緒にいててくれる。幸せ」

「うん、ずっと一緒だよ。でも、もう二度と、こういうことしたらダメだからね」

「……私、悪い子だから。悪いことしたら、ちゃんと叱ってほしい」

「もちろん。俺も円佳さんもそのつもりだよ。だけど、円佳さんに怒られて辛い時は俺が甘やかしてあげる。で、俺が辛い時は千冬が甘やかして。俺も、千冬に甘えたいから」

「斗真君……うん、いっぱい甘えて、甘やかしてあげる」


 少し体が震える千冬を支えるようにして、ベッドに座って優しく唇を重ねた。

 そして、円佳さんに言われたことを少し思い出す。


 俺は千冬の支えになれているのかもしれないけど。

 でも、やっぱり色んな人の協力がないと、俺一人では何もできない。


 もっと、千冬を一人で守れるくらいに強くなって。

 千冬が何も心配しなくていいように、頑張らないと。


「千冬、明日は頑張ろうね」

「うん……」


 千冬も、頑張ろうとしている。

 俺も、負けてはいられない。


 そのあと千冬と順番にシャワーを浴びてからまた部屋に戻ると、すぐにベッドに入った。


 でも、何もせずに二人で手を繋いで眠りについた。

 こうやって、少しずつ依存ではない関係になれると信じながら。

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