第36話 君のことを想うと


「ち、千冬!」

「あ、斗真君……」


 千冬がクラスメイトの首を絞めた。

 それが問題になっていると、休み時間の時に円佳さんが知らせてくれて、俺は職員室に走った。


 着くと、そこには先生の前で目をうつろにする千冬の姿が。


「なんだ君は」

「お、俺は……千冬の、彼氏、です」

「ふむ、そうか。もうすぐ話が終わるから、待ってなさい」


 そう言われて、少し下がる。

 そのあと、先生が「二度とこのようなことがないように」と言って、千冬が頭を下げてから俺のところにくる。


「……ごめんなさい。私、私……」

「千冬、落ち着いて。何があったの?」

「斗真君のこと、馬鹿にしたの。気持ち悪い人が、斗真君にひどいこと、言ったの……」


 その場で泣き崩れる千冬を連れ出すと、外には円佳さんが待ってくれていた。


「千冬、大丈夫?」

「円佳……うん、でも一日謹慎だって」

「それで済んでよかったわよ。今日は?」

「このまま帰れって。私……どうしよう」

「……円佳さん、俺が送っていきます」


 先生に事情を伝えてから、俺は千冬と一緒に学校を出ることにした。


 学校の中では、美人でお淑やかと有名な千冬が起こした事件。

 その噂は既に校内中に広まっており、隠れるように校舎を後にする時も、教室の窓から大勢の生徒が俺たちを見下ろしていた。



「……千冬、もう人の目につかないよ」


 学校を出てしばらく歩いたところで、一度足を止める。

 千冬のお母さんへは連絡がいってあるらしいが、仕事中だからか繋がらなかったそうだ。


「ごめんなさい……斗真君、学校に戻って、いいよ」

「ほっとけるわけないじゃんか。帰ったら、ちょっとゆっくりしよう」

「私……私、やっぱりダメ。おかしいの、私って。斗真君のことになると、何も見えなくなるの。他の人とか、やっていいか悪いかとか、判断できなくなるの……」


 千冬は、その場で崩れ落ちそうになる。

 そっと肩を支えて、少し歩いたところにある公園まで行って。


 並んでベンチに座る。


「……千冬、ちょっと円佳さんに聞いたんだけど、俺のために怒ってくれたんだって?」

「……斗真君のこと、年下のガキだって、言ったの」

「ははっ、まあ俺は千冬と比べたらガキ、なのかな。でも、ありがと。千冬が庇ってくれて嬉しい」

「斗真君……」

「でも、そんなことで相手に暴力したらダメだよ。もし千冬が学校辞めるようなことになったらさ、俺も寂しいから」

「……わかってる。私、いけないことしたのは、わかってる。でも、許せなくて……」

「……お昼、毎日一緒に食べたい。学校にも、毎日一緒に行きたい。だから、ずっと一緒にいるために我慢、だよ。せっかく、うまくできてたじゃんか」

「我慢……うん、私頑張る。斗真君の為なら、頑張れる」

「あははっ、よかった。千冬がムカつく奴がいたら言って。俺が代わりに殴り飛ばしてやるから」

「だ、だめ……斗真君が学校来れなくなっちゃう……」

「あ、そうだった。うん、俺も我慢するよ」

「うん……」


 落ち着いたけど、それでも千冬はボロボロだった。

 しばらくゆっくりして、あるけるようになってから二人で千冬の家に。

 その間も千冬は目がボーッとしていて。

 家に着いてからも、相変わらず元気がないのでリビングのソファに座らせてから、俺は彼女の家の台所を借りてコーヒーを作らせてもらった。


「……千冬、あったかいコーヒーだよ」

「斗真君が、作ってくれたの?」

「うん。いつも千冬にしてもらってばっかだから、たまにはね」

「私がやらないと、いけないのに」

「そんなことないって。今日は千冬も疲れてるし、ゆっくりして」


 二人で並んで、あったかいコーヒーを一緒に飲む。

 少し苦い。

 でも、千冬はそれを一口飲むと、ホッと息を吐く。


「美味しい……あったかい」

「こんな時期にホットコーヒーってどうかなって思ったけど、やっぱりあったかいものは落ち着くよね」

「斗真君が作ってくれたから、美味しい」

「そっか。千冬がそう言ってくれるから、嬉しい」


 鼻先を赤くする彼女の頭をそっと撫でる。

 すると、いつもならキスをせがんでくるはずの彼女がコーヒーを置いて、肩にもたれかかってくる。


「……私、おかしいの。ちょっと、人と違うところがあるの。だからこれからも、斗真君に迷惑かけちゃうと思う」

「千冬はおかしくなんかない。それに、迷惑なんてかかってない。いつも優しいし、なんでもしてくれるし、料理も美味しい。それに誰だってダメなところくらいあるよ。俺も、だから」

「……だけど、今日みたいなことがまたあったら」

「それはないように、ね。俺も我慢するから頑張ろ。円佳さんだって、千冬のいいところをわかってるからああやって親切にしてくれるんだよ。千冬のこと、好きな人もたくさんいるから」

「……うん」


 ほろりと、千冬の頬に涙がつたう。

 そして、そのまま目を閉じると静かな時間が流れていき。


 気がつけば千冬は俺に寄りかかったまま眠っていた。


「……寝顔、可愛いな」


 さっきまでの苦悩も忘れたかのようにすやすや眠る彼女を起こさないように、そのままじっと彼女を見つめたまま。


 しばらく経つと、玄関が番の方からガチャガチャと音がする。


「千冬! ……あ、君は」

「すみません、お邪魔してます……」


 千冬のお母さんが慌てた様子で帰ってきた。


「千冬は……寝てるの?」

「ええ、さっき。疲れたみたいで」

「そう。相楽君、わざわざ送ってくれたのね。ごめんなさい、この子のために」


 深々と頭を下げるお母さんに、俺は千冬を起こさないようにしながらお辞儀する。


「いえ、これくらいしかできませんし。勝手にお邪魔してすみません」

「ううん、ほんとにありがとうね。さっ、あとは私が引き継ぐから、あなたは学校に戻りなさい」

「でも……」

「大丈夫。この子、こうやって眠ったらしばらく起きないから。また、起きたらこの子から連絡くるでしょうし」

「……わかりました」


 そばを離れるのは辛いし、起きた時に俺がいないなんて、千冬は大丈夫かなとか考えたけど。

 実の母親がそばにいてくれるわけだし、なにより千冬に付き添って俺まで学校を疎かにすることが正しいこととも思えず。


 俺はもたれかかる彼女の頭をそっとソファに置いて。


 千冬のお母さんにもう一度頭を下げてから、学校に戻った。

 

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