第33話 辛い時があるからこそ


 斗真君が、いなくなっちゃった……。

 ううん、お仕事に出かけただけ、だよね。

 一緒に暮らすために、私のために働いてくれてるんだよね。


 わかってる。

 必要なことだって、わかってる。

 わかってるのに……。


「……もしもし」

「はいはい千冬、そろそろ電話くると思ってたよ」

「円佳……私、寂しくて死んじゃいそう」


 孤独に耐えられず、円佳に電話する。

 今日から彼が仕事だって伝えてたから、私の行動を想定して待っていてくれてたようだ。


「じゃあ私とご飯でもいく?」

「うん、今すぐきてほしい。私、このままだと……」

「あー、わかったわかった。場所はラインして。急ぐから」

「うん、ごめんね……」


 もう、電話を切るのも嫌で結局円佳には口頭で場所を伝えて。

 彼女が部屋のチャイムを鳴らすまでずっと電話はつなぎっぱなし。

 円佳が来た時にはもう、私は泣いていた。


「斗真君……斗真君がいない……」

「あーもう、しっかりしなさい千冬。頑張りなさい、ちょっとの辛抱だから」

「うん……でも、でも」

「社会人になったらどうするつもりよ。二人ともニートする気?」

「……うん、頑張る。今だけ、だから」

「そうそう。さて、ごはんいくよ」

「うん」


 私は円佳に連れられて、一緒に彼の部屋を出る。

 せめて彼を感じていられるように、彼のジャージを借りて。

 彼からもらった、すっかり私のにおいしかしなくなった彼のジャージを身にまとって、円佳と一緒に近所のファミレスに向かった。



「斗真君……」

「千冬、早く何か決めて。いい加減頼みたいんだけど」

「うん……」

「何が食べたいの?」

「斗真君」

「ダメだこりゃ……」


 当然、ファミレスについても頭の中は斗真君一色。

 彼が今何をしていて、誰と話しているのかって考えるだけで胸が張り裂けそうになる。


「……ま、いいや。すみません、ランチセット二つください」


 食べたいものなんて思い浮かばず、円佳はそんな私を見かねて勝手に注文をして。

 そして私の分のドリンクまで取ってきてくれてから私を見てため息。


「はあ……昔から変わってるけど、まさか恋したらここまでとはねえ。そんなに彼のことが好きなの?」

「うん、斗真くんと一緒に死にたいって思うくらい、好き」

「おっも……でもまあ、愛されてるって気持ちをちゃんと受け止めてくれてるよ、後輩君は」

「うん。私も、今のままじゃダメだってわかってる。わかってるけど気持ちがついていかなくて」

「依存ってそういうもんだからね。ちょっとずつ、慣れるしかないのよこればっかりは」

「……円佳、やさしいね」

「いつかあんたの病気がマシになったらバイトでもしてなんかおごってよね」

「うん。斗真君にプレゼント買ったあまりでよかったら」

「そういうのって、わざと言ってる?」


 円佳は、くすりと笑う。

 そして「ちょっとは落ち着いたみたいね」と言ってから、「食べたら一緒に後輩君の職場いこっか」と言ってくれた。


「四六時中監視されたら迷惑だろうけど、買い物しに行くくらいならいいんじゃない?」

「い、いいの? 斗真君に会いに行っていいの?」

「はいはい落ち着いて。まずはごはん食べてからよ」


 ほどなくして、ランチが二つテーブルに届けられる。

 今日のメニューはとんかつセット。

 急いで味噌汁を飲み干して、とんかつを口に放り込んでご飯を流し込む。


 食べたら斗真君に会える。

 そう思うと、食欲なんてなかったのに次々と食べれてしまう。


「おーい、私が食べるの待ってよ」

「……円佳も、早く食べて」

「努力はするけど早食いはしない。ていうか、時間調整して彼の仕事が終わる前に行ったほうがいいでしょ」

「な、なんで? 早く会いたい」

「バカねえ、そうしたら一緒に帰れるじゃん」

「あ、うん……一緒に帰りたい」

「でしょ。だから慌てずに食べなさい」

「……うん」


 私だったら、何時間でもスーパーの前で彼を待つけど。

 それは多分ダメなことだって、円佳に言われなくてもわかる。

 彼の迷惑になるから。

 重い、しつこいって言われて嫌われちゃうから。

 だからそうはしない。

 ちゃんと、さりげなくバイト終わりの時間に行って、自然に彼と一緒に帰るの。


 斗真君と一緒に……えへへっ、もうすぐ一緒だ。

 もうすぐ会える。

 うれしい……久しぶりに、彼のことを考えて濡れてくる。

 最近はずっと一緒で、ずっと彼自身に濡らしてもらってばっかりだったから。


 ……こうやって彼のことを想う時間も、大切なのかな。



「いらっしゃいませー」


 バイト初日は、最初の二時間で店内の品ぞろえとかを教えられて、今はレジの練習をしている。

 まあ、教えてもらえばなんてことないんだけどとにかくお客さんが集中したときは目が回りそうなほど忙しい。


 でも、忙しいほうがいい。

 時間が早く経った気分になる。


 あっという間に、今日の退勤時間が迫る。


「いらっしゃいま……あ、あれ?」

「斗真君、来ちゃった」

「やほー後輩君」


 あと十分で仕事が終わるという時に、千冬と円佳さんが店に入ってきた。


「あ、もう少しで終わるんで。買い物します?」

「うん……斗真君、斗真君、だ」

「こら千冬、仕事の邪魔したらダメよ。なんか買い物してましょ」

「う、うん」


 円佳さんに引きずられるように千冬は奥へ連れていかれ、俺はその間に最後の仕事をこなす。

 そしてようやく仕事が終わるというその時に、最後にレジに並んだのは千冬だった。

 持ってきたのはケーキ。

 これをかえって一緒に食べたいらしい。


「……なんか変な感じだね。千冬の買い物のレジするのって」

「うん。でも、働いてる斗真君も、かっこいい……大好き」

「うん、ありがとう。ええと、ちょうど三百円になります」

「迷惑じゃなかった?」

「ううん、迎えにきてくれたんだよね。うれしいよ」

「きゅん……大好き」

「おーい千冬早く金出しなさーい」


 うっとりする千冬に円佳さんが突っ込んで。

 彼女は俺にそっと小銭を渡してケーキを受け取る。


 お金をレジに入れるとちょうど時間で。

 こうして、人生初のバイトは終わる。

 

 千冬と、付き合って初めてとなる離れ離れの時間が、ようやく終わった。

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