第31話 しっかりしたい、でも甘えたい
「円佳、トイレ行ってくる」
パスタを食べ終えたあとで、千冬が席を立つ。
その時俺に「斗真君も」と言ってきたが円佳さんが「ダメです」と。
しゅんとしながら、何度もこっちを振り返る千冬はトイレのある廊下へと消えていった。
「ほんとあの子ったら……さて、後輩君ちょっと訊きたいことあるけどいい?」
「は、はい。なんですか?」
「あの子と一緒に病んだらダメよ。そうしないことが千冬にとっての幸せでもあるんだから」
「……言いたいことはわかってます。俺がしっかりしないとダメなんですね」
「そゆこと。久々に病んでない人と話してホッとするわ。あとちゃんと着けるものは着けてしなさいよ。さて、私はこれで帰るから、あとは二人で楽しくね」
「え、でもまだ千冬が」
「いいのいいの、あの子だってあんたと二人の時間を堪能したくてしょうがないだろうし。困ったらいつでも相談して」
「は、はい」
「んじゃね」
円佳さんはさっさと席を離れた。
そして入れ違うように千冬が戻ってくると、ちょっと驚いた様子を見せる。
「あれ、円佳は?」
「さっき帰るって。俺たちも、いこっか」
「そう。うん、いこ」
レジに向かうと、なんと会計は円佳さんが済ませてくれていた。
男前すぎるだろ、あの人。
「千冬、円佳さんにお礼伝えといてよ」
「うん。さっきラインした」
「そっか。いい友達だね、彼女」
「私の親友。斗真君の次に好き」
「そっか」
「一番は斗真君だよ」
「うん、俺も一番は千冬だから」
「二番がいるの?」
「え?」
「二番いちゃ、ダメ」
「う、うん」
つまり、千冬が一番にして唯一であれと。
まあ、それが千冬の考える幸せなら、俺もそれくらいはしてあげよう。
もう、俺には千冬しかいない。
そういう気持ちで彼女と付き合っていく。
円佳さんにも、頼ることはあるだろうけどいつまでも頼りっぱなしではいけないんだ。
◇
「一緒に住みたい」
家についてすぐ、千冬は深刻な顔でそう言ってきた。
「ええと、一緒に住むってつまり……同棲?」
「うん。私、家にいる時はずっと斗真君と一緒がいい」
「うん、俺もだけど。でも、同棲ってなると引っ越ししないと、だなあ」
「ここはダメなの?」
「一人暮らし用で契約してるから。それに家賃も親に出してもらってるし。二人で契約して、家賃も多分俺が払うってなれば親もなんとか理解してくれるかもだけど」
うちの親は結構寛容な人だ。
今の一人暮らしだって、貴重な経験だからってことで親から勧めてくれたし、彼女の一人くらい作ってこいって言われてたから、こういう話には反対までしないと思うけど。
「じゃあ、早速明日親に相談してみよっか。バイトも探さないとだし」
「……寂しくなっちゃう。怖い」
「大丈夫だよ。一緒に住んだら休みの日はずーっと一緒なんだし、楽しそうじゃんか」
「うん……そうだね。でも、女の人がいない仕事にしてね」
千冬は真剣な顔で言う。
まあ、離れてる間くらいはせめて心配をかけないようにしないとだし、当然か。
「うん、そうする」
「よかった。じゃ、斗真君のためにご飯つくるね」
俺はここでようやく晩飯にありつける。
待った甲斐があったというもので、今日千冬が作ってくれたカルボナーラの味は超がつく絶品。
少し多めに作ってくれたそれを俺はあっという間に平らげて。
少し休んでからお風呂に入ることにした。
「……一緒に入ろ?」
お湯が溜まったところで千冬から。
俺も、一度そういうことをしてみたかったので心が弾む。
「う、うん」
「明るいとこだと、恥ずかしいね」
と、言いながら彼女はさっさと服を脱ぐ。
俺も、明るいところで裸になるのは恥ずかしかったが、先輩がさっさと服を脱ぐのでつられるように裸になって。
元気な下半身を露出すると「斗真君、元気だね」と言われて。
ちょっと触られたりしながら風呂場へ。
一緒に、狭い浴槽に浸かる。
向かい合うと、千冬は俺の方を見てにこりと。
「夢みたい」
「な、なんかてれくさい」
「嫌?」
「そんなわけないって。俺も、夢みたいだよ」
「えへへっ、斗真君……大好き」
風呂場でも千冬は俺とのキスを欠かさない。
少し濡れた髪をかきあげて俺の唇を味わう彼女からは、やっぱり少し甘い香りがして。
互いに裸でこんなことをしていて、何も起こらないはずもなく。
風呂場で俺たちはまた絡み合った。
明るいところで見る千冬の体は、水滴のせいもあるのだろうけどキラキラと輝いて見えて。
俺は彼女の全てに思考を奪われていく。
このままここで、ずっとこうしていたい。
ずっと彼女の中に浸っていたい。
ずっと彼女の側で溺れていたい。
そんなことばかり考えてしまう。
でも、スッキリするたびに俺の頭には円佳さんの助言がよぎる。
『あの子と一緒に病んだらダメよ』
あの子と一緒に。
ということは、千冬は病んでるって円佳さんは思ってるのだろう。
病んでるって言葉が正しいかは別として、千冬は普通の人より相手に固執しがちだ。
会えないと泣きそうになって、嫌われるかもと考えただけで動揺して。
でも、俺もそんな気持ちがわからないこともない。
千冬に嫌われたら、千冬がいなくなったら、千冬が他の人を好きになったら。
そんなこと、考えたら頭がおかしくなりそうだ。
好きって、そういうもんだと思う。
「斗真君……もっと、ほしい」
「う、うん。でも、もう元気がない、かな」
「そっか……じゃあ、お風呂出たら元気出るもの、作るね」
「うん、ありがと」
「寝る前には、もっとしてほしい」
「うん、わかった」
もうクタクタになった俺を、それでもまだ求めて止まない千冬。
そんな彼女の目はお酒でも飲んだようにトロンとしてて。
風呂場でのぼせたように白い頬をリンゴみたいに赤くする彼女を見ていると、考えることをまたやめてしまう。
支えないとって思いと、彼女に溺れたいって甘えが俺の中で混濁していく。
もう、千冬がいない時間なんて考えられない。
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