第30話 親友の存在

「やほー、後輩君」


 放課後、俺を迎えにきたのはなんと円佳さんだった。


「え、あれって二年の桜川さんじゃね?」

「うわ、顔ちっちぇえ」

「ああいうロリ系女子いいよなあ」


 どうやら、下級生の間でも結構知名度があるようだ。

 確かに小柄な元気っ子タイプだけどしっかり美人な円佳さんは男にモテそうだ。

 でも、今はその知名度がちょっと迷惑なんだよなあ。


「で、またあいつかよ」

「茅森先輩だけじゃ飽き足らず桜川先輩にまで手を出すのかあのヤリチンめ」


 結局俺がこんな目に遭う。

 だからさっさと教室を出て円佳さんのところへ。


「ど、どうして円佳さんが?」

「千冬はトイレ。それよか、結構嫌われてるんだね後輩君」

「いや、まあ」

「千冬と付き合った代償は大きいってか。あはは、まあ、こんなことで悩んでたらあの子とは付き合えんよ」

「はあ」


 今朝挨拶をしただけの関係なのに、彼女はすっかり先輩気どりだ。

 どう見ても年下にしか見えないその容姿をカバーするために背伸びしているのか、それともその見た目をカバーしようと頑張って背伸びしてきた結果、精神年齢だけが大人になっちゃったのか。

 とにかく話していると、とても先輩っぽい。

 見たらどうみても子供だけど。


「……斗真君」


 円佳さんと話していると、トイレの方から千冬が歩いてくるのが見えた。

 でも、ちょっと目つきが怖い。


「斗真君……円佳と楽しそうに話してる。私、死ぬ」

「え、な、なんでそうなるの?」

「だって……浮気」

「う、浮気じゃないって」

「千冬、そういうの言わないってさっき約束したでしょ」

「……そうだった。うん、大丈夫」


 円佳さんが宥めると、ようやく千冬の目つきが元に戻る。

 ほんと、扱いがうまいというかなんというか。

 その術を俺にも伝授してもらえないものだろうか。


「じゃあ行くわよ。千冬、お店までって結構遠い?」

「商店街の方だから、歩いていける」

「よし、早速出発ね」


 今日は千冬と、さらに円佳さんも一緒になって下校する。

 美人な先輩二人と一緒に帰る一年生男子の存在を、すれ違う誰もが不思議そうに見ていたのは当然のことで。


 俺は向けられたことのない注目に少々胃を痛めていたが、千冬はそんなことを気に留める様子もなく。


「斗真君、手、繋いで」

「う、うん」


 まだ学校を出る前なのに、手を繋いでくる。

 もうこれで、誰に何を言われても言い訳はできないな。


「あーあー、私がいるのにいちゃつくな。帰ってからにしなさいよ千冬」

「ヤダ。斗真君がいるのに離れるとか、無理だもん」

「しっかり重いねえ。後輩君、あんたはこんな千冬のこと、嫌じゃないの?」


 円佳さんがそんなことを聞くと、隣の千冬はじいっと俺を見てくる。

 多分嫌だなんて言えばその場で千冬が死ぬか、俺が殺されるんだろうなってくらいに想像がつくけど。

 まあ、そんなことに怯えてってわけじゃなく。


「全然嫌じゃないですよ。俺、千冬のことが大好きですから」


 素直に想ったことを答える。

 すると円佳さんは「あー、案外お似合いかもねあんたら」と言って呆れる。

 隣の千冬は「大好き……んっ」とキスをせがんできて。

 さすがにそれは円佳さんに止められていた。



「いらっしゃいませ」


 夕方の喫茶店は閑散としていた。

 テーブルに案内されると、円佳さんがまず壁際の席に腰かけて、俺はその向かいに座る。

 すると千冬は、俺の隣に座ってから「うーん」と悩んだような声を出す。


「どうしたの?」

「だって……向かいにいたら、斗真君の視界に円佳ばっかり入るから」

「じゃ、じゃあ千冬が俺の向かいにくる?」

「ヤダ、離れたくないもん……」


 だからずっとこっち見てて、と。

 俺の首を無理やり自分の方に向けさせる千冬に、「おーい、いい加減にしろ」と円佳さんがツッコんで。

 メニューを広げる。


「ここって、ハンバーグおいしいんでしょ。千冬、食べたことある?」

「うん、前に斗真君と来たの」

「へえ、どうだった?」

「斗真君が美味しそうにしてたから嫌い」

「じゃあうまいんだ。私はそれにしよっかな。千冬は?」

「……パスタにする」

「そ。後輩君は」

「あ、俺は」

「斗真君は帰ってから私のご飯食べるの」

「あーそう。ご苦労なこって」


 やれやれと。

 首を振ってから円佳さんは「頑張れ青年」と俺に言ってから店員を呼ぶ。


「ハンバーグセットとカルボナーラ、あとコーヒーで」


 注文を聞きに来たのは、今日は男性の店員だった。

 だからだろうか、千冬は隣で「今日はハンバーグにすればよかった」なんて言ってたけど、円佳さんはそのまま注文を続けていた。


「さて、せっかく一緒にご飯たべるんだし。二人は今どんな感じか教えてよ」


 円佳さんがまず、水を飲みながら千冬に訊く。


「んんと、斗真君とは毎日えっちなことしてる」


 そしてど真ん中剛速球を千冬が投げ返すと、円佳さんが笑う。


「あはは、好きだねえほんと。で、後輩君も毎日千冬の魅惑のボディに溺れてると」

「……お恥ずかしながら、はい」

「うんうん、そりゃそうよね。でも、好きと依存は違うからね」

「好きと依存……」

「千冬も、一緒にいる時にラブラブなのはいいけど、これからのこと考えたら我慢も覚えなさいって話したよね。それ、ちゃんと覚えてる?」

「う、うん……覚えてるけど」


 千冬は、辛そうに俺の手を強く握る。

 なんか可哀そうになってくるけど、どう声をかけたらいいかわからない。

 円佳さんの言うことは最も過ぎて。

 それに、四六時中一緒、なんてことは無理だと頭では俺も千冬もわかっている。


「後輩君、バイトは?」

「まだ、ですけど。そのうちやらないとって。千冬と、色んなとこいきたいし」

「なら、バイトしてる時間は会えないけど千冬は我慢できる?」

「……ヤダ」

「ほら、それじゃダメでしょ。あんたと楽しく遊ぶために稼いできてくれようとしてるのよ? それでもダメなの?」

「ううん、嬉しい……でも、ヤダ」

「うーん、重症ねえ」


 円佳さんは俺たちの今後を真剣に考えてくれてるのだろう。

 夢みたいなことばかり言っててもどこかで破綻する。

 だから現実を見て地に足つけて、交際していけと。

 千冬が信頼している理由がよくわかる。

 

「……斗真君、お金なら私が用意するからダメ?」

「い、いやさすがにそれは」

「だって……会えなくなると死んじゃいそうになるもん」

「千冬……」

「こら二人とも、そういうのよ。あんたら、絶対今のままだと二人してダメになるから。ま、私も今んとこ彼氏いないし、千冬が寂しい時は一緒にいてあげるから」

「うん……円佳、斗真君の代わりにはならないけど好き」

「ほんと一言多いわね」


 とか言って笑っているところで料理が来た。


 ハンバーグの焼ける匂いと、パスタのうまそうな香りがテーブルに広がって。

 でも、俺はなぜかホットコーヒーを飲みながらお預け。


 コーヒーなんか飲むと余計に腹が減る。

 すきっ腹に飲んだからちょっと胃がきゅっとなる。


「うん、うまい。いいじゃんここ」

「……パスタ美味しい」

「……コーヒーもまあ、うまいですよ」


 何度か、千冬がパスタを俺にあーんしてくれないかなと期待して彼女の方を見たんだけど。


「でも、斗真君の中に入るのは私のものだけ」と言われて一口もくれなかった。

 

 ただ、円佳さんと一緒の時の千冬はいつもより心なしか明るくて。

 こうやって、彼女のダメな部分とも付き合っていきながらうまくやっていけるんだと。

 そんな学びだけでもあっただけ、よかったと思うことにした。

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