第29話 怒ったらダメ
♥
「千冬、あんた前よりひどくなってない?」
休み時間に円佳がちょっと呆れた様子でそう言った。
まあ、言いたいことはわかっている。
「うん……斗真君とうまくいくほど、もっと一緒にいたいって思っちゃうの。体も、心もいうこと訊かないの」
「あのねえ、ラブラブなのはいいことだけどあんなになったらダメよ。あんたもダメになるし、後輩君もダメになるから」
「うん、困らせちゃいけないって思っても、困らせちゃう……どうしよう」
「あーもう泣かないで。私が困るから」
「……円佳、一つ聞いてもいい?」
「なにかしら。別にできることならやってあげるけど」
「妊娠したら学校行かなくてよくなるよね?」
「どう答えたらいいかわからん質問すんな」
♠
「相楽、お前本当のこと言えよ」
遅刻して先生に怒られてしょんぼりしている俺のところへ、休み時間にやってきたのはクラスメイトの男子。
確か島田君だったかな。
サッカー部のチャラい感じが苦手であんまり話したことないけど。
「な、なんの話かな?」
「とぼけるな。茅森先輩とどういう関係だって訊いてるんだよ」
「な、なんで島田君がそんなことを聞くのかな?」
「俺、入学してた時から先輩のこと狙ってたんだよ。でも、何回誘っても無視されるだけでさ。そんな彼女がお前と付き合うって、なんか裏があるとしか思えねえ」
苛立つ様子で、俺の机に手を置いて前のめりになりながら、島田君は続ける。
「お前、先輩の弱みにでもつけこんでんじゃねえのか?」
そう言われた時、俺はイラっときた。
弱みにつけこむ?
千冬はそんなことでほいほい男に靡くような女の子じゃない。
「おい、彼女に失礼だろ。謝れ」
「なんだよ。たまたま先輩を助けたからって向こうに恩着せがましく近づいて、挙げ句の果てに断りにくい状況で無理矢理迫ったんだろ」
「そんなことするわけないだろ。ちふ……先輩とは純粋に仲良くさせてもらってるだけだ」
そう答えた時、教室がざわざわと騒がしくなる。
島田も何事かと振り返ると、教室に千冬が来ていた。
「……斗真君、どうしたの?」
友人と口論になってるところを見られて、心配そうに千冬はこっちにくる。
「あ、茅森先輩。こいつ、先輩のことを」
「あなた、誰?」
言い訳っぽく取り繕う島田に対して、千冬は冷たい目を向ける。
その後、首を傾げながら「邪魔なんだけど」と。
何も感情がこもっていない声で、ぽそっと呟く。
「え、あの、だから俺は……あの、島田ですよ、覚えてますよね?」
「知らない。気持ち悪いから見ないで」
「うっ」
気持ち悪い。
その一言で島田は下がった。
そして露骨にショックを受ける彼のことなど視界にも入っていない様子で、千冬は俺のところへ。
「斗真君、喧嘩したらダメだよ?」
「う、うんごめん。気を付ける。で、どうしたの?」
「円佳がね、今日ご飯オッケーだって」
「それを伝えにわざわざ? ラインでよかったのに」
「会いたかったもん……斗真君は、会いたくなかった?」
「そ、そんなわけないって。うん、ありがと」
「……大好き」
俺にだけ聞こえるように。
小さく呟いてから千冬はほんのり頬を赤く染めて。
やがて名残惜しそうに教室を出て行く。
その様子を、クラスの誰もが見ていて。
俺たちのことについて聞いてくるやつはいなくなった。
◇
「千冬、お待たせ」
昼休み。
さすがにいつも教室に来させるのは悪いからと、ラインで待ち合わせ場所を決めてそこで千冬と合流する。
場所は屋上。
わざわざ蒸し暑いこの季節に屋上に行くやつなんていないから、二人っきりになるには絶好の場所だ。
「斗真君……会いたかった」
「大袈裟だなあ。さっき会ったばっかなのに」
「ううん、授業中もずっと会いたかった。今、すごく幸せ」
まず、ぎゅっと俺に抱きついてきてから。
求めるように千冬は唇を向けてくる。
「ん、んん……」
そのままキスをして。
ようやく千冬が落ち着いたので昼食となる。
「はい、お弁当。今日は唐揚げ」
「おいしそう。全部食べていいの?」
「うん。私は斗真君がいるからお腹いっぱい」
にこっと。
笑う彼女にちょっと見蕩れてしまうと、「赤くなった斗真君もかわいい」と言って。
結局またキスをして、弁当を食べ始めたのは随分後になってから。
こんなに幸せでいいのかとか。
あまりにいいことが重なりすぎて急降下、なんてことがあるんじゃないかとか。
そんな不安が、幸せを感じるほど大きくなる。
もたれかかったフェンス越しに見える街並みや青い空を見ていると、随分高いところにいるなあって、そんな気分になる。
「うん、おいしい。唐揚げ、ほんとにうまい」
「よかった。ねえ、円佳と何食べにいく?」
「うーん、お金もあんまりないしファミレスとかでいいかなって」
「私、まだ斗真君と一緒にファミレス行ったことない。斗真君の初めてが円佳はヤダ」
「い、一緒にいくからいいんじゃない?」
「ううん、初めては全部二人っきりがいい。ダメ?」
「ダ、ダメなことはないよ。じゃあ、前の休みに行った商店街の喫茶店とかは」
「ハンバーグ、食べちゃダメだよ?」
「う、うん。なんかパスタにでもするよ」
「まだパスタ作ってあげたことないから、それもダメ」
「え、それじゃ何食べたらいいかなあ」
「斗真君は、帰ってから私のご飯食べるの。いい?」
「う、うん」
それじゃ外食に出かける意味ないけど、とかツッコんだら負けだ。
千冬はとにかく、自分が作ったものだけを俺に食べてほしいらしい。
まあ、たまには外食もとか思ったりするけど、毎日俺の為に頑張って料理してくれる千冬にそんなわがままは言えないから。
「じゃあ、俺はコーヒーでも飲むよ」
「うん。じゃああの店で」
コーヒーはオッケーらしい。
こうやって、千冬がどこまでなら許せてどこからは嫌がるかってのを知るのも、長く付き合っていくには必要なことだろう。
そんな話をしていると、あっという間に昼休みは終わる。
「もう、時間だね……」
残念そうにつぶやく千冬がまた動かなくなるかと心配したが、今回はなんとか立ち上がってくれた。
そして一緒に屋上から出て、教室まで彼女を見送ると、
「お、後輩君ご苦労さん。千冬、頑張ったね」
「うん、嫌われないように頑張るの」
「えらいえらい」
円佳さんが出てきて、千冬の頭をなでなでしていた。
それで落ち着いたのか、遠慮気味に手を振る千冬は、円佳さんに連れられて教室へ。
やっぱり、俺が千冬と付き合っていくうえで円佳さんの存在は外せない。
そう確信しながら、俺も教室へ戻った。
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