第25話 彼と彼以外の人


 午後の授業中。

 私は、さっき斗真君に口づけをした感触だけをよりどころにして、この時間を耐える。

 先生が一生けん命話してくれているのに、耐えるというのは失礼なことだってわかってるけど。


 でも、耐えるしかない。

 あと何分か経って、チャイムが鳴ったら放課後。

 その時をじっと待つ。


 ……授業中なのに、もううずうずしてきちゃった。


『キーンコーン』


 やがてチャイムが鳴る。

 よかった、まだ着替えなくて済む……斗真君に会える。


 私は円佳に視線を送ると、呆れた様子で手を振られた。

 今日はこのまま彼のところに行っていいんだ。

 ううん、もし止めたら円佳だって私は……。


「あの、茅森さん」


 もうこのまま飛んでいきたいと慌てて席を立つ私を、誰かが呼び止める。

 振り返ると、クラスメイトの男子だった。

 誰、だろう? 名前、知らない。


「……すみません用事があるので」

「あ、あの! 俺とこの後遊びに行かない?」

「行きませんさようなら」

「ま、待って」


 早く彼に会いに行きたいのに、なぜかこの人は私の邪魔をする。

 どうして? 


「どうして、邪魔するの……」

「千冬! こっち来て」

「あ、円佳」


 私の前に立ちはだかるクラスメイトに絶望していると、円佳が私の手を引いてつれだしてくれた。


 そのまま教室の外へ出ると、円佳は一旦私を置いて教室へ。

 また、すぐに戻ってきてくれた。


「はあ……あいつにはちゃんと説明しといたからもう大丈夫よ」

「……大丈夫?」

「うん、だから持ってるシャーペンを渡しなさい」

「……あれ、なんでこんなもの持ってるの?」

「あんた、今にも人を殺しそうな目してたわよ。ほんと、後輩君にそんな姿見られたら……ううん、いいから早く行きなさい」

「うん。斗真君に会いに行く。ありがと、円佳」


 シャーペンを手放して、私は軽い足取りで斗真君の元へ。

 斗真君……斗真君……もうすぐ会える。

 朝までずっと、一緒。



「やれやれ、ひどい一日だった」


 放課後になってすぐ、荷物をまとめながら独り言ちる。

 なんだかんだとみんなにいじり倒されてへとへとだ。

 

 でも、この後は先輩と……。


「斗真君」


 楽しみな午後の時間を想像していると先輩の声が届く。

 教室の入り口に立つ先輩は、しかし少し悲しそうな顔をしている。

 心配で、すぐに駆け寄る。


「迎え、きてくれたんですね。でも、なにかありました?」

「……変な人に声かけられて怖かったの」

「え、変な人? 学校に変質者でも出たんですか?」

「うん。気持ち悪かった。だから早く帰ろ?」

「は、はい」


 校内に変な人って、もっと大騒ぎになってもよさそうなものだけど。

 しつこい男でもいたのかな? でも、先輩の様子からして、かなり嫌だったのだろう。


「もう大丈夫です、俺がいますから」

「斗真君……きゅん……」


 先輩はお腹のあたりをさすりながら、顔を真っ赤にして。

 階段を降りる途中、何度か足元をふらつかせる彼女の手を自然と握って。


 校庭を歩くときには、恋人繋ぎになっていて。

 下校中の生徒や部活をしている連中にまでジロジロとみられていたが、誰も声をかけてくることはなく。


 ゆっくりと、二人で学校を出た。


「ふう、人がいなくなりましたね」

「……会いたかった、斗真君」

「俺もですよ。迎えにきてくれてありがとうございます」

「ううん、私ができること、それくらいだから」


 先輩はいつも謙虚だ。

 料理もうまくて美人で頭もいいのに、どこか自信なさげでもある。

 ちょっとネガティブなのかな。

 でも、そういうところを支えるのが男の仕事だよな。


「先輩、この後はどうします? どこか寄り道でも」

「じゃあ、どこか遊びに行きたい。放課後デートって言うんだよね、こういうの」

「そ、そうですね。うん、それじゃ駅の方へ行ってみましょう」

「うん」


 先輩は俺といる時、いつも顔を赤くして笑っている。

 そんな彼女の顔をもっと見たいと、少し覗き込むようにして先輩を見ると、


「斗真君……」


 そのままキスをされる。

 そして一度、路上で足を止める。


 人に見られているかどうかなんて、関係なく。

 周りの世界が何も見えなくなるくらい、じっくりと。

 彼女とキスをする。

 少し背伸びをして、俺の肩につかまっていた彼女はゆっくり離れると、糸を引いた口元を拭いながら、「幸せ」と呟いて、また俺の手を握って。


 もう、幸せが一気に押し寄せすぎて怖くなるレベルだ。

 頭がおかしくなるくらいの多幸感。

 先輩の甘い香り、甘い味、甘い言葉。

 全部が俺の五感を侵食する。


「……先輩、ゲームセンターとかって行ったことあります?」

「ううん、ないかも」

「俺、先輩とそういうとこで遊んでみたいんですけど、どうかなって」

「うん。斗真君とならどこでも嬉しい」


 先輩は人混みが嫌いだから、断られるかと思ったけどどうやら大丈夫なようだ。

 早く帰ってエッチなことがしたい、という自分も見え隠れしているが、でも、やっぱり先輩ともっと色んなことをしてみたい。

 

 いろんなことを、してあげたい。


 なんか、先輩の好きそうなものがあればいいな。


 

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