第24話 気持ちはお弁当箱の中に
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昼休みになった途端、友人数人が俺のところににやにやしながらやってくる。
「おーい相楽、お前その弁当どうしたんだー?」
「あれー、朝はそんなのもってなかったよなあ?」
みんな白々しく訊いてくる。
俺が先輩と出て行ったあと、大きな弁当箱を持って帰ってきたところを見てるくせに。
「……いいだろ別に」
「いいわけあるかー! お前ばっかりいい思いしやがってー」
「わー、ごめんって」
首を掴まれたり、頭をがりがりされたりしながらいじられる。
そして、当然ながら先輩とのことについてしつこく質問を受ける羽目に。
「で、茅森先輩とはどうなんだよ」
「ど、どうって別に……あれ以来仲良くさせてはもらってる、けど」
「それだけか?」
「……まあ」
とても、昨日先輩と一緒に寝てあんなことやこんなことをしたなんて言える空気ではなかった。
みんな顔が怖いって。
「ま、それならいいけど。で、弁当見せろよ」
「いや、別に料理は普通じゃないのか? 何食べてもおいしいし」
「料理まで作ってもらってんのか?」
「あ、いや……まあ、お礼でってことで」
「ふーん」
あんまりこの手の話になれていないので、ボロが出そうだからさっさと解散してほしかったが。
俺の弁当の中身を見るまでは梃子でも動きそうにない友人たちの圧に負けて、ゆっくり布をとる。
「……でかいな」
大きめの弁当箱は、漆塗りの一段だけのもの。
ゆっくり、黒光りする蓋を開けるとそこには。
「……え?」
字だ。
字が、書いてある。
もちろん、そこにメモ用紙でも挟んでいるわけではなく、いっぱいに敷き詰められた白米の上に、海苔で字が書いてあるのだ。
『さがらくん だいすき』
はっきり、そう書かれている。
それを見て、もう何の言い訳もできなくなる。
「おい相楽さん、これは一体どういうことなんでしょうねえ」
「ち、ちがうんだ。ちょっと俺の話を聞いて」
「きくかー! この幸せ野郎を捉えろー!」
「わーっ!」
もみくちゃにされて、クラス中の男子からいじられた。
あの茅森先輩にここまで言わせるなんて、一体何をしたんだとか。
付き合ったのにコソコソして、陰から俺たちを笑ってやがったなとか。
先輩の下着、盗んできてくれとか。
まあ色々言われた。
そして、昼休みの後半になってようやく。
俺は飯にありつくこととなった。
♥
「……円佳、もう会いにいっていい?」
「それ、一分おきに訊くのやめて。パン食べるのくらい付き合ってよね」
お昼休み。
円佳といつものようにご飯を食べている。
いつものことだ。
あまり他人と深い関係になりたがらず、昼食を囲む友人もいない私のところにいつもやってきて話をしてくれる円佳との時間。
大切な時間。
でも、今はちょっと煩わしく思ってしまって。
いけないこと、なのに。
「……早く会いに行きたい」
「はいはい、わかったわかった。でも、ほんとに今度一回後輩君に会わせてくれない? 一応、彼の反応見たいし」
「うん、いつか紹介するね」
「いつになるのよそれ」
でも、やっぱり楽しい。
円佳は私の落ち着かない心を和らげてくれる。
見捨てられないようにしなきゃ。
「じゃあ、行ってくる」
「はいはい、御達者で。ちゃんと昼休み終わるまでに帰りなさいよ」
「相楽君と一緒に早退するってこと? それ、いいかも」
「教室に帰ってこいってことよバカ」
♠
「相楽君」
あまり時間がないと、慌てて先輩の作ってくれたお弁当を食べていると。
先輩が教室にやってきた。
「おい、お迎えだぞ」
羨ましそうに友人たちが俺に伝える。
そして散る。
呆れたように。
俺は一度箸をおいて、慌てて先輩のところへ向かう。
「ど、どうしました?」
「相楽君、お弁当食べてくれてる?」
「も、もちろん。ちょっとバタバタしてて今食べてるとこですが」
「そっか。メッセージ、読んでくれた?」
「は、はい。あれ、時間かかりませんでした?」
「相楽君の為になら、時間なんていくらでも使えちゃうから……」
先輩は言いながら照れる。
その様子を見て、クラスの連中が冷ややかな目で俺を見てくるのがわかった。
「……先輩、ちょっと人の少ないとこ行きません?」
「うん、いいけど」
「ちょっと待っててください」
急いで弁当を持って、先輩のところへ。
そしてそのまま教室を出て、廊下の奥にある非常階段の入り口まで向かう。
この辺りなら教室もなく、人があまり通らない。
「……ふう、静かになった」
「相楽君、お弁当は全部食べてくれた?」
「いえ、まだこれから。ここでいただいてもいいですか?」
「うん、残さず食べてね」
壁にもたれるように座ると、隣に先輩もゆっくり腰掛ける。
弁当箱をあけると、さっきの海苔で書かれたメッセージが少し散っていた。
「いただきます。うん、美味しいです」
「相楽君、メッセージ迷惑だった?」
「そ、そんな。びっくりしましたけど、うれしかったですよ」
「優しい……ねえ相楽君。名前で呼んでもいい?」
「え、だ、大丈夫ですけど」
「……斗真君」
俺のことを名前で呼ぶと、先輩は箸を持つ俺の右手を掴んでから、「私も、甘いよ?」と言って唇を向けてくる。
唐揚げや卵焼きで口の周りをべとべとにしていたので、そのままキスをすることに俺は躊躇する。
ただ、そんな俺を先輩は待ってくれない。
「ん」
また、先輩の方からキスされる。
少しねっとりと、でも、唇の味を確かめるようなキス。
少し唇は冷たかった。
「んん……ん」
「……せ、先輩」
「相楽君の唇、美味しい」
ペロッと舌で口の周りを舐める先輩は、少し目に涙を浮かべていた。
何かあったのかと心配したが、「嬉しくて涙が出ちゃうの」と言って、またキスをされる。
昼休みは先輩との時間に包まれてあっという間。
チャイムが鳴ると、先輩はとても辛そうに、それはもう辛そうに、まるで死地へ向かうかのような絶望した様子で教室へ戻っていった。
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