第23話 止まらなくなる


「ほほう、教室まで見送りに来させるとは。しっかり病んでるねえ千冬は」

「うん。円佳、昨日私、相楽君になったの」

「なにその入れ替わりラブコメみたいな展開は」

「ええと、相楽君と、一つになったの」

「あんたら合体できたっけ?」

「うん、合体……すごく気持ちよかったの」

「ほー、しっかりやることやったのね。ま、とりあえずおめでとさん」


 相楽君が見えなくなっていく寂しさを、すぐに円佳が紛らわせてくれる。

 辛そうに席に着く私に寄ってきた彼女はすぐに「なんかあった?」と声をかけてくれるので、好き。

 だから全部話しちゃう。


「あのね、何回も何回も好きっていってもらったの」

「ふんふん」

「でね、何回も何回もね、私の中に彼がいっぱい。お腹もいっぱいになるの」

「……ほう」

「あとね、彼のあそこって少ししょっぱくてね」

「千冬そこまで。朝だから」

「……ヤダ、わたしったら」

「まあ、なんせ幸せなのね。でも、ちゃんとつけてしなさいよ。まだ学生なんだから」

「うん、わかった。円佳、優しいね」

「まあ、千冬とは付き合いながいから。なんでもいいなって」

「ありがと。じゃあ、今日ゴムを買ってきてくれる?」

「お断りします」



「おい相楽、何ボーっとしてんだよ」

「ん、いやすまん。疲れてて」

「お前部活もしてないくせになんでだよ」

「まあ、色々あるんだよ俺にも」


 教室に戻ってからも、昨日のことがずっと頭から離れない。

 窓の外を見ながら呆けてばかり。

 友人たちも、そんな俺をからかいにやってくるけど大した反応も見せられず。


 呆けたまま、先生の言葉も友人の問いかけも頭に入ってこない。

 気がつけば授業が終わっていて、休み時間。


 ただ、なにやら教室が騒がしい。

 いや、休み時間なんてそんなもんだけど、ちょっと異常な気配を感じて何事かと目を向けると。

 

 入り口に先輩の姿があった。


「あ、相楽君……」

「先輩? ど、どうしたんですか」


 慌てて先輩の方へ寄っていくと、先輩の顔がみるみるうちに赤くなる。


「相楽君……今日もかっこいい」

「あ、ありがとうございます。もしかしてそれを言いに?」

「会いにきたの。ダメだった?」

「い、いえ。嬉しいです」

「うん」


 俺も胸の高鳴りがひどくなっていく。

 先輩の顔を見るだけで呼吸が苦しくなる。

 このまま抱きしめたくなる。

 でも、教室の空気が一層騒がしくなったので、慌てて先輩をつれて廊下へ出て、先輩との話を続ける。


「す、すみません俺の方から会いにいけばよかったのに」

「ううん、私からがいい。全部、私がしてあげたい」

「先輩……」

「あのね、お弁当作ってきたんだけど、食べてくれない?」

「お弁当?」


 手には、大きな青い布に包まれた弁当箱が。

 それを俺に渡すと、「朝、渡すの忘れちゃって」と言いながらまた赤面する。


「……ありがとうございます。俺、めっちゃうれしいです」

「うん。あと、ほんとはね。お昼休み、一緒に食べたいんだけど円佳と用事があって」

「まど、か?」

「私の友達」

「そ、そうですか。うん。わかりました。ありがたくいただきますね」

「離れたくない……」

「先輩?」

「う、ううんなんでも。じゃあ、また後でね」


 先輩はゆっくり俺から離れていく。

 ゆっくりゆっくり、何度も何度も俺の方を振り返りながら。

 やがて角を曲がって先輩の姿は見えなくなった。



「よし、よくできました千冬」

「相楽君……会いたい、会いたい」

「我慢よ。あんた、そんな調子で大人になったらどうするつもりよ」


 私は相楽君にわざとお弁当を渡し忘れて、渡しにいったついでに何なら彼を連れ出して休み時間にイチャイチャしようと思っていたのだけど。

 円佳に止められた。

 昼休みも、ご飯を食べてから会いに行くように言われた。


「でも、相楽君がすぐそこにいるのに。会いに行ったらなんでダメなの?」

「まあその説明をする前に鉛筆を置いて。怖いから」

「……だって」

「何がだってよ。いい? 将来後輩君が仕事について、あんたを家に置いて働きに出てる間、どうするつもりよ」

「……職場まで会いに」

「そんなことしたら彼、クビにされるって。それに、先に私らが卒業するんだから学校で会えないくらい我慢できるようにならないと」

「留年したら、ダメ?」

「んー、ダメ」

「しゅん……」


 円佳の言っていることの意味はよくわかる。

 私の悪い病気を、治さないといけないことは理解してる。

 でも、治らないから悩んでるし、この病にはつける薬がない。


「ま、とはいっても一番楽しい時期だから誰だって燃え上がるけど。千冬は今の間にこそ我慢するってことを覚えておかないとね」

「うん、円佳ありがと」

「感謝してるわりに、どうして私にコンパスの針が向いてるのかな」

「だって……」

「だってじゃないわよ。ほんと、そういうとこ改めないと嫌われるわよ」

「や、やだ……相楽君に嫌われたくない……やだ、やだよ……」

「あーもう泣かないで。ごめんってー」


 昨日、私は彼に抱かれて。

 私の病気はひどくなる一方。

 彼への気持ちが大きくなって、大きくなりすぎて、私自身、その重みに潰されそうになる。

 嫌われたらって思うと勝手に涙があふれるし、もし今相楽君が誰か他の人と一緒に笑ってると思うと飛び降りたくなるし、彼に会えない日なんかあったらそれこそ私。


「……死んじゃう」

「千冬、落ち着いて。ね、すぐ彼に会えるから」

「うん……会いにいくの」

「はいはい、今日くらいいっか。でも、私の助言もちゃんと覚えときなさいよ」

「うん……円佳、やっぱり優しい。相楽君ほどじゃないけど」

「一言多いなおい」


 

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