第21話 熱はおさまりを見せることなく

「ん……おいしかった」


 カレーの最後の一口を、俺が先輩の口に入れる。

 最後まで美味しそうな表情を崩さずに食べ終えた先輩の口の周りは、カレーで少し茶色くなっていた。


「先輩、ごちそうさまでした。あと、口にカレーついてますよ」


 自分の口をティッシュで拭きながら、先輩にもティッシュを箱ごと渡す。

 すると、なぜか先輩はティッシュを受け取るのではなく、俺の方へ顔を近づけてくる。


「ど、どうしました?」

「……拭いてくれる?」

「え、ええと……でも、それだと先輩の口に」

「口で拭いてくれてもいいよ?」

「そ、それは」

「相楽君も、ほっぺにカレーついてる」

「え?」


 自分の口元に意識が向いたその時、先輩の顔がグッと近づいて。

 俺の頬をを彼女はペロッと舐める。


「せ、先輩!?」

「……おいしい。相楽君、綺麗になったよ」

「い、いや、どうも……」

「私も、拭いてくれる?」

「……」


 もう、何が何だかわからなくなる。

 先輩に顔を舐められて、意識も判断力もないに等しい俺は無意識にティッシュをとって先輩の口の周りを拭いて。


 綺麗にぬぐったあと、汚れたティッシュを捨てるためにゴミ箱を探していると先輩が。


「相楽君、ありがと」


 耳元でそう囁いて。

 俺は体がビクッと反応する。


「せ、先輩……」

「相楽君、まだ明るいね」

「そ、そうですね」

「でも、少し眠いって言ったら怒る?」

「えと、それは別に……」

「じゃあ、一緒に寝てくれる?」


 固まる俺をよそに、先輩はそのままベッドへ。

 そして横になると、「きて」と。

 消えそうな声で囁く。


「先輩……」

「嫌?」

「い、いえ。失礼、します」


 ゆっくり、先輩の横へ行く。

 そして向かい合うと、先輩はそっと布団をかけてから。

 俺の両頬を、冷たい手で冷やすように触る。

 

「相楽君、かっこいい……」

「せ、先輩こそ……綺麗です」

「年上、嫌じゃない?」

「……先輩こそ、年下の男なんてガキに見えませんか?」

「んーん、かっこいい。相楽君なら、何歳でもカッコいい……」


 そっと、先輩は目を閉じて。

 俺も自然と目を閉じると、つい何時間か前に味わった、柔らかい感触が。

 そして、俺の口の中に甘い香りを運んでくる。

 そのまま舌が絡む。

 気づくと、勝手に手が先輩の胸へ伸びて。


 触ったことのない柔らかい弾力が震える俺の指を押し返す。


「あ、あ……ん」


 その時、先輩が甲高く声を出す。

 慌てて、手を離そうとするが俺の手首を先輩が掴んで。


「いいよ、そのまま……」


 唇を当てたまま、俺の口の中に息を吐くように。

 そのまま、俺は先輩の細い腰に手を回して。


 探るようにその手は下に伸びていき。


「先輩……」

「抱いて、相楽君……」


 先輩に溶けていく。

 先輩と溶けていく。

 


「……ん」

 

 どうやら、随分と眠っていたようだ。

 目が覚めた時には、部屋は真っ暗で。

 でも、何も見えないの部屋で俺の目にしっかりと焼きついた光景がはっきりと浮かぶ。


 動くたびに喘ぐ先輩の姿。

 触るたびに響く先輩の声。

 

 夢、ではない。

 この手でたしかに先輩を、抱いた。

 俺のはじめては、先輩に捧げた。


「……相楽、君」

 

 どうやら、先輩との初体験が終わったあと、彼女も疲れて眠っていたようだ。

 隣から先輩の寝言が聞こえる。

 どっちが先に寝たかも覚えていない。

 興奮とそのあとの虚脱感で気絶するように眠りについた俺だけど、あの時の快感だけははっきり覚えていて。

 思い出すと、体が熱を帯びる。 

 もう一度、あの快感に溺れたいと。

 隣を見る。


「相楽君……」

 

 暗闇に目が慣れてきて、うっすらと先輩の顔が見える。

 とても気持ちよさそうに眠っている。

 時々、俺の名前を呟きながら。


「起こしたら、悪いよな」


 我慢するように、言い聞かせるように呟いてから。

 俺はもう一度横になる。

 そして、先輩の手をそっと握ってから。


 幸せを噛み締めるように目を閉じた。



「……んん」


 うっすらと窓からさす日差しを瞼の向こうに感じて、目が覚めた。


 何も服を着ていない。

 隣で気持ちよさそうに眠る相楽君も、何も着ていない。


 私、やっと彼と繋がれたんだ。

 覚えてるけど、嬉しすぎてまるで夢の中の出来事だったかのように思える。


 でも、夢じゃない。

 しっかりと、彼に抱かれた。 

 抱いてくれた。

 最中に何度も、好きと言ってくれた。

 何度も何度も、私を求めてくれた。


 幸せ……もう死んでもいいくらいに幸せ。

 思い出すと、また濡れてくる。

 彼が欲しくて、体が熱くなる。


 でも、


「先輩……先輩……」


 時々私のことを呼ぶように寝言を漏らす彼の寝顔があまりに可愛くて。 

 裸のまま、彼の肌に体を当てるとその体温で溶けてしまいそうになるほど幸せで。


 もう、ずっとこうしていたい。

 今日は学校なのに、行きたくない。

 おうちにも、帰りたくない。

 もちろん、そんなことはダメだけど。

 相楽君と一緒に、ダメになりたい。


 抱いてくれたら、私の気持ちは少し満足して落ち着くかもって思っていたけど。

 違うみたい。

 むしろ、その熱は増すばかり。


 彼がいないともう生きていけない。

 

 絶対に彼を離さない。

 絶対に彼から離れない。

 

 ずっと一緒。 

 ずっと、ずっと、ずっと、ずうっと。

 死ぬまで一緒。

 死んでも一緒。


 ふふっ、えへへっ。

 相楽君に好きって言われちゃった。

 相楽君に触ってもらっちゃった。

 相楽君に抱いてもらっちゃった。


「大好き……」


 寝ている彼に口づけをして。

 私は彼の為に朝ごはんを作ろうと、布団から出る。


 うんと精のつくものにしないとね。

 毎日、いっぱいしてもらわないといけないからね。


 朝からにんにくたっぷりなもの、作ろうかな。

 

 

 

 


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