第17話 いやらしい女は嫌い?
先輩が手を洗いにいったわずかな間に、さっさとシュークリームを片付ける。
もう、それどころではないというのが正直なところ。
先輩が、俺の部屋に泊まる。
一緒に一晩を過ごす。
これが何を意味するのか、高校生にもなればしっかり理解できているつもりだ。
少なくとも、先輩は俺のことを嫌ってはいない。
手を繋いだり、触ったりすることに抵抗はない。
そんな人と一緒に朝までいて、間違いが起こらないと思う方が不自然だ。
「お待たせ」
すぐに先輩が戻ってくると、俺の心臓は激しく脈打つ。
下半身に、血が集まる。
ヤバい、もう我慢が限界に近い。
「……」
「どうしたの? やっぱり、迷惑だった?」
「そ、そうじゃありませんよ……ええと、先輩と一緒だから、緊張してて」
「そっか。相楽君も、お風呂入ってくる?」
「あ、そう、ですね。俺、風呂に入ってきます」
「うん、待ってる」
そういや、昨日は風呂に入るのも忘れて寝落ちしてたっけ。
さすがに二日も風呂に入ってないなんて汚いどころじゃない。
一度風呂に入って気を落ち着けよう。
風呂場に行き、俺は急いで湯を溜める。
その間、流れるお湯を見ながら気分を紛らすつもりだったが。
さっき先輩が入った時に抜けたであろう長い髪の毛が排水溝に絡まっているのを見て、また変な想像をしてしまう。
ここで先輩は裸だったんだ。
で、今は俺のジャージを着て部屋にいるんだ。
ああくそっ、妄想が止まらない。
今すぐ部屋に引き返してとびかかってしまいそうだ。
高鳴る心臓を必死でおさえながら、早く湯が溜まってくれと祈るように浴槽を見つめて。
やがて、半分くらいお湯が溜まったところで俺は急いで服を脱いで、そのまま湯舟に飛び込む。
「……ふう」
そこでようやく、落ち着いた。
もちろん体の一部分は全くおさまりを見せずにカチカチなんだけどとにかく気分は落ち着いた。
ただ、この後一体どうなってしまうのだろう。
やっぱり一緒に寝ることになって、そのままって展開があり得るのだろうか。
……俺はまだ、自信がない。
先輩が俺のことを恩人以上に思ってくれてるのかそれとも違うのか。
俺が先輩に手を出して、彼女が怖がったりしないだろうか。
色々、考えても何の経験もない俺にはわからないことだらけで。
やがて肩口までお湯が来ると、首まで温めながら天井を見上げる。
ちゃんと、先輩に好きだって伝えた方がいいのかな。
でも、勘違いだったらどうしようって不安は、やっぱり消えない。
恋愛経験がないってのは、辛いなあ……。
♥
相楽君、お風呂に入ってる。
……今、お風呂にいったら相楽君は生まれたままの姿、なんだ。
行ってみたい、覗いてみたい、背中も流してあげたい。
いきなりそんなことしたら、やっぱり変な女だと思われちゃうのかな。
でも、衝動が抑えられない。
それに、一人で部屋にいるの、寂しい。
相楽君を待ってるの、辛い。
彼がいないの、耐えられない。
お風呂場の中じゃなくても、外から話しかけるくらいなら、いいかな。
気持ちを抑えられず、足は風呂場へ向かう。
脱衣所には、彼の抜け殻が無造作に放置されていて。
すりガラスの扉から、相楽君のシルエットが少し覗く。
「相楽君」
「は、はい? え、何かありました?」
呼ぶと、わかりやすく動揺している。
そんなにびっくりしなくていいのに。
やっぱり入ったりしたら、ダメかな。
「ううん。服、洗濯機に入れておくね」
「え、そ、そんなの自分でやりますから」
「いいの、泊めてもらうんだしそれくらい、させて?」
「わ、わかりました……お願いします」
ほんとは、彼が一日中着ていた服の匂いにちょっと興味があったから。
服を拾って、抱きしめて、顔にこすりつけて。
彼の匂いが濃い。
このまま、彼の抜け殻に溺れたい。
でも、こんなとこ見られたらいやらしい女だって思われちゃう。
嫌われちゃう。
やだ……嫌われたくない。
仕方なく、彼の服を洗濯機の中へ。
そして一度部屋へ戻る。
また、一人の時間。
静かで、少し狭い部屋の中で待っていると、押しつぶされそうになって。
もう一度、お風呂場の前に行ってしまう。
今度は、シャワーを浴びてるみたい。
綺麗に洗ってくれてるのかな。
洗わなくてもいいのに。
そのままの相楽君でいいのに。
でも、ちゃんとしてくれてる相楽君も……好き。
「相楽君」
私が呼ぶと、シャワーがキュッと止まる。
「は、はい? どうしました?」
「んーん、まだかなって」
「か、体洗ったら出ますよ。すみません、退屈でしたよね」
「うん……早く……んーん、ゆっくりあったまって」
わがままな女は嫌われちゃう。
彼に尽くす女になりたい。
なのに、自分の欲求ばかりが溢れ出てしまう。
いけない子だ。
我慢……しないとなのに。
「……相楽君」
また部屋に戻って。
少し湿った下着の中に手を入れる。
彼の声を聞いただけでこんなになっちゃうような女を、彼は本当に愛してくれるのだろうか。
今日、このあと彼を誘惑して。
幻滅されないだろうか。
不安ばかりが心を包む。
♠
「あ、あがりました」
先輩が何度か風呂場に呼びにきたこともあって、慌てて体を洗って風呂を出た。
俺の服は先輩が洗濯に出してくれていて、ガタガタと揺れる洗濯機の中で俺の服は踊っていた。
先輩はというと、俺の部屋のベッドに座ってじっとテレビを見ていて。
俺に気づくと、「さっぱりした?」と、可愛らしい笑顔を向けてくる。
「はい、やっぱりお風呂はいいですね」
「そうだね。ねえ、この後、何する?」
「そ、そうですね。ゲーム、とかはやります?」
「あまり得意じゃない、かな」
「そ、そうですか」
「こっち、きて」
隣をトントンと手で叩いて俺を招く。
俺は従うように彼女の横へ腰掛ける。
すると、先輩は俺の方を見ることもなく、小さな声で呟く。
「相楽君……いい香り」
「そ、そうですか? まあ、洗ったばっかだし」
「相楽君、やっぱり急に泊まるなんて迷惑じゃなかった?」
「ぜ、全然! 先輩が一人だと不安だって言うなら、俺は……」
俺は、どこまでも付き合いますよ。
そう言いかけて、喉が詰まる。
口がカラカラになる。
あと一言が、出てこない。
「……もう、寝よっか」
「そ、そうですね。今日は朝も早かったし、疲れましたから」
「もう、元気ない?」
「ま、まだ大丈夫ですけど。先輩こそ、疲れたでしょ?」
「……電気、消して」
先輩はそのままベッドに入る。
俺はそれを見て、部屋の明かりを消す。
部屋が真っ暗になると、ベッドの方から「暗いの、落ち着く」と先輩の声がして。
「寝よ?」
と、先輩は可愛らしく言った。
「は、はい。それじゃ俺は、床で」
「ダメ。そんなのダメ。こっち、きて」
「で、でも……」
「私がいると、邪魔?」
「……失礼します」
まだ暗闇に目が慣れていないせいで、先輩の姿はよく見えない。
でも、布団に入ると隣にぬくもりを感じて、そこに先輩がいることを彼女の体温が知らせてくれる。
「……相楽君、いる?」
「え、ええ。先輩、狭くない、ですか?」
「うん……狭い方が、いい」
「せ、先輩?」
敢えて背を向けるように寝た俺の背中に、柔らかいものが当たる。
そして、俺の手に彼女の冷たい手が当たると、その指を絡めてくる。
「……相楽君と、一緒の布団だ」
「先輩、これ以上は……」
「これ以上は?」
「……」
振り向けば、俺のジャージを着た先輩が隣にいる。
そして今、先輩と同じ布団の中で体を密着させている。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
多分振り向いたら俺はそのまま先輩を……。
「……」
「相楽君の、匂いがいっぱい……」
「……」
「相楽君、もっと、抱きついても、いい?」
「……それは」
「こんないやらしい女、嫌い?」
「そ、そんなこと……」
先輩が喋るたびに吐息が耳元にあたる。
そして彼女は更に体を密着させて。
俺の手を強く握る。
もう、限界だ。
俺は、先輩の手を強く握り返す。
そして、数秒間を空けてから、決意する。
今から先輩を……。
「せ、先輩! 俺は……」
「……」
「先輩?」
「すう……」
間近にある先輩の顔は、とても綺麗だった。
そして、いつも俺を見て離さない大きな目は、閉じられていて。
眠っていた。
「……先輩」
その寝顔を見て、我に返る。
今日はきっと、あまり寝ていなかったのだろう。
だというのに、一日俺に付き合ってくれて料理もしてくれて。
そんな先輩を押し倒してやろうって考えてた自分が嫌になる。
その寝顔は、なんとも綺麗で無垢なものだった。
「……おやすみなさい、先輩」
俺は彼女の手を握ったまま。
もう一度彼女に背を向けてから目を閉じる。
こうやって、先輩と同じ布団で寝ているだけで幸せだって思える。
……ダメだ、好きだ。
俺、先輩のことが好きになっちゃった。
彼女の胸で溺れてみたい。
彼女に甘やかされてみたい。
……ちゃんと、好きって伝えよう。
先輩に手を出すのはそれから。
どうか先輩が俺の気持ちを受け取ってくれますように。
そんなことを願いながら、やがてあたたかい布団の中で意識を失っていった。
♥
「……ん」
目が覚めた時、まだ部屋は真っ暗で。
でも、私の手は彼の大きな手に包まれていた。
抱き枕のように、相楽君がいた。
「……寝ちゃったんだ」
彼のぬくもりと彼の匂いと彼がいる安心感で緊張が解けたせいか。
今日は一睡もしなかったから、眠っちゃったみたい。
せっかく、彼と一緒のお布団に入れたのに。
私、どうして肝心な時に眠ったりしたんだろう。
「相楽君……ごめんなさい」
もう、体はすっかり彼を受け入れる準備ができていたというのに。
下着も、眠る前より湿ってる。
このまますぐにだって……。
「すう……先輩……」
でも、気持ちよさそうに眠る彼を起こすのは申し訳ないし。
無理やり起こして抱いてほしいなんて、それこそ淫乱だなんて思われちゃうかもだから。
……だけど。
「これくらいなら、いいよね?」
彼の手を、借りる。
そっと、私の下着の中に彼の手を連れていく。
「ん……相楽君の、手……」
ごめんなさい。
でも、触ってほしい。
背を向けた彼の手を片方、私の身体に触れさせて。
胸も、こうやって……。
「ん……気持ちいい……相楽君……大好き」
彼の手の感触を全身で感じながら、私は快感を覚える。
そんなことも知らず、気持ちよさそうに眠る彼は時々、「先輩」と寝言を呟く。
呼ばれる度に、私は興奮して。
しばらく彼の手を借りたまま。
最後は少し湿った彼の手を、その指を咥えて。
「明日は、ちゃんと抱いてね……」
その味に酔いながら、目を閉じた。
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