第13話 静かな場所に行きたい
「さっぱりしたね」
「……」
結局、俺があげた分は全て彼女が食べてしまった。
それはいいんだけど、俺がべとべとに舐めたソフトクリームを食べさせてしまった罪悪感と、俺も彼女が舐めたソフトクリームを彼女に言われるまま食べてしまい、その背徳感にも襲われて気まずかった。
やっぱり先輩は美人だから、男慣れしてるのだろうか。
でも、男の人が嫌いって言ってたし。
どういう心境なんだろう。
俺なんて、子供だから眼中にないのか。
それともからかって楽しんでいるのか。
いずれにしても気まずい。
今の事は一旦忘れて次の場所へ行こう。
「……次、どうします?」
「休憩、かな」
「そ、そうですね。まあ、ベンチは暑かったしどっか涼しい場所行きましょうか」
「涼しい場所……うん」
ちょっと嬉しそうだ。
先輩も外を出歩いて疲れてるんだろう。
しかし、何か涼しい場所はないかと探してみたが都合よく休める場所なんてなく。
どうしようかと迷っていると先輩が駅の裏の方へすうっと歩き出す。
「あ、どこかいい場所知ってます?」
「……ゆっくりできて、涼しい場所なら」
「そうですか。じゃあお任せします」
どうやら心当たりがあるようで、さっさと歩く先輩についていくことにした。
しかし駅裏は繁華街だ。
昼間にやってる店なんてあんまりないだろうし、それこそホテル街だからあんまり治安もよくないんだけどなあ。
「……」
黙ってついていくと、先輩はやがてホテル街の方へ迷い込む。
そして何かを探すようにキョロキョロしている。
「あの、この辺りはさすがに高校生が歩いてるとまずいんじゃ」
「……休憩、したい」
「うーん、どっかいいところないですかね」
「あるのに……」
「あ、ありましたよ」
「え?」
「カラオケ。あそこならゆっくりできません?」
「……」
先輩はちょっと嫌そうな顔をした。
カラオケは苦手なのだろうか。
「あの、別に歌う必要はありませんし。ちょっとゆっくりしたら他、行きましょう」
「……うん、わかった」
すごく渋々といった感じだけど、とりあえずついてきてくれることに。
まあ、少し涼んでる間に次の事を考えるか。
「いらっしゃいませ」
古い個人経営のカラオケ店。
繁華街の一角にあるためか、昼間はあまり人が入っていないようだ。
「じゃあ、とりあえず一時間お願いします」
すぐに部屋に案内してもらうと、そこは薄暗い狭い場所だった。
四人掛けくらいのソファが一つとテーブル、そして大きな画面があるだけの部屋は二人でもちょっと狭いと感じるくらい。
それにちょっと古い。
うーん、流行らないわけだ。
「先輩、何か飲みます?」
「……大丈夫」
「ええと、休んだら次はどこいきます?」
「……相楽君」
「え?」
「暗くて、狭いねここ」
「そ、そうです、ね。落ち着かない、ですか?」
「でも、いい場所」
画面の明かりに照らされる彼女は、少し表情を緩めてから。
そっと俺の肩にもたれかかると「こうしてていい?」と。
「え、あ、はい」
「相楽君の肩、落ち着く」
「そ、それはどうも。まあ、昔はスポーツしてたからゴツゴツしてますけど」
「ここ、涼しい。相楽君、いい匂い」
「せ、先輩?」
「……あ」
先輩はちょっと驚いたようにぴくっと体を震わせる。
そしてすぐに「ちょっと、トイレ行きたい」といってなぜか俺の手を引いて部屋から連れ出す。
トイレに一人で行けない人なのか?
うーん、その度についていくのもちょっと気まずいんだけど。
「ここで待ってて」
カラオケ店のトイレの前で、待たされる。
さすがに今回は女子トイレの中に入っていったので先輩の声も聞こえないし訊いてはいけない音を聞く心配もなかったけど。
先輩はあっという間に出てきた。
「ごめんね」
「え、は、早かったです、ね」
「えっち……」
「い、いえそういうつもりでは……」
「ここでも、できるかな」
「え、なにがです?」
「……ううん、なんでも」
そのまますぐ部屋に戻ったが、先輩はやっぱり歌を歌おうとしない。
しかしそわそわとして、時々「はあ」とため息をつく。
「やっぱり、でます?」
「どうして?」
「いや、落ち着かないのかなって」
「……落ち着かない。なんか、むずむずする」
「は、はあ」
むずむずとは変わった表現の仕方だ。
そわそわとかじゃなく、むずむず、ねえ。
うーん。
「相楽君……」
「は、はい」
「す……」
「え?」
「……ううん、ごめんなさい。洗濯物が心配だから、帰ろっか」
「え、ええ」
洗濯物が心配っていう意味はよくわからないけど。
疲れたのかな。
まあ、さっきからずっと顔が赤いし日に焼けてばてているのかもしれない。
結局何も歌うことなく部屋を出て、清算。
外に出ると、まだ日は高かった。
♥
「先輩、帰りにスーパー寄ります?」
「……うん」
人生で初めて、カラオケルームに入った。
でも、すごく暗くていい感じだった。
あそこなら、相楽君と二人で……ヤダ、デートの途中なのに何考えてるんだろ。
「……あ」
「先輩、危ない!」
ボーっとしてたら店を出たところの段差に躓いた。
慌てて手をつこうとしたところで、彼が私の身体を支えてくれて。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと足元がふらついだだけ」
「よかったあ。先輩が怪我とかしなくてほんとよかったです」
「きゅん……」
優しく微笑んでくれる。
身を挺して、私を守ってくれた。
それだけで、私はもう体中に電気が走って、ムズムズする。
さっき、彼の肩にもたれて彼の匂いを嗅いだだけで、ちょっと濡れちゃったし。
替えのぱんつ、持ってきておけばよかった。
今、穿いてないなんてバレたらヤダな。
いやらしい女だと思われちゃう。
「……いてっ」
「あ、血が。相楽君、大丈夫?」
「え、ええ別にこれくらい。舐めておけば大丈夫です」
私を庇った時に負傷したのだろう、彼の手の甲が出血していた。
私のせいで彼に怪我させちゃった。
私の為に、怪我までしてくれるんだ。
「……手、貸して」
「あ、絆創膏持ってます?」
「ううん、こうするの」
「っ!?」
「ぺろ、ぺろ」
「ちょ、ちょっと先輩」
「相楽君の、味……」
傷口を舐めてあげた。
ちょっと苦い味がした。
相楽君の味がする。
「せ、先輩汚いですから」
「ぴちゃっ……血、止まった?」
「え、ええ。多分もう、大丈夫だとは思います、けど」
「よかった。相楽君に、また助けられちゃった」
「そんな大げさですよ。それに、ええと、でも、うん」
彼は、さっき私が舐めた傷口を見て赤面する。
可愛い。すごく可愛い。でもかっこいい。恥じらう顔が、すごくいい。
私は、さっき彼の味を堪能した自分の舌を指でちょんと触ってみる。
まだ、かすかに残る苦みが思い出さされる。
彼の血を、飲んじゃった。
彼のDNAが、私の身体の中に入っちゃった。
……これで妊娠できないかなあ。
出来たらいいのにな。
彼の子供、身籠りたい。
うずうず、する。
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