第12話 君のが、ほしい
「おまたせしました、ランチセット二つになります」
ジュース一つで終始どぎまぎさせられて、もうおなかいっぱいだと思っていたらランチが来た。
ハンバーグのセット。
鉄板で焼ける音とソースが焦げる匂いが食欲をそそり、添えられてある煮込まれた人参もとても甘そうだ。
「へえ、美味しそうですね。さっそくいただきましょうか」
「うん、いただきます」
ナイフとフォークを手にもって、ぎこちなく切り分けながら一口サイズにした肉をパクリ。
口いっぱいに広がる肉汁がとても甘い。
ソースも、程よい酸味でちょっと独特な味だけど。
「うまいですね、これ。俺、好きかも」
「うん、おいしい」
「ですよね。俺、ここの味気に入りました。しばらく通ってもいいかなってくらいです」
「……ヤダ」
「え?」
「いじわる……」
「せ、せんぱい?」
「……」
さっきまで、とても綺麗な所作でナイフとフォークを使い分けて食べていた先輩は、イライラした様子でカチャカチャと音を立てながらハンバーグを切って、ブスリと乱暴にフォークで刺して食べてから。
俺を少し睨む。
そしてまた、ハンバーグを食べて口をとがらせる。
「あ、あの……あんまり美味しくなかったですか?」
「……今日の晩御飯、ハンバーグ作る」
「え、今食べてますけど?」
「私のは、食べたくない?」
「そ、そういうわけじゃありませんけど」
「けど?」
「……いえ、食べてみたいです」
「うん」
むすっとした表情がちょっとだけ和らぐ。
もしかして、この店の味に対抗心を抱いてるのかな。
でも、つまり今日も先輩が俺にご飯を作ってくれるってことだからそれはそれでいいか。
「ごちそうさまでした」
「うん。相楽君、グラスとって」
「?」
食べ終えると、先輩はジュースにさしていたストローを二本とも回収し始め、ハンカチに包んでカバンにしまった。
「え、なにしてるんですか?」
「だって、男の店員さんが舐めたら嫌だから」
「そ、そんなことしないと思いますけど」
「信用できないもの、男なんて」
サッと席を立ちあがると、先輩はそのままトイレに向かおうとする。
で、なぜか引き返してくる。
「相楽君、来て」
「え、お手洗いならあっちで合ってますよ?」
「……来てくれないと、嫌」
「は、はい」
なぜかトイレについていくことに。
そのまま二人で席を離れてお手洗いと書いた場所の奥に行くと、男子トイレと女子トイレの間にある多目的トイレに先輩が入っていき、
「ここにいて」
と言い残して扉を閉める。
なんで? と思っているとすぐに中から声がする。
「相楽君、いる?」
「は、はい。いますよ」
「うん、よかった」
寂しがり屋さんなのか、怖がりなのか。
しかし気まずい。
中の音を聞くわけにもいかないし、他のお客さんも何をしてるんだろうって目で俺を見てくるし。
落ち着かない様子で足を揺らしていると、ガラガラと扉が開いて先輩が出てきた。
「……ちゃんといてくれた?」
「え、ええ。トイレ、怖いんですか?」
「いなくなるの、怖い」
「いなくなる? あはは、先輩を置いてどっかにいったりなんかしませんよ」
「ほんと……?」
「はい。とりあえず出ましょうか」
連れだってトイレから出てくる姿を、店員の人も不思議そうに見ていたのでやっぱり気まずかったけど。
先輩は俺がお金を払う時もずっと、レジの若い店員さんをジロジロ見ていて、なんとなくさっさと出た方がいい気がして、お金を置いて逃げるように店を出た。
「おいしかったですね」
「……うん」
「お腹いっぱいになりました?」
「……うーん」
店を出て商店街を歩きながら、先輩はしきりにお腹をさすって難しい顔をしている。
まだお腹が空いているのだろうか。
デザートを所望しているってことか?
「先輩、それじゃソフトクリームでも食べます?」
「おいしいところ、あるの?」
「なんかこの前友達に訊いたんですけど、駅前のところがおいしいらしくて」
「お友達は、女の子?」
「い、いえ。男ですけど」
「そっか。うん、行ってみる」
人混みを抜けて、商店街を出ると駅の前に行列ができていた。
移動販売車の前には『名物バニラソフト』と大きく看板が掲げられていて、それ目当ての客が並んでいるようだ。
「あれですね。すごい人だなあ」
「でも、おいしいんだねきっと」
「並ぶの、平気ですか?」
「大丈夫。でも」
そっと、俺の袖をつまんでから先輩は俺から傘をとって、それを開く。
「傘、一緒に入ろ」
「は、はい」
日傘をさして列に並ぶというのは、かなり目立つ行為だ。
前の男性客も、ちょっと邪魔そうに見てくる。
でも、振り返るとびっくりするような美人がそこにいたせいか何も言わず。
その後でチラチラとこっちを見てくるようになった。
「……やっぱり晴れの日に傘は目立ちますね」
「でも、ほら、こうしたら」
傘を少し前に倒すと、もちろん前が見えなくなる。
「隠れること、できるから」
「でもこれだと前が全然見えませんけどね。傘、持ちますよ」
「優しいね……」
「そんな。傘って結構重いですから」
「きゅん……」
「?」
並んでる間、先輩はずっと無言だった。
時々、何か言いたそうに俺を見てくるんだけど何も言わず。
唇に指を置いたり、おなかを触ったり体の前で手を組んでもじもじしたり。
いちいちの仕草が可愛くて仕方ない。
こんな人を連れて歩いてるなんて、夢みたいだ。
ちょっと男性不信なところも、彼女の清楚さを際立たせてるし。
純粋なんだなあ、彼女って。
隣に佇む美人な先輩を見てほっこりしてると、やがて俺たちに注文の順番が回ってくる。
「あ、ようやくですよ。先輩、何にします?」
「おすすめ、でいいよ。相楽君は?」
「んー、それならバニラとチョコ、一つずつにしましょうか」
早速注文をして、すぐにできたソフトクリームを二つ受け取ると傍にあったベンチに腰掛ける。
先輩も列で立ちっぱなしだから疲れていたのだろう。
ゆっくり座ると、「ふう」と一息。
「すみません、混んでるところに誘って」
「ううん、いいの。それよりこれ、美味しそうだね」
「ですね。どっちの味がいいですか?」
「……相楽君、チョコ食べて」
「わかりました。じゃあ」
添えてあった小さな木のスプーンですくいながら、チョコ味を一口。
今日はちょっと日差しが強く、口の中に広がる清涼感で体の熱が下がる。
「ふう、美味しいですね」
「ぺろ……うん、甘い」
両手でコーンを持って、遠慮気味に舌を出して彼女はバニラ味を一口。
でも、直接舐めちゃうんだ。
せっかくシェアできるようにスプーンくれてるんだけど……まあ、いっか。
「相楽君」
「は、はい」
「傘、さしてくれる?」
「え、暑かったですか?」
「うん。傘、さして」
「わかりました」
ベンチに座ったまま、黒い傘を広げると俺の片手が塞がってしまう。
もう片方の手で持つソフトクリームを食べるためのスプーンが使えない。
「ええと、これだと口付けるしかないんですけど」
「いいよ、そのままで。私も口つけちゃったし」
「わかりました。じゃあチョコは俺がいただきます」
チョコの方には興味がないようなので、こっちは俺が一人でいただくことに。
傘をさしたまま、溶けるソフトクリームが落ちないようにしながら舐めていると、すっかり丸みを帯びたバニラソフトを持った先輩が俺の方を見る。
「ねえ、相楽君」
「はい、なんですか?」
「交換、しよ?」
「え、今からですか? いや、それはさすがに……」
俺も先輩に分けるつもりもなく、結構自分勝手に舐めまわしてしまった。
そんなものを渡すのはいくらなんでも気が引ける。
「よかったら新しいの買ってきますよ?」
「ううん、いらない。それがいいの」
「で、でもこれは」
「私にはあげたくない?」
「そういうことじゃないんですけど」
「じゃあ、ちょうだい?」
「……はい」
渋々俺のチョコ味を渡すと、先輩は嬉しそうに頬を赤くしながらそれを躊躇なく舐める。
さっきより大胆に、舌でクリームを掬うように深く舐めながら。
「相楽君の、美味しい」
俺を見てそんなことを言ってくる彼女の仕草や表情があまりにもいやらしく感じてしまい。
俺は代わりに渡された彼女のバニラ味を手にもったまま、固まってしまった。
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