第11話 君の方が美味しそう
この辺りは海が近く、観光地としてもそれなりに有名らしく、休日になると多くの観光客がこの地を訪れるそうだ。
実際、駅前には午前中から多くの人が溢れている。
駅へ直結するように通った商店街には、多くの飲食店や土産売り場、それに駅の裏には繁華街やホテル街まであって。
ここにくれば大概のものはある、という感じで俺たちは店を見て回りながらどこで何をするかを決めることにした。
「多いですね、人」
「うん。はぐれそう」
「確かにそうですね。あんまり離れないでください」
「……ほんと?」
商店街の入り口で傘を閉じた先輩は、じりっと俺の方へ寄ってくる。
そして、俺がその傘を受け取ると大きな瞳で見上げるように俺を見て、物欲しそうに口をとがらせてくる。
「あ、あの?」
「離れたら、ダメなんだよね?」
「え、ええ。迷子になったら困るし」
「じゃあ……手、繋いでくれる?」
「え、そ、それは」
「人前じゃ、嫌?」
「……大丈夫ですよ」
俺が困った様子を見せると、彼女は心底切望したような顔をする。
なんでいけないの? と、声に出してはいないけどそう聞こえてくる。
だから恥ずかしいなんて、言ってもいられない。
手を差し出すと、彼女は遠慮気味に俺の指先をつまむように握る。
少し冷たい彼女の体温が俺に伝わってくる。
背中がそわっとする。
「あ、あの……人混みは嫌いですか?」
「苦手、かな。でも、相楽君がいるから平気」
「そ、それはよかった。まあ、男と一緒にいたらナンパしてくるようなやつもいないでしょうから」
「そうだね。でも、男なんて何するかわからない生き物だから」
そう言うと、彼女は店の前でタバコを吸いながらはしゃぐ男数人の方をジッと睨んでいた。
まあ、ああいう輩は男でも苦手だけど。
先輩、過去に男性トラブルとかでもあったのかな?
どうも先輩の男性不信は、事件以前からの根深いもののように感じるけど。
「……みんな……じゃえ」
「え? 先輩、なにかいいました?」
「あ、ううんなんでも。それより、どこいく?」
「ええと。先輩は欲しいものとかあります?」
「欲しい、もの……」
聞くと、先輩は足を止めてフリーズしてしまった。
「先輩?」
「……欲しいもの、なんでもいいの?」
「え、ええと。あんまりお金、ないですけど」
「……種」
「タネ?」
タネって、種のこと?
えーっと、この辺に花屋さんとかって……
「あ、先輩! あそこにちょうど植物売ってるお店ありますよ」
「もう……」
「あれ、違いました?」
「……ううん、種、くれる?」
「はい、それくらいならお安い御用です」
「きゅん……」
先輩はお腹の辺りをさすってから、指を咥える。
そのあと、何か呟いていたけど声が小さすぎて聞こえない。
そうだ、お腹空いてたんだった。
俺ってやつは、ほんと舞い上がってるなあ。
「じゃあ、買い物の前に何か食べましょう。んーと、確か途中に喫茶店とかありましたし」
「うん」
「それかハンバーガーとかもありますよ。食べたいもの、あります?」
「相楽君……」
「はい、なんですか?」
「相楽君……」
「は、はい。なんでしょうか?」
「もう……意地悪」
ちょっと口をヘの字にして、先輩が拗ねてしまった。
何が食べたいかくらい、男が決めろってことか?
うーん、女の人をエスコートするのって難しいな。
「じゃあ、そこの喫茶店で」
ここは男らしく、俺が彼女を引っ張ってやろうと。
店を決めてみたものの先輩はまだ拗ねていた。
ここじゃなかったのかな、なんて思いながらもまた聞き返して嫌な顔をされたら困るから、先輩の態度には目を瞑って店に入る。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい大学生っぽい店員が出迎えてくれて、席に案内される。
テーブル席がいくつかあるだけの狭い店だが、まだお昼前とあって空いている。
二人で向かい合わせに座ると、店員さんがすぐに「週末はドリンクサービスやってます」と声をかけてくれた。
「へえ、ラッキーですね。先輩は何飲みます?」
「相楽君の……」
「え?」
「あ、うん。相楽君にお任せするね」
「じゃあ、オレンジジュースを二つください」
この店は、席についてから調べて知ったんだけど結構人気のある場所らしい。
お昼時になると混雑して並ぶこともあるんだとか。
選んで正解だ。
今日はツいてるかもしれないぞ。
「おまたせしました。オレンジジュース二つです。ご注文はお決まりですか?」
すぐに店員さんが戻ってくると、先輩は女性店員の方をジーッと見つめていた。
知り合い、ってわけでもなさそうだけど何かあったのかな?
「あ、あの、なにか?」
店員さんも戸惑っている。
先輩はそれでも目を逸らさない。
そして、俺が声をかけると我に返ったようにあたふたとする。
「先輩?」
「あ、ごめんなさい……私は、ランチで」
「じゃあ俺も」
「かしこまりました」
店員さんが飲み物を置いてカウンターの奥へ向かう時も、先輩はやっぱりその人のことをずっと見ていた。
遠い目で。
そしてなぜか、まだ料理が届いていないのにその右手にはフォークが握られている。
「先輩、よほどお腹空いてるんですね」
「え、どうして?」
「だって、フォーク持っちゃってるし」
「あ、うん。ごめんなさい、癖で」
「あははっ、変な癖ですね。さて、飲み物でも飲みながら待ちましょう」
「うん」
ストローをさして、ジュースを飲む。
ただそれだけのことなのに、髪をかきあげてストローに口をつける先輩は色っぽい。
その姿に思わず見蕩れていると、そのままの姿勢で先輩が俺を見上げてくる。
「あ、すみません」
「ううん、いいの。相楽君なら」
「そ、それはどうも。おれも、いただきます」
今度は俺の方がジュースを飲んでいると視線を感じる。
見上げると、指を咥えた先輩が俺の方を見てボーッと。
見蕩れている?
いや、俺のどこに見蕩れる要素があるんだよ。
「あのー、なにか?」
「美味しそう……」
「え、同じオレンジジュースですよ?」
「ううん、美味しそう。飲んでいい?」
「俺のを、ですか?」
「うん、ダメ?」
「いや、まあ構いませんけど」
なんでオレンジジュース同士のトレードを?
もしかして先輩の分、薄かったのかな?
「じゃあ、交換。いただきます」
「あ、ちょっと」
俺と先輩のジュースをサッとすり替えると、先輩はそのままストローに口をつける。
間接キスなんか、この人みたいな美人はいちいち気にしないってこと、なんだろうか。
でも、
「……ん、んん、おいしい」
さっきまでとは打って変わって、俺の用意したオレンジジュースの味をかみしめるように飲む姿は色っぽいなんて言葉では片付けられない。
いやらしさ、艶めかしさで俺の脳を刺激する。
ちゅるっと音を立てると、少し糸を引きながらストローから口を離す。
「……おいしいね、相楽君のは」
「え、そ、そう、ですか? 先輩のは薄かったのかな?」
「どうかな。飲んでみて?」
「え、でもストローが」
「私が口つけた後じゃ、嫌?」
「……」
ごくりと、唾をのんでしまって。
戸惑う俺に心配そうな顔を向けてくる先輩を見ていると、やっぱり断るなんてできず。
恐る恐る先輩の使ったストローに口をつけると、ようやく先輩は顔をほころばせた。
オレンジジュースの味は、やっぱり俺のものと変わらなかった。
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