第6話 じっくりコトコト


「いやあ見せつけてくれるねえ相楽さん」


 放課後、また友人たちは懲りずに俺をいじってくる。

 まあ、さすがに皆の前で手を繋いで出て行ったのはまずかったと反省している。


「いや、ちょっと相談があったみたいなんだよ」

「へえ、相談ねえ。ま、お前があの茅森先輩と付き合ったりなんかしたら、学校中大騒ぎだろうな」

「さすがにないって」

「とか言いながら、お迎えだぞ」

「え?」


 また教室がざわつく。

 そして皆の視線の先には、入り口で遠慮気味に立つ茅森先輩の姿が。

 

「相楽君……」


 白い頬が赤く染まっていく。

 そして、うっとりした目でこっちを見ながら、ゆっくりとこっちへ歩いてくる。


「相楽君、一緒に帰ろ?」

「え、ええ。でも、わざわざ教室まで迎えに来なくても」

「迷惑?」

「い、いえそうじゃなくて。でも、申し訳なくて」

「私は全然大丈夫。それとも、私が来ると都合が悪い?」

「茅森、先輩?」


 急に、目を尖らせる。

 上目遣いで、しかし見上げるというよりは恨めしそうに睨む彼女は俺をじいっと見て離さない。


「い、いや……何も都合悪いことなんてありません、けど」

「けど?」

「あ、ありません。来てくれて、嬉しいです」

「そ」


 パアッと、彼女の表情が明るさを取り戻す。

 そしてもう一度頬を赤く染め直すと、にっこり笑ってから俺の手を引く。


「早く、行こ」

「あ、ちょっと」

「虫がたくさんいる」

「え?」

「恥ずかしいから、早く」

「……」


 虫?

 最近虫が多いけど、さっき飛んでたっけ?


 そんなことを考えながら先輩に手を引かれ、早足で学校を出るとすぐに先輩は足を止める。


「……もう、いないかな」

「あの、先輩?」

「ごめんなさい、私、やっぱり男の人が多い教室が苦手で」


 視線を落としたまま、俺の少し前に立つ先輩は呟く。

 やはり相当なまでに男が苦手なようだ。

 となれば、学校なんてこの人にとっては苦痛でしかないだろう。

 

「なら、わざわざ迎えに来なくてもいいんですよ?」

「でも、早く孕みたい……」

「はら、み?」

「は、ハラミ食べたい、かな。うん、お肉、買って帰ろっか」

「え、ええ。でも俺、あんまり待ち合わせが」

「私が出すから。いっぱい、精をつけないとね」


 そういえば誰かが言ってた。

 肉を食べれば人間は大抵元気になると。

 先輩はまだ、この前の事件のことを気にしてるようだしそれで元気になるなら、まあいいか。


「じゃあ、スーパー行きますか。ちょっと家を過ぎますけど、時間は大丈夫ですか?」

「うん。着替えはあるから」

「? 今日は雨降らないですよ」

「そうね。でも、濡れちゃったら困るから」

「はあ」


 まあ、ここ数日は予報にない雨に悩まされていたし、備えあれば憂いなしというから、着替えもあった方が安心ってことなのかな。


 そういや、俺の傘はどこにいったんだろう。



「お肉、いっぱい買っちゃったね」


 スーパーで買い物を済ませて、俺のアパートへ帰る。

 もちろん先輩と一緒に。

 こうしていると、なんか恋人と同棲でもしているような気分になる。

 まあ、気分だけだが。


「そういえば先輩のおうちって、何をされてるんですか?」

「うちは母が公務員をしてるの。父と離婚して、女手ひとつってやつかな」

「そ、そうなんですね」


 結構大きな家だと記憶してたから、てっきり裕福な家庭だと思い込んでたけど。

 ちょっと気まずいことを聞いてしまった。


「すみません、なんか変なこと聞いちゃって」

「いえ、隠すことじゃないし。それに、母は仕事や友達付き合いでいつも家にいないから、自由でいいわ」

「そんなもんですか。まあ、自由っていいですよね」


 俺の両親はともに健在だけど、こうして一人暮らしをしている今、自由のありがたさってやつは身に染みて感じている。

 門限もないし、夜中までゲームしてても文句を言う人はいないし、それに誰を家に呼んでも問題なし。

 自由最高。

 あとは夏休み辺りでバイトでもして、お金も貯めて。

 うん、期待は膨らむばかりだ。


「……自由なのが、いいの?」

「ええ、まあ。先輩も言ってたじゃないですか」

「……やだ」

「え?」

「いえ、ごめんなさい。あ、着いたよ」


 また、先輩との会話に夢中になっていると家の前にいた。

 先輩と話していると、どうも視野が狭くなる。

 それだけ先輩との時間が濃いってことだろうか。

 

「失礼します」


 昨日に続いて、先輩が俺の部屋にやってきた。

 でも、昨日と違うのは彼女がびしょ濡れでないこと。

 それだけでほっとする。毎日あんな状況だったら、俺の身体も理性ももたない。


「あ、そうだ。先輩、お風呂場に先輩の洗濯物干してるんですけど」

「干しちゃったんだ」

「え、まあ。ご、ごめんなさい、別に見たりはしてなくてですね」

「遊んでくれてよかったのに」

「遊、ぶ?」

「ううん、なんでも。じゃあ、ご飯作るから、相楽君はゆっくりしてて」


 先輩は、長い髪を後ろできゅっと括る。

 その時、綺麗なうなじがはっきり姿を現して、俺の心臓はドクンと跳ねる。

 色っぽい。

 いや、あんまり見てたら怒られるかも。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。手伝えることは言ってください」


 このままだと先輩をジロジロ見てしまいそうで、慌てて部屋に逃げ込んだ。

 いつにも増して、先輩が色っぽく見える。

 綺麗で、セクシーで、料理も上手。

 そんな人が俺の部屋にいるんだもんなあ。


 ……最近、運がよすぎて不安になるな。



 相楽君ったら、もっと見てくれてよかったのに。

 純粋なんだ、彼は。

 よかった、彼女とかもいないみたいで。

 いたら、どうなってたのかな。

 煮える鍋の中にその子を……ううん、思っちゃダメ、そんなこと。


 彼が悲しむようなこと、しちゃいけない。

 でも、彼の為ならなんでもしたいけど、彼に選ばれる為ならなんでもしちゃいそう。

 今日はお肉を買ったから、ビーフシチューでも作ろうかな。


 コトコト、コトコト、じっくり煮込んで。

 私の愛情も一緒に、じっくり混ぜて。

 これを食べたら、相楽君がいっぱい元気になるくらいぐつぐつ煮込んで。


「はあ……抱いてほしい」


 私のお腹の下のあたりが、きゅっとなる。

 お腹が空いた。

 飢えてる。

 

 満たして、ほしいなあ。


 

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