第5話 欲しいのは傘じゃない
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「おいおい、英雄は朝からやることが違うねえ」
朝の教室にて。
友人たちが俺を囲んでからかってくる。
まあ、これは想定内だ。
「いや、先輩がどうしても日傘に入れっていうから」
「茅森先輩と二日も続けて相合傘って、お前人生の運をここで使い切っちゃうんじゃねえか?」
そうだそうだと、他の連中も笑いながら俺を小突いてくる。
まあ、俺だってそう思うよ。
いくら人助けをしたといっても、見返りがあまりに大きすぎる。
あの茅森先輩が、俺なんかと話をしてくれるどころか昨日は……。
「……」
「なんだよ、まだ他にもあるのか? まさかお前」
「い、いやなんでもない。まあ、彼女はとてもいい人だから俺に対して気を遣ってるんだろ」
「ま、そうだろな。でも、もし万が一ってことがあったら言えよ」
「わかったわかった」
茅森千冬はあまりに高嶺の花だ。
だからみんな、俺と先輩が最近少し仲良くしていることを嫉妬はしない。
もちろん、俺もだけど。
しかし今日はいい天気だ。
随分と夏らしくなってきた。
もうすぐ梅雨が終わったら夏がくる。
そうなれば傘を気にすることも少なくなるかな。
いや、日傘があったっけな。
◇
「あの、相楽君いますか?」
昼休みになってすぐのこと。
俺を訪ねて茅森先輩がやってきた。
「え、先輩?」
「あ、いた。よかった、相楽君だ」
俺を見つけるとほんのり顔を緩める先輩は、そのまま俺のところまで歩いてくる。
また相楽かよ、と。周りの連中がちょっとばかしつまらない顔をしているのが気になったがすぐにそれどころではなくなる。
なにせ先輩は、俺のところまで来ると、俺の席に座ったのだ。
俺が座ってるのに。
つまり、俺の上に。
「え」
と、声が出たのは俺だけではない。
クラス中の男女が、その奇怪な光景に目を丸くして。
変な声を出していた。
「あの、せん、ぱい……?」
「あ、ごめんなさい。やってみたくて」
「やってみたかったんだ……」
すぐに彼女の小さなお尻は俺の太ももから離れる。
少しぬくもりだけがそこに残る。
「え、ええと、今日はなにか?」
「ほしくて……」
「え、ほしい?」
「え、ええと、ちょっとほしいものがあるから、相談に」
「相談……俺に?」
一体何の相談だ?
ていうか、俺じゃないとダメなのか、それは。
「相楽君じゃないとダメなの。君にしか言えなくて」
「ええと、そんな大事な話ならここでしない方がいいんじゃ」
「人前式……」
「じん、ぜ、え?」
「いえ、場所を変えましょ」
そっと、自然に彼女は俺の手をひく。
俺も俺で、先輩と手を繋いでいることに気づいたのは教室を出てしばらく歩いて、なんなら彼女の足が止まって「ここでいいかな」と言われるまでそんな自覚はなく。
「あ」
もちろん、気が付いたときにはすぐにその手を離したけど。
多分、結構な人に俺たちが手を繋いで歩いているところを見られたと思う。
「……な、なんですかそれで、相談って」
「ええと、そうだった。あの、欲しいものがあるんだけど、相楽君は私が欲しいものを欲しいって
「は、話がよく見えませんけど。欲しいものを欲しいって思うのは普通じゃないですか?」
「そうだよね。普通、だよね?」
少し嬉しそうに笑う先輩は、その後手を前に組んでもじもじする。
何かほしいものがあって、それを俺にねだってるってことか?
「あのー、俺が買える程度のものなら買いますよ?」
「え、本当に? でも、買えるものでは、ないの」
「買えないもの、ですか。まあ、それなら無理ですよね」
「……そう、ね。ちなみに何か、わかる?」
「んー……傘、とか?」
「……うん、ごめんなさい、ちょっとまだこの話は早かったって反省してる」
「?」
「いいの、こっちの話だから。それより今日も、君の家でご飯作ってもいい?」
「い、いいんですか? むしろこっちが良くしてもらいすぎな気が」
「いいの、昨日はたくさん楽しんだから」
「?」
じゃあまた後で、と言って彼女はさっさとどこかに消えていった。
その後、教室に戻った俺は仲のいい男子数人から事情聴取を受けて昼飯を食べ損ねたのは言うまでもないんだが。
その間も先輩の欲しいものについて考えてみたんだけど思い当たるものは何もなく。
授業中に、『女子高生 ほしいもの 非売品』なんて検索をかけてみたがやはり見当もつかないままだった。
♥
「で、欲しいものがあると言いに言ったわけだ」
「うん。でも、まだやっぱり早いかなって。急いては事をし損じるっていうし」
「そういう常識は残ってたんだ、偉いねえ」
教室に戻ると円佳がまず私のところへ。
常識ってなんだろうって常日頃から考えるけど、この場合私の行動は常識的だったらしい。
「だって、苗字はともかく子供はやっぱり付き合ってからじゃないと」
「いやいや色々順番おかしいって。ていうかほかに欲しいものないの?」
「……彼の飲みかけの」
「あーもういい。うーん、後輩君もあんたの重さに耐えられるか心配ねえ」
円佳は私たちの未来を心配してくれてる。
やっぱり優しい。
「一度私もその後輩君と話した方がよさそうね」
「え、それって」
「はい怖い顔しないすぐに友人を殺そうとしない。フォローよ、フォロー。だって、付き合えても、そのあと捨てられたら辛いでしょ」
「そんなことになったら彼の部屋で燃える」
「首つりくらいにしないと他の住人の迷惑でしょうて……」
円佳が彼に会いたいと聞いただけで、筆箱の中にあるシャーペンを彼女に向けようとか思ってしまう。
多分これは、非常識なことなんだってわかっている。
わかってて、やめられない。
彼のジャージを汚して、それが嬉しくて興奮する自分がおかしい女だって、自覚はある。
あるけど、止まらない。
だって、彼を見ると体が熱くなるの。
彼のことを思うと、それだけで濡れてくるの。
彼に触りたい。
彼に触られたい。
彼以外いらない。
なのに。
「あの、茅森さん」
男はいつも、私の体目当てで寄ってくる。
誰だろうこの男? クラスメイト? 知らないけど。
「……なんでしょう?」
「あの、俺と付き合ってくれないかな」
「ごめんなさい無理です」
「そ、そっか……ごめん、ありがとう」
こんなことはしょっちゅうある。
せっかく友人とのひと時を楽しんでいるのに、飛び回る虫のように図々しく私の空間に入り込もうとしてくる男が後を絶たない。
視線は胸や足を見て。
いやらしく、私を視姦する。
「死ね」
「千冬、口に出てるよ」
「うん、知ってる。出してるの」
彼以外の男なんてみんな害虫だもの。
私と付き合いたい、じゃなくて私を抱きたい、くらいにしか思ってない。
前は、そう思っても適当にやり過ごせばいいってくらいに思って会話くらいならできたけど。
今はもう、無理。
彼と知り合ってから、彼を知ってから。
男がみんな、穢らわしい害虫にしか見えない。
ほんと、彼以外。
「みんな死んじゃえ」
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