第3話 濡れている
うっかり出てきた裸の彼女と遭遇するなんてことを警戒して、俺の用意したジャージは廊下に置いてから。
自分の着替えを反対側にある洗濯機に放り込んで、逃げるように再び部屋へ。
壁一枚向こうで茅森先輩がシャワーを浴びていると思うと、どうも興奮が抑えられない。
何度も何度も、深呼吸して呼吸を整えて。
気を紛らわそうと、テレビをつけたところで廊下から声がする。
「あがったよ」
その後、すぐに茅森先輩は部屋に入ってくる。
俺が普段着ている黒のジャージを上下に纏う姿は、男としてこみ上げてくるものがあった。
「……」
「相楽君の服、大きいね」
「ご、ごめんなさいそんなのしかなくて」
「これ、普段から着てるやつ?」
「え、ま、まあ。使わないものは極力実家に置いてるので」
「そう、よかった」
「よかった?」
彼女は何度か袖口をスンスンと嗅ぐ。
昨日洗濯したばかりのものを渡したはずだけど、におうのか?
「あの、嫌なら何か買ってきますけど」
「いい。これでいい……いえ、これがいい、かな」
「はあ」
「さて、料理ね。冷蔵庫、拝見させてもらうね」
ガチャリと、キッチンの横に置いてある小さな冷蔵庫を開ける。
中にあるのはたまごと牛乳、それに冷凍のご飯と調味料くらい。
「あー、最近雨で買い物行ってなかったからあんまりないですね」
「オムライスでも、いい?」
「え、まあお任せします」
「うん」
料理が始まった。
と、同時に洗濯機がガタガタと回り始める音も。
彼女がスイッチを押してくれたのだろうか。
そういう気が利く女性は嫌いじゃない。
なんて、彼女ができたこともない俺がそれっぽいことを考えるのも、この大人びたシチュエーションがそうさせるのだろう。
何せ今、部屋でシャワーを借りた美人な先輩が俺の服を着て俺の為に料理を作ってくれているのだ。
大人なら、この後料理だけじゃなく、美味しく彼女も召し上がりましたって展開がむしろ自然なのだろうかとか。
高校生だって、こういう状況ならみんなやることやってるのかなあとか。
知らない世界の事ばかりが頭をよぎる。
「相楽君」
「は、はい」
「胡椒とか、苦手じゃない?」
「え、ええ。辛いのは好きです」
「そう、私も。スパイスって、悶えるくらいがちょうどいいよね」
「い、いやそこまでは」
「そ。もう少ししたらできるから」
ケチャップの良い香りが部屋にまで漂ってくると、その後でじゅうっとたまごが焼ける音がして。
ほんの十分程度で、彼女の手料理が部屋に運ばれてきた。
「はい、召し上がれ」
「おお、すごい」
思わず声に出して驚くほど、綺麗にくるまれた昔ながらのオムライスが部屋のテーブルに置かれる。
見事な腕前としかいいようがない。
食べるまでもなく、うまいのだろうと確信できる見た目。
当然、
「いただきます……うまっ」
店で食べてるレベルにうまい。
いや、それ以上だ。こんなうまいオムライス、食べたことがない。
「よかった、喜んでくれて」
「いや、ほんとうまいです。料理、上手なんですね」
「毎日、食べたくなる?」
「ま、まあこんな美味しいご飯なら毎日でも食べたいとは思いますけど」
「なら、毎日作るけど」
「そ、そんなのは悪いですよ」
「……洗濯物、しばらくはかかりそうだね」
ガタガタと、洗濯機が音を立てる。
そういや、彼女の服はどこで乾かしてるんだろう。
「洗濯物が乾くまで待ってたら夜になるかな」
「え、洗濯って……俺の服と一緒に洗濯したんですか?」
「うん。相楽君の服と私の服、一緒に洗ったけど」
「ええ……」
いいのかなそれって。
まあ、気にしない人は気にしないんだろうけど。
「それより、食べ終わったら何かしない?」
「何か? ええと、ゲームとかってことですか?」
「ゲーム……まあ、楽しいことだからゲームみたい、なのかな」
「な、なにかやりたいことでも?」
「……したい」
「え?」
「……ううん、なんでも。あ、雨があがったみたい」
ふと、窓を見ると夕陽が差し込んでくる。
立ち上がり、部屋に一つしかない窓を開けると涼しい風が吹き込んできて。
外はすっかり晴れていた。
「いつの間に……ほんと、最近の天気はわかんないですね」
「私、やっぱり今日は帰るね。オムライス、ゆっくり食べて」
「え、でもまだ洗濯が」
「明日、また取りにくるから。あと、ジャージも借りてくね」
「そ、それはまあ、いいですけど」
スッと立ち上がると、先輩はそのまま玄関に向かい。
ジャージのまま、学校指定のローファーを履くというちょっとアンバランスな恰好で玄関から出て行った。
ぱたりと玄関が閉まる時、先輩はこっちを向いて何かを言ったようだが聞こえず。
部屋の中は洗濯機の揺れる音だけが響き渡っていた。
♥
彼のジャージを着て、外を歩く。
洗濯したばかりでも、かすかに残る彼の匂いが私を興奮させてくれる。
それに、このままジャージを返したら、私が濡れてたことがバレてしまうし。
下着、着けてないまま濡れちゃった。
もっと一緒にいたかったけど、こんな姿、彼に見せたら嫌われちゃう。
「ただいま」
彼のアパートと私の自宅は近い。
道一本挟んですぐ、という距離にあるのでこれからは毎日通えそう。
毎日。
そう、毎日。
「毎日、会いにいくつもり」
「それ、重くない? 大丈夫なの?」
部屋に戻るとすぐに、円佳に電話をかける。
今日の報告。
彼女は私の性格をよく知っているから、なんでも話せる。
「だって、ジャージ借りたし濡らしちゃったし」
「借りるのはわかるけどその後はどうなのよ。ちゃんと洗濯しなさいよ」
「で、でもそんなことしたら彼の匂いが消えちゃう」
「あそこびちょびちょのまま返されたらドン引きするでしょが」
まだ、彼のジャージを着たまま。
このまま、下半身が濡れたままのジャージを彼に返したらどんな反応をするんだろうって。
いけないことを想像して、また少し濡れる。
「……そう、だね。ねえ、明日は雨降るの?」
「明日こそは晴れだって。ま、天気予報なんてあてにならないけどさ」
「そ。じゃあ明日は日傘が必要ね」
電話を切って。
袖口を少し嗅いでから。
名残惜しい気持ちになりつつも、そのジャージを脱ぐ。
はあ、返したくないなあ。
このままもらっても、文句言われないかなあ。
そのジャージをベッドに広げて置いてみる。
私は裸。
彼のジャージが私のベッドに寝てる。
なんか、彼が私の部屋で寝てるみたいな気分になる。
「……ふふっ、えへへっ、相楽君、大好き」
そのまま私は、ベッドに寝そべるジャージを抱く。
そして、そこに彼を感じながら。
「おやすみなさい、相楽君」
気持ちよく眠りについた。
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