第23話 息継ぎ無しで長々と説明する

 健人は固く握った拳をアツシの頬めがけて放った。

 拳が自分の元へ達するまで、アツシはぴくりとも動かなかった。それはまるで、人間の物理的攻撃など神様である自分には効果がないという風に、組んだ腕もほどかず余裕綽々しゃくしゃくの表情で健人の拳を待ち受けた。

 ついに拳はアツシの肉厚の頬に到達し、のめり込み、振り切った。

 なんと、アツシはなされるがまま、後方に数メートル吹っ飛び、背中から地面へ倒れ込む。


あぁぁぁぁーーーーー!!!!」


 アツシは絶叫した。

 野太く嗄れた声が重量を伴って空間に響き渡る。

 そこにいた誰もが耳をふさいだ。


「お、お前、加減というものを知らんのか! 本気でグーパンする奴があるか!」

「……」


 健人は真顔。

 そこには何の表情も含まれていない。


「てめぇがワシらを倒せっつったんだろ!」


 健人がそう言うと、アツシは決まりが悪そうな表情を見せる。


「ふ、ふん。いいだろう。神様の顔面を本気で殴った代償は大きい。大きいんだぞ!」


 突如、アツシの両目が怪しく光り出した。

 次第に地面が激しく揺れ始める。


「ちぃ。また超能力か……。お前ら神様はいつもそうやって、自分たちの都合で人間たちを平伏させるんだ!」



 ズゴゴゴゴゴゴ!



 辺りに地鳴りが響き渡る。

 アツシの周囲の地面が細かく砕け、その破片がアツシを取り囲むように宙に浮く。おびただしい数の破片だ。


「ふふふ。これから無数の固い石の破片が、光速でお前たちを襲う。正直、数秒と持たないだろう。これで、白の世界は終わりだ。諸悪の根源がこれで消滅するのだ。ゴッド様のご意向にも、そう外れてはいないだろう」


 アツシは切れていた。勝手なことをしてはにゃん太からどんな罰を食らうかわからない。しかし、もうそんなことには頭が回っていないらしかった。

 アツシが濃い口髭に埋もれた口の端を持ち上げニヤリと笑うと、群衆が悲鳴を上げた。そして、口々に反抗の声を上げた。



 俺たちが何をしたっていうんだ!


 ただ、他人と違う、どこかおかしい、変だ、ただそれだけじゃないか!


 それで誰に迷惑をかけたっていうんだ!


 多様性こそが善じゃないのか!


 結局、多数派が我が物顔でのさばるのがこの世ってことか!


 神様すら、俺たちの味方をしてくれないのか!


 じゃあ、変な人間なんてはなから生み出さないでくれよ!



 瞬く間に辺りはパニック状態に陥った。しかし、不思議と命乞いをする声は無かった。皆が変人としての誇りを持っていた。あくまで変人を受容しきれない世の中に、神様に、異議を唱えた。

 アツシの目が眩しく光り、無数の石の破片が動きを見せ始めたそのとき、


「待つにゃあ!!!!」


 天から怒声が響いた。

 すると、アツシの目の光がすっと消え、無数の石の破片が地に落ちる。


「お前たち親子は本当に救いようが無いにゃあ」


 猫の姿をした神様、にゃん太が白の世界に姿を現した。まさに神様の登場よろしく、空から降りてくる。


「うむ。おかしいな。私の明晰な頭脳のデータベースには、猫の姿をした二足歩行の生物は存在しない。あれは何だ?」


 と、トム。健人の方を見ていることから、どうやら健人に対する問いのようだ。


「知らねぇよ……。話の流れ的に、あの神様親子とは知り合いみてぇだが」


 健人は細い目を更に細める。その視線の先のにゃん太は、自身のヒゲをいじりながら、周囲にざっと視線を巡らせていた。

 そこにいる人間皆が息を呑む。


「にゃあ!!」


 突然にゃん太が鳴き声を上げると、皆が肩をビクッとさせた。とてつもない威圧感だった。気迫で周囲の空気を震わせた。しかしその後も、しばらくにゃん太は辺りを見渡すだけで、その他何の動作も見せなかった。

 今の鳴き声が何を意味していたのか、誰にもわからなかった。誰もがこの唐突かつ意味不明な状況に、途方にくれていた。

 一方、アツシとトクは誰から見ても明らかなくらいビクビクと震えていた。自分たちが演じてしまった失態に、いったいどんなお仕置きが待ち受けているのか、恐怖に震えているのだ。


 ようやく、にゃん太が口を開いた。


「白の世界が、もはや全然白くないにゃんね。荒れ荒れにゃん。今までぎりぎり且つ絶妙に保たれていた均衡が一気に崩れたみたいにゃんね。そもそもこの世界には無理があったのにゃろうね」


 にゃん太が手――肉球のある手である――をひらりと宙に舞わせた。そこから発した光がアツシとトクを包み込み、爆発した。そこに現れたのは、アツシとトクの本来の姿だった。

 毛深くどぎつい顔をしたゴン蔵と、髪の毛一本無い禿頭に皺だらけの顔面のゴン太だ。新たに現れた人間ではない存在ふたつに、群衆はまた驚きにざわめく。


「挨拶が遅れたにゃんね。そこにいるふたりと僕は神様にゃん。お前たち人間を作った存在にゃん」


 言って、もう一度周囲を見渡すにゃん太。


「正確には、この地区を担当しているのがそこのゴン蔵とゴン太で、僕はふたりの上司に当たるにゃん」


 そしてにゃん太はもう一度周囲を見渡す。

 健人は苛立たしげに声を上げた。


「ちょいちょい挟むよくわからねぇ間、何とかならねぇか?」


 にゃん太の双眸そうぼうが健人を真っ直ぐ捉える。


「わかったにゃん。じゃあ、息継ぎ無しで長々と説明するからよく聞くのにゃん」

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