第22話 ワシらを倒せば

 白の世界は、もはやただ何もない純白なだけの世界ではなくなっていた。完全と思われた平穏は崩れ去ろうとしていた。不吉な空気が辺りを満たす。今まで安定していた(ただ無心で会話をするだけだった)人々の心は、恐怖、不安、懐疑、焦燥、悲哀、絶望と様々なノイズで入り乱れていた。

 健人がにやりと笑みを浮かべた。


「ふん。バレてるぜ、ゴン太。喋り方でまるわかりだ」

「な、なんじゃと!?」


 なんと健人にはトクの正体が分かっていた。その恐るべき洞察に、トクは信じられないといった表情をする。禿げた頭が脂汗でテカる。


「なんだ? それで騙せてると思ってたのかよ」


 健人はトクを嘲る。


「類推すると、そこの毛深くて黒い長身は、お前の父親か? お前、どうもさっきから、そいつの耳打ちにやたらとおびえている様子だったからさ」

「ぐ……」


 トクは言葉を詰まらせる。

 一方のアツシは、ただ健人を厳しい目つきで睨みつけていた。


「なあ、いい加減教えてくれねぇか? この意味不明な空間は何なんだ?」


 健人が問う。

 すると、アツシは何かを考え込むように、目を閉じて険しい顔をした。太い眉、大きいまぶた、のっぺりとした鼻梁びりょうがぴくぴくと痙攣している。しばらくのち、ゆっくりと開眼した。


「いいだろう、教えてやろう」


 重々しく口を開いた。


「といっても、我々下っ端の神様には一部の情報しか知らされていないがな……。神様界は今、下界の整理に乗り出している。争い、奪い合い、殺し合う下界の混乱した状況を沈静化するために、この世界は作られた。お前が言うように、ここには変人ばかりを集めている。神様界のトップであらせられるゴッド様が、下界の種々の問題は変人に原因があるとお考えだからだ」

「へ、変人に原因? 何だよそれ、意味わかんね……」


 健人の疑問はもっともである。神様の方が突拍子もないことを言っているのだ。


「そうだ。納得いかないだろうが、神様界ではゴッド様のお考えは絶対だ。はむかえばどうなるかわかったものではない。最悪、人間にさせられてしまうかもしれん。恐ろしい話だ……まったく」


 そこでアツシは一度言葉を切り、意味ありげにちらちらと人間たちに視線を送った。そして、ゴホンと咳払いをしたのち、続ける。


「まあ、そういう事情で、ここに諸悪の根元である変人を隔離しているというわけだ」

「ちょっと待てよ」


 健人は不服そうに言った。


「ゴッド様か何だか知らねえが、聞いてっと、お前はそのゴッドの考えに納得してねぇようだな。どうなんだ? そこんとこ!」

「ゴッド様は絶対だ」

「おい!」

「ゴッド様は絶対だ」


 アツシは頑なに繰り返した。

 健人はため息をつき、


「じゃあ、お前はどうなんだよ」


 諦めてトクに話をふる。


「僕はゴッド様は少々頭がいかれ……」


 トクがそこまで言ったところでアツシは睨みをきかせ、トクを威圧する。トクは「ひぃ!」と悲鳴を上げて黙った。


 その様子を見るや、健人はガクリと肩を落とし「やれやれ……」と首を横に大きく振った。「お前らには自分ってのがねぇのかよ。自分がねぇ神様って何なんだよ……。じゃあ聞くが、俺たちはどうすれば元の世界に帰れる?」

「ふん、簡単なことだ」アツシはニヤリと笑った。全く意味が分からない笑いだった。「ワシらを倒せば、元の世界に返してやろう」

「……倒せば?」


 と健人。


「そうだ。さあ、かかってくるのだ」

「……」

「……」


 健人とアツシは真顔で見つめ合った。半端で意味のない沈黙が流れたのち、健人とアツシはまるで呼応するように小さく笑う。


「要は、こういうことか?」


 言うや、健人は拳を高く掲げ、アツシに向かって突進した。

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