第21話 平和的に会話で解決

「お前ら、よく考えろ!」健人が叫ぶ。生徒たちがきちんと傾聴していることを確かめる教師のように、周囲を見渡してから建人は続ける。「俺たちは、神様から何の説明もなく強制的に、こんなうす気味悪い空間に連れてこられたんだぞ! しかも、どう考えても変なヤツばっかを選別してな! おかしいと思わねぇのか?」


 健人は少し間を置いた。しばらく誰からも何も発言が無いことを確かめて、再び口を開く。


「しかも、俺、思い出しちまったんだ。俺も真奈美みたく、気持ちが沈んでた。元の世界で、仲が良かった友達と激しい喧嘩しちまって、最終的には絶交しちまったんだ。そんで、もうこんな世界嫌だ、生きてる意味ねぇってとこまで落ち込んでた。そしたら、真奈美が言ったみてぇに、天から声が聞こえたんだ……」


 健人は再び群衆を見渡した。変わらず、誰も口を開かない。


「わからねぇのか? どう考えても俺たち、弱みに付け込まれてんだよ! 神様にな!」


 トクの肩がわなわなと震える。怒りを抑えきれず、足を群衆の方へ踏み出そうとする。アツシはあわててその腕を掴み、制した。


「待て、ゴン……いや、トク。ワシらは今人間の姿になっていることを忘れるな! 人間として振る舞い、この騒ぎを静めることがワシらの役目だ。さもなくば、にゃん太様に今度こそ……」


 そこでアツシは苦い表情を浮かべて言葉をのんだ。しかし、思い直したように口を開いた。


「今度こそ、人間にさせられてしまう」

「ぐ…………、しかし、あやつ――健人ははじめから僕らに対する敬意が足りん! 人間の分際で」

「その考えがダメだとにゃん太様がおっしゃっていただろう。ここは嘘でも人間の気持ちになるんだ!」

「…………」


 トクは納得いかない様子だが、ひとまずその場に留まった。


「まあ、あいつの言っていることも、あながち間違いではないじゃないか。ワシらは上に言われた通りに人間たちをここに連れてきたが、人間たちの側からしてみれば意志に反して無理やり連れてこられたに等しいんだ」

「ま、まあ、確かにそうじゃが……。わかった。では、本意ではないが、平和的に会話で解決じゃ」


 トクが群衆の方をじっと見つめる。その目にはやはり怒りが宿っていたが、口を真一文字に引き結び、感情を押し殺していた。

 そのまま、ゆっくりと群衆の中へと歩んでいった。


 トクが背伸びをして健人の肩を叩く(トクと健人の身長差はかなりある)。

 健人は振り向くが視界には何の存在も見あたらず、「はて?」という顔をする。

 トクが今度は健人の上着の裾をちょいちょいと引っ張った。

 健人は今度は視線を低めに振り向いた。


「何だ? ハゲ」

「な!? ハゲじゃと!」


 トクが声を上げるも、


「まあまあ、事実ではないか」


 と、アツシがなだめる。

 呼吸の合った親子だった。


「で、何の用だ? ハゲ」


 健人はハゲを繰り返す。


「うむ」トクは気持ちを抑え込むように顔を歪めた。「本当に神様はお前……あ、いや、僕たちの弱みに付け込んでおるのじゃろうか。神様の考えることじゃ、ひょっとすると高邁こうまいなお考えがあるのではなかろうか」


 健人は大きく何度も首を振った。


「いいや。実は俺、ここで一度神様に会ってんだ。どうやらそんな高邁なお考えは無さそうだったぜ」

「ほ、ほう」


 トクの額に冷や汗が滲む。あたりがざわめいた。

 アツシが横目でトクを睨み、小声で「お前が勝手に下界に降りるからだ」と戒めると、トクの表情がより一層こわばった。


「そんとき神様は、よくわかんねぇことを喚いてたんだが、ひとつだけ神様について分かったことがある」

「ほう……、それは何じゃ?」


 額の冷や汗が次々にトクの顔面を伝い落ちる。

 アツシも毛深く黒く太い腕を組んで話に聞き入った。

 健人は半端な間を置き、ひとつ息を吸ってから言った。


「神様ってのはとんでもなくクズだってことさ!」


 突如、空気が様変わりした。眩しいばかりに純白だった空間が、急に灰色になる。強い風が吹きすさび、ときおり地面が揺れた。この異変に、群衆は口々にざわめいた。


 アツシは「トク。後でお尻ペンペン、3つに割れるまでコースだ」とやはり小声でトクを戒めた。トクは全身をぶるぶると震わせる。


「みんな聞いてくれ!」健人は続けた。「神様は言った。俺たち人間が苦しんでるとき、ポテチを食べながらテレビを見ていたと!」


 群衆がより一層ざわめく。健人はなおも続ける。


「さらに神様は言った。何でもかんでも押しつけられたら迷惑だってな! 神様のやつ、俺たち人間を作っといて、あまりにも無責任だと思わねぇか!?」



 ミシミシミシミシ!



 周囲のいたるところで何かが歪む音がした。何が歪んでいるのかは、群衆の誰にも視認できない。それはただ、何か良くないことを予感させるだけだった。

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