第19話 原因なんて誰にもわからない

「下界は荒れに荒れてるにゃん。呑気のんきにポテチを食べながらテレビを見て、それに飽きたら少し散歩をして自然の心地いい風を浴びて、歩き疲れたら家に帰って風呂に入って眠ればいい天界の我ら神様たちとは大きく違うにゃん。下界の人間たちは常に何かにおびえ、緊張し、他者を妬み、蔑み、ときに殺し合う。数百万年前、天界の我ら神様が、下界に人間という生物を生み出したときには、下界は知性による新たな秩序のもとに平和が保たれると思っていたにゃん。しかし、人間たちは繰り返し愚行を重ね、下界を混乱に陥れている。やはり、知性は我ら神様でしか正しく扱えないということがわかったにゃん。…………人間たちの愚行の最も大きな原因は何か、ゴン蔵はわかるにゃんか?」

「い、いえ、わかりません」


 ゴン蔵が濃い顔を歪め、野太い声でこたえた。


「そう。それが正解にゃん」


 ゴン蔵はどう反応したらいいかわからないといったふうに、そのままの表情で固まっている。


「結局、原因なんて誰にもわからないのにゃん。しかし、ゴッド様はそうは考えなかった。ゴッド様は、人間たちの中にいる他とは違った思考傾向や趣味趣向を有する者、いわゆる『変人』にその原因があると考えたにゃん」

「へ、変人ですか……?」


 ゴン蔵が眉をひそめる。


「またゴッド様はわけのわからぬことを言いおったか」


 ゴン太の発言に、ゴン蔵が慌てる。


「お、お前、し、失礼だぞ! 訂正するのだ!」


 しかし、そんなゴン蔵の必死さとは裏腹に、にゃん太は声を上げて楽しそうに笑った。


「はっはっは! 面白いにゃん。いや、いいにゃん、訂正は不要にゃん。僕もゴン太と同じ意見にゃん」


 にゃん太は自身の足下を見た。神様はそうすることで、足下の更に下に広がる下界の様子を見渡せる。


「白の世界は、そんな変人たちを隔離する檻の役割を果たしているのにゃん」


 にゃん太はひとしきり足下に広がる下界を眺めたのち、おもむろに顔を上げた。


「さて、お前たち。先ほど、人間に対して少々歪んだ、正しくない認識を持っているらしいことがわかったにゃん。だから、それを正すためにちょっとしたお仕置きをしなければならないにゃん。さて、どうしようかにゃ…………」


 にゃん太は自身のまっすぐなヒゲを二本の指でつまみ、ねじねじして遊んでいる。本当にクセひとつない、まったき直線美のヒゲである。

 どうやらにゃん太はシンキングタイムに入った様子である。その間、ゴン太とゴン蔵はただ震えるばかりだ。

 緊迫した沈黙が流れた。ゴン蔵の鼻息の音がことさらに強調されて辺りに響き渡る。

 ゴン蔵の冷や汗のしずくが、頬を伝い、顎髭に集積し、大きな一粒となって地面に落下したとき、にゃん太は唐突に「にゃあ!」と声を上げ、目をカッと見開き、しかし次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。


「いい案が浮かんだにゃん。お前たち、人間の姿に化けて、白の世界の人間たちに混ざって会話して来いにゃん」

「な!?」


 ゴン蔵の顔が引きつる。


「そ、それはあまりにも殺生せっしょうでございます。に、人間の姿ということは、人間たちと同等の立場で会話をするということで、そんな、あんなやつらと同等だなんて……」


 途中で言葉を切ったゴン蔵は、慌てて両手で口を覆った。

 隣のゴン太はただただ顔を歪めるのみである。皺だらけになったその顔は、ほとんどくしゃくしゃに丸めたアルミホイルのようで、顔の各パーツはその中に完全にうずもれてしまっている。

 にゃん太がニヤリと笑う。


「その考え方がいけないと言ってるにゃん。下界に降りて、人間たちと対等に会話を交わし、現在生じている混乱を鎮めてくるのにゃん! それがお前たちに与えるお仕置きにゃん!」


 にゃん太がすっと腕を水平に掲げ、ゴン太とゴン蔵のいる方を指差した。


「姿形は僕が決めてあげるにゃん」


 突如、にゃん太の指先が光り、その光の塊がゴン太とゴン蔵の方へ伸び、二人を瞬く間に包み込んだ。次の瞬間、大きな爆発音と共に、光の塊が一瞬にして霧散した。中から現れたのは、先ほどのゴン太とゴン蔵ではなかった。


「ついでに名前も決めてあげるにゃん。ゴン蔵はアツシ、ゴン太は禿トクにゃん」


 言ってにゃん太は盛大に笑った。

 肌が黒く、顎髭を蓄えた長身の男アツシと、背が小さくスキンヘッドのトクは、訳が分からず呆然と立ち尽くした。

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