第15話 神様を否定したら、とてつもなく面倒くさいことになる

 真奈美は静かに頷いた。周囲をぐるっと見渡したのち、口を開く。


「私、ここに来る直前もわざと男たちにパンツ見せて楽しんでたんだぁ。男たち、顔が赤くなったり、気まずそうに目を逸らしたりするのに、次の瞬間にはやっぱりちょっと見たそうに視線を戻そうとするの。見ててほんと面白くて」


 真奈美は口元に手を添えて笑った。

 健人は軽蔑の眼差しを真奈美に投げながら、話に耳を傾けていた。


「でもね、その日は何か違った。気持ち的なところがね、違った。私、そのとき少し自己嫌悪を感じてたみたい。いつもはただ楽しいだけなのに、そのときはどうしてか、私何やってんだろって思ってた。こんなことして、いったい何になるんだろって。実際的にこの行為が、ひいては私の存在が、この社会に何をもたらすんだろって、バカみたいだけど、本気でそんなことまで考えてた。そしたらね、声が聞こえたの。空から」


 そこで真奈美は天を仰いだ。ただ白いだけの空だ。言うまでもなく彼女は今、目の前にある空ではなく、記憶の中の空を見ている。

 皆は黙して真奈美が続きを話すのを待った。しばらくのち、真奈美は視線を元に戻した、話を再開した。


「わたしは神。これから白の世界に送り届けてやろう。そこは自分の存在意義などに悩む必要の一切ない楽園だ。さあ、目をつむりなさい、って」


 健人は真奈美の話を聞きながら、片方の眉をぴくりと動かした。


「か、神様……。やっぱり、神様はいたんだ」


 突然、謝音が言った。目はどこか遠くを見ていて、自分の世界に入りこんでしまっている。

 隣で健人が深くため息を吐き出し、首を振った。


「やれやれだぜ……。気をつけろ明日香。こいつ、神様の話になると人が変わるんだ」


 謝音をぞんざいに親指で指し示す健人を、明日香は目をぱちくりさせて見ていた。


「人が変わるって……?」

「説明しにくいんだけど、こいつの前では、とにかく神様のことは否定すんな。悪いこと言わねぇから」

「……」


 明日香は話の内容が飲み込めない様子だ。

 辺りがざわざわと騒がしくなる。人々が口々に何かを言っている。そんななか、一人の男が声を上げた。頭はスキンヘッドで、それは光を反射するほど光沢に優れていた。


「は? 神様? そんなのいるわけないだろ! あ~あ。元の世界に戻る手がかりが掴めるかと思って聞いてたけど、なんだよ、期待して損したぜ」


 健人の目が大きく見開かれる。


「お、おい! 黙れ!」


 健人は立ち上がり、ものすごい剣幕で怒鳴った。

 スキンヘッドは「は?」と、しかめ面を健人に返す。


「訂正しろ! 神様を否定したら、とてつもなく面倒くさいことになる!」


 しかし、スキンヘッドは眉間のしわをより深めただけだった。当然のことだ。健人の発言は、説明が圧倒的に不足していた。

 健人の隣で、謝音が音もなく立ち上がる。ふらふらとおぼつかない足取りで、スキンヘッドの方へ歩いていく。


「やれやれ……」


 健人は頭を抱えた。

 そうしてる間に、謝音はスキンヘッドのもとに辿り着き、突然、拳をスキンヘッドのみぞおちに放った。


「うっ! ……な、何す……」


 スキンヘッドはくぐもったうめきを漏らし、その場にうずくまる。


「か、神様はいらっしゃる。いらっしゃるんだ!」謝音は手を横に広げ、周囲の人々を見渡して言った。「じゃあ、みんなはどう思うんだい? このただ白く広いだけの奇妙な空間のことを。こんなの、神様が作り出された世界に決まってるじゃないか!」


 人々は一様に唖然とした。

 健人は舌打ちをし、ガクッと肩を落とした。


「ほらな、言わんこっちゃねぇ」

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