第14話 草原に吹く風のように

「おいみんな! 話を止めて、聞いてくれ!」


 白い空間に、ひとりの男の声が響いた。大勢の人々のお喋りで騒がしかった空間が、波が引くように静かになった。人々が声のした方を向き、男の声に耳を傾ける。空間は広いが、ほとんどの者は椅子に座っているため、立ち上がった男は目立った。その男が椅子の上に立っていたことも、注目を集める大きな一因であった。

 男は麦藁帽子を被っている。そのくせ、服装は紺のビジネススーツで、ネクタイもきっちり締めていた。足元は草履を履いている。服装のセンスが独特であることは、どこからどう見ても明らかだった。ついでに、スーツは着古しているのか、所々擦れてテカっており、明治の文化人みたいな丸眼鏡をかけている。

 健人と謝音、明日香も男の方を見た。


「な、何こいつ? あの格好も……何?」


 明日香が言った。

 男は健人たちから比較的近い位置にいたため、健人たちからは男の奇妙な出で立ちがありありと見て取れたのだ。


「ははは。いるいる、ああいう人」


 謝音は男を指差して、爽やかに笑った。明らかに男をバカにして笑っているが、飛び抜けた爽やかさのせいで全く毒がない。


「うっせえ!」


 しかし男は反発した。

 謝音を鋭い目つきで睨む。


「へぇ。そこで怒るってことは、服装のセンスの無さ、自覚あったんだね」


 謝音がトドメをさすように付け加えたが、男は舌打ちを一つしただけで、それ以上何も言わなかった。健人は隣で、笑いを抑えきれない様子で、声こそ出さぬものの、肩を激しく上下させている。

 男は周囲を見渡したのち、再び大きな声で叫んだ。


「みんな、驚け! この子が思い出したってよ。この世界に来たときのことを!」


 周囲がざわつき始めた。それは考えてみれば当然のことだ。本当は皆、知りたいのだ。この世界の起源を。自分がこんなところに来させられた理由を。

 これまで、この世界の起源については、誰も何も知識を持たず、どれだけ記憶をふり絞っても、何も思い出せなかった。次第に皆、真相を知ることを諦めかけていた。ただひたすらとりとめのない会話に明け暮れた。

 しかし今、暗闇に一点の灯りが見えた。諦めかけていた真相に迫る手がかりが掴めるかもしれない。


「さあ、みんなに説明してやれ! みんなで帰ろう。もといた世界に!」


 男の隣で、一人の女の子が立ち上がった。


「……あ、あいつ」


 健人が眉をひそめる。


「知り合いかい?」


 と謝音。


「ああ。パンツ見せてくる変態だ」


 女の子は健人の方を見て、にっこりと笑った。


「あら。健人くんじゃない。よかったら、また見る?」


 真奈美は言った。


「見ねぇよ。そんな積極的に見せてこられると、男は逆に白けんだよ」


 健人は軽蔑を含んだ細い目で、真奈美を睨みつけた。


「そなの? 健人くんも顔を赤くして、照れてたじゃん」

「ちげぇよ。あれは“見えてる”と思ったからだ。“見せてる”とわかったとたん、どうでもよくなったよ」

「ふ~ん。難しいんだね、男心も」


 真奈美は口を尖らせて不満そうにする。


「ははは、面白い」謝音が草原に吹く風のように笑った。「ほんとここにいると飽きないね。もといた世界になんて、本当は帰らない方がいいんじゃないかって気がするくらい、ここのみんなは面白いね」

「お前もだよ」


 と健人。


「そうかい? 僕は比較的普通な方だと思っていたけど」

「一見比較的普通なように見える、が正しいぜ?」

「…………まあ、それは、否定しない」


 健人と謝音は笑い、明日香はきょとんとしてふたりを見る。


「いい加減にしろ、お前ら! こっちは大事な話してんだ!」


 男が怒鳴った。

 健人と謝音は素直に笑いを止め、少し笑顔の余韻を残した表情で男を見た。


「ニヤニヤしやがって、気持ち悪い……」


 男はそう吐き捨てたのち、隣の真奈美の肩をぽんと叩いた。


「さ、思い出したことを皆に話してやれ」

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