第13話 テキトーに気分

「父さん。白の世界じゃが、いつまで存在させるつもりじゃ?」


 ゴン太が禿げた頭を傾け、隣の父を見上げる。ゴン太のズボンは尻の部分が破れ、血まみれの痛々しい尻がのぞいていた。無闇に下界に降り、人間と接触した罰として、父にお尻ペンペン出血するまでの刑を食らったのだ。そうしてひとしきり罰を受けたのち、もうしませんと謝り、父と和解すると、ゴン太は細い目をさらに細め、下界を見下ろして先の質問を父に投げかけたのだ。


「うむ。ワシの意向だけでは決められんが、上の話によると、『気分』だそうだ」


 父は立派に蓄えられた口髭と顎髭を乱暴に撫でつけながら言った。大きな目と厚い唇、色黒の肌。父の顔の造りは、濃さの限りを尽くしていた。

 父の発言に、ゴン太は解せない顔をする。


「気分……。いつも思うのじゃが、上の神様たちは、ちとテキトー過ぎぬか?」


 父は顔を歪め、厚い唇を結んで思案する。


「うむ。ワシもその点についてはかねてから問題視しているが、いかんせん神様も手が足りない状況だ。下界は人間が出現してから、どんどん複雑化している。様々な問題が浮上し何ひとつ解決せず、山積みになる問題で下界はもはやカオス状態だ。テキトーにやらないと処理しきれんというのが実情だろうな」


 ゴン太は皺だらけの顔を歪める。


「ふむ……。それはわかるのじゃが、何か策を打たねばいずれ破綻するぞ」

「ゴン太、何を言っている。その策が白の世界だろう」

「そうなのか?」


 ゴン太は細い目を少し見開いて父を見る。父は眉をひそめ、不思議な生物を見るような目でそれに応じた。


「そうだ。これは神様界の常識だ、ゴン太。新聞を読まないから、そうやって世間から遅れてしまうのだ。いつも言っているだろう」

「ご、ごめんよ、父さん……」ゴン太はきまり悪そうにうつむく。「白の世界もまた、上の神様たちがテキトーに気分で作ったのかと思っておった。あれは具体的にどういう意味があるのじゃ?」


 ゴン太は再び父を見上げ、教えを請うた。

 父は眼力の限りを尽くしてゴン太を見つめ返しながら、きっぱりと言い放った。


「知らん」


 そこには何のためらいもなかった。先ほど新聞を読まない息子を揶揄やゆした父の発言とは思えない。


「父さん、さすがにそれは僕でも怒っていいところであろうな?」


 ゴン太が不信感をたたえた目つきで父を見上げる。対する父は、中立的な目つきでそれに応じた。


「具体的なことは我々下っ端には知らされていないのだ」

「ほう」


 ゴン太はこわばっていた表情を少し緩めた。


「ただ、新聞にはひとこと、こうあった。ついに神々は下界の整理に取りかかった、と」

「下界の整理? それは間違いなく白の世界のことを言うておるのか?」

「明示はしていなかったが、最近上の神様たちが始めた施策はあれくらいしかないからな」

「まあ……、それもそうじゃな……。悲しい現実じゃ」


 言ってゴン太は禿げた頭を横に振り、小さなため息をついた。


「しかし、いったいあの世界で、どうやって下界を整理しようというのじゃろう?」

「それは、ワシにもわからん」


 そこで会話が途切れる。父子の間に微妙な空気が流れる。

 ゴン太はうつむいた。気落ちしているのではない。足下のはるか下に広がる下界を見ているのだ。


「あやつ、健人とか言ったな。あんなやつが白の世界におろうとはの」


 ゴン太のほとんど呟きに近い言葉に、父は大きくうなづく。


「まったくだ。あんな普通に見える人間が、どうしてあの世界にいるのだ。あそこは、見るからに変人っぷりがにじみ出ているか、そうでなくても、話せば必ずひと癖、ふた癖は有しているようなやつばかりだと思っていた」

「うむ…………」ゴン太は顎に手を添え、顔をしわくちゃに歪め、思案する。「これも上の神様の意図じゃろか」

「違うだろう」


 父が即答する。そして、ひとこと付け加えた。


「わからんが」


 父子の間に、再び微妙な空気が流れた。

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