第12話 一番嫌いなタイプの人間
「ははは」謝音が笑う。「なんとも極端な意見だね。全部はやりすぎじゃないかい? 必ず誰かには責任があるはずなんだから、みんながみんな他人のせいにしていたら、物事は何も前進しないよ?」
「私もそう思う。お互いが間違いを認め合わなきゃ、いい関係は築けないわ」
健人は腕を組み、椅子の背にどかっと体重を預け、交互にふたりを3秒ずつ見てから言った。
「知ってるか? そういうのを、正論って言うんだ。正論がいつもベストとは限らねぇんだぜ? 正論は時に、物事をただめんどくせぇだけの結果に導く。正しいはずなのに、いいことは何もねぇんだ」
健人は明日香を指差し、意味のない間を置いてから続ける。
「現に、明日香は正しく考えようとして、自分を責めちまったんじゃねえのか?」
「それは……」
明日香が言葉を詰まらせる。黒目が自信なさげに揺れたが、何かを堪えるみたいに口をきゅっと結んだ。
「それは、全部自分のせいのような気がしてたからよ! だから、自分ばっかり責めちゃってたの。で、でも一部は私を落とした会社のせいだとか、日本の教育のせいだって考えたら、少し気が楽になったの」
健人は目を細める。
「一部? ちげぇな。自分は全然悪くねぇって思ったから、気が楽になったんだ」
「ちが……」
「違わねぇよ」健人は明日香に続きを言わせない。「明日香……。お前は、俺が一番嫌いなタイプの人間だわ」
健人はふてくされたように、ぞんざいに2人から視線を逸らし、両手をズボンのポケットに突っ込んで、椅子にふんぞり返った。
そんな健人を、謝音は微笑みながら見つめる。
「どうしたんだい? 健人くん。やけに突っかかるね」
健人は答えない。
明日香はどうして自分が責められているかわからないといったふうに、表情に戸惑いと
謝音はにっこりと微笑み、小さなため息を吐いた。
「まあ、僕も健人くんの気持ちはわからないではないよ。明日香さんは、どうして健人くんが怒っているか、わかるかい?」
謝音は明日香を優しく見つめる。明日香の身体が震えている。
「わ、わからないわよ……。私は、正しいことを言ってるわ……」
謝音は明日香の目をじっと見つめる。明日香の黒目が自信なさげに揺らいだが、明日香も目を逸らすことはしなかった。
「正しいこと……ね。たぶん君は、これから先、ずっとそう言うんだろうな」
「え……?」
謝音は、戸惑いと疑念に満ちた明日香の顔を、何かを待つみたいにじっと見つめた。しかし、何も見つけることができなかったのか、小さくため息をつく。
「うん、やめよう。こんな空気が悪くなる話、そう長引かせることはないよ。健人くんもいいだろ?」
謝音は依然として不機嫌そうな健人を見やり、少し困り顔気味に笑う。
「実はそんなに怒ってないくせに」
やっと健人が表情を緩めた。「ふん」と、ひとつ鼻を鳴らし、にやりと笑う。
「どうだ? ビビったろ?」
健人はからかうように明日香に笑いかけた。
「そ、そりゃあ、びっくりしたわよ! 怖かったわよ! 何? 人をからかってたの? ふざけないで!」
明日香はぷいと横を向いて、頬を膨らませた。顔を赤くし、目には少し涙を
「ははは」健人は大口を開けて笑った。「表情、乏しくなんかねぇじゃん」
健人はひとしきり腹を抱えて笑った。明日香は「もう!」と叫びながら、健人を何度も叩いた。それはさながら、微笑ましい恋人同士のじゃれあいだった。
瞬間、健人が真顔になった。
「けど、俺が明日香みてぇな人間が嫌いなのは事実だ。それはきっと、俺自身の中にもそういう部分があるからだ」
健人の真剣な目が、明日香を真っ直ぐ見据えた。
「すまねぇな、自分勝手で」
「いや、いいけど……」言って、明日香は目を少し大きく開いた。「あれ? てことは、やっぱり健人くんが私を嫌いなことは変わらなくて……、えっと、私どうしたらいい?」
再び戸惑いを浮かべる明日香を見て、健人は小さく笑う。
「そのままでいいんじゃね? 人はそうそう変わらねぇんだからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます