第11話 ぜんぶ他人のせいにしちまえばいい
スカートスーツ姿の女性。歳は20代前半くらい。黒髪をきっちり後ろでまとめて括っている。新調したばかりのようなパリッとしたスーツと、ほとんど新品と見えるビジネスバッグ。
健人と謝音はその女性と3人で話をしていた。
「私、就活で失敗したの。数え切れないくらい面接を受けて、ことごとく落とされたわ」うつむき加減に女性は言った。そして、何かに気づいたように急に顔を上げた。「あ、就活っていうのは、就職活動のことね。私を雇ってくださいって、自分を会社にアピールする活動のこと」
「そんくらい知ってる」健人が言った。「俺たちまだ学生だけど、ここには学生から若手の社会人、年金暮らしのじーさん、ばーさんまでいろんなヤツがいるから、話は聞いて知ってるぜ」
健人は「な?」と隣に座る謝音に同意を求めた。
「そうだね。僕は大学生だから、自前で少しくらいは知識を持っていたけどね」
「お前、俺より年上だったのか!?」健人が驚く。「俺、まだ高校生だぜ?」
「ふ~ん。まあ、そうかなとは思ってたけどね。でも、ここでは年齢の上下なんて、どっちでもいいよね?」
「……まあ、それもそうだな」健人は納得したように頷いた。「てっきり同じくらいだと思い込んでたぜ……」
謝音の言うように、この空間では年齢の上下はあまり大きな意味を持たない。年齢はせいぜい、その人の性質のうちのひとつといった認識であり、年上の方が偉いということはなく、敬語の概念もない。皆、全くフラットな関係で会話を交わしている。
「あ」健人が何かに気づいたように声を上げた。「自己紹介まだだったな」
3人は名乗り合った。
女性は宮野明日香といった。
「ほんっと、頭にくる!」
明日香はスカートの裾をぎゅっと握りしめた。その急な会話の展開に健人と謝音はひるんだ。
「何で? 何でなの? 私の何が悪いっていうのよ! ただ、ちょっと笑うのが苦手で、緊張したらどもっちゃうだけじゃない……」
明日香は再びうつむいた。本人が言うとおり、明日香はその声の抑揚とは裏腹に、表情が乏しかった。笑顔が見られないだけでなく、常にどこか鬱々とした雰囲気を
健人と謝音は、感情的になっている目の前の女性を困り顔で見つめていた。自分が経験していないことで困っている人を慰めるのは難しいのだ。
はじめに口を開いたのは健人だった。
「聞いた話だけどさ、社会人ってやたらコミュニケーション能力が大切だとか、笑顔や元気が大切だとか言われるんだろ? でも、それっておかしくねぇか?」
「え?」
明日香が顔を上げる。目が少し濡れている。
「どうしてだい?」
謝音が聞いた。
「だってさ、社会人の前段階である学生の俺たちは、ひたすら勉強、勉強って言われてんだぜ? それが、社会人になったら急にコミュニケーション能力、笑顔、元気って。急に変えすぎだろ」
「確かに、健人くんの言うとおりかもしれないね。人間社会で本当に必要なことを、僕たちは何も教育されていない気がする。二次関数の頂点の座標の求め方よりも、人とうまく付き合っていく方法の方がよっぽど大事だよね。でも、そんなこと学校では教えてくれない。あるいは、教えたつもりになっているけど、全然教えたことになっていない」
「ちげぇよ。教えられねぇんだ。だって、教師のヤツらが人とうまくやっていく方法を知らねぇんだから」
「ははは」謝音が破顔し、天賦の爽やかさが炸裂する。「そうだね。健人くんの言うとおりだよ。だから先生は教えてくれない。教えられずに育った人たちが社会人になるんだ。そして、社会人の立場から、自分たちもできないことを僕たち学生に求め始める。おかしな話だね」
健人と謝音がうんうんと納得している間、明日香はきょとんとふたりを見ていた。目が丸まるとしていて、可愛らしい顔立ちをしていた。ただ、表情に乏しく、鬱々とした空気感のため、その可愛さはほとんど覆い隠されていた。
「私じゃなくて、世の中の方が悪いってこと? そういうこと?」
明日香は小さな声で言った。少しばかり、明日香の表情が明るくなった。極めて軽微な変化だが。
「ま、そゆことなんじゃね? 教えてくれねぇ世の中が悪りぃよ。生まれつき器用なヤツらだけがうまくやってくんだ」
「まあ……、その器用な人に該当する人はここにはいないだろうね」
言って謝音は笑った。
「ああ。ここには不器用なヤツしかいねぇ。不器用すぎて、外の世界でうまくやってけなくて、ここに逃げ込んだようなヤツらばっか……だ」
健人は語尾を詰まらせた。空中の何もない空間をぼんやりと見るともなしに見ながら、「逃げ込んだ……」と小さく呟いた。しかし、そんな健人の様子には誰も気付いた様子はなく、明日香がおもむろに話し始める。
「でも、何だか少し気が楽になった気がする……。私だけが悪いんじゃない。世の中が変で、間違ってて、私がその被害を受けてるって、そう考えることもできるわよね。もちろん全部世の中のせいにはしないけど、でも、それと同じように、全部私が悪いわけじゃない。そう考えると、少し気が楽になった」
明日香が笑った。とてつもなくぎこちない笑顔だったが、それが作られたものではなく、心からの笑顔であることがよくわかる表情だった。
謝音は、明日香の笑顔を爽やかな目で見つめ、柔和に微笑み、口を開く。
「明日香さんの言うとおりだね。人は失敗すると、ついつい自分を責めてしまうけど、本当は外的要因もそれなりにあって、当人にはどうしようもなかったって場合も多いと思う。そう考えると、いつもいつも自分を責めて落ち込むのは合理的じゃないね」
「合理的とか合理的じゃねぇとか、そういう問題じゃねぇよ」健人が口を挟む。先ほど一瞬見せた心ここにあらずの様子はもう消えていた。「要は、ぜんぶ他人のせいにしちまえばいいのさ。そしたら気が楽になってよくね? お互い他人に責任をなすりつけあって、必死に自分を守る。それが人間だろ?」
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