第10話 3人以上で話すのは初めて
「おかしいなぁ……。ねぇ、健人くん、絶対僕をからかってるでしょ? 僕やっぱり神様を見た記憶があるんだ。背が低くて、顔がしわくちゃで、頭が禿げている神様。声がやけに若々しくて高かった」
謝音と健人は、人々が椅子に座って談笑している間を縫うようにして歩いた。
謝音は神様の容姿と声を正確に記憶していた。
「さっきからマジで何言ってんだ? 頭おかしくなったんじゃね? これはマジで病院行った方がいいぜ」
健人は全く取り合わなかった。小声で「あ~、めんどくせ」と呟く。謝音には聞こえていない様子だ。
「どうだ? こっから2人行動ってのは」
健人が急に話題を変えた。
「2人行動?」
謝音がきょとんとする。
「ああ。2人で話し相手見つけて、3人で喋るんだ。3人以上でもいい。今のお前見てっと、ひとりにするのは心配だからさ」
健人は面倒くさい話題から早く逃れたいといわんばかりに話を逸らした。そして、それは功を奏した。
「うん。それ、楽しそうだね!」
謝音は天賦の爽やかさで微笑んだ。健人は安心したように表情を緩める。
「誰にする? お前が決めていいぜ」
健人が言うと、謝音は辺りをぐるりと見回した。
「そうだなあ、どんな人と話そう……。ここで3人以上で話すのは初めてだよ。なんだか、緊張するな」
言って謝音はにっこりと笑った。
染みひとつ無い真っ白な空間では、大勢の人々が(多くの場合1対1で)会話を楽しんでいた。一方で、ひとりで椅子に座りぼぉっとしている人や、謝音や健人みたいに次の話し相手を探すために歩き回っている人も多くいた。
白い空間に果ては無い。どこまでも広がる無限の空間だった。壁はあるが不規則に蛇行していて、どこまで続いているかは不明だ。窓も扉も無い。あるとすれば、さきほど健人と謝音が通り抜けた穴だけだ。嘘の川へ通じる穴。
外の世界の存在は誰もが認識していた。自分たちは元は外の世界にいて、理由はわからないが、知らないうちにここに連れてこられたのだと理解していた。元の世界にいた頃の記憶は霞がかかったようにぼんやりとしていて、具体的なことは何も思い出せなかった。
外の世界へ通じる扉がどこにあるかは誰も知らない。もしかすると、そんなものは無いのかもしれない。
「仮に神様がいるとしてさ」
健人が唐突に言った。
「え? どうしたんだい、急に」
「いや、神様がいるとしたら、この奇妙な空間も神様が作ったんじゃねえかと思ったんだ。どう思う?」
言いながら健人が顔を奇妙な形に歪めた。つい先ほども同様の話題を振ることで謝音が気を狂わせたのだ。記憶もまだ新しいうちに自ら同じ轍を踏もうとしている健人は、おそらく言ってしまってからそのことに気がついたのだろう、みるみる顔色を青くした。
しかし謝音は特に様子が変わることもなく、ただ空を仰いだ。少し間を置いてから、謝音は口を開いた。
「僕もそう思うよ。神様はこの世界の全てを作られて、管理されている。もちろんここだって例外ではないよ。むしろ、こんな変な世界が自然にできたとは考えがたいしね」
謝音は健人に微笑みかけた。健人は笑っているような、困っているような、中途半端な表情を浮かべた。
「神様は万能か?」
健人の問いに、謝音はいっそう破顔する。
「もちろん!」
「そっか」
健人は今度はちゃんと笑った。そして、「やれやれだぜ」と謝音に聞こえないくらいの小声で付け加える。
「でも、何のために、こんなわけのわからねぇ空間を作ったんだろうな?」
「そこが謎だね。でも、きっと意味があるはずだよ。だから、僕たちは神様を信じてひたすら話し続ければいいんじゃないかな? その先にきっと、明るい未来が待っている」
健人は口の片端を上げて笑い、謝音をにやにやと横目で見た。
「それ、人間にとっては理不尽な未来かもしれねえぜ? 例えば、問答無用で空高くまで飛ばされたかと思えば、次の瞬間には地面すれすれまで急落下させられるみてぇなさ」
「何だいそれ?」
謝音はきょとんとする。
「いや、例えばの話だよ」
健人は楽しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます