第6話 神様現る

「なんだって?」


 謝音も驚きの表情を浮かべて、川の方へ歩み寄る。健人と同じように、川の流れに手をさし入れた。


「ほんとだね。何も感じない……」


 健人と謝音はお互い目をあわせ、唾をごくりと飲みこんだ。


「この川は、ここの空間に映像として映し出されているだけみたいだね。その証拠に、ほら、僕たちが手を入れた所、川の流れが全く変化していないよ」


 謝音の言うとおり、ふたりの手が差し入れられた部分において、川の流れはふたりの手の存在をまったく無視するように、流れをわずかも変えることなく流れぬけていた。これが本当の水だとしたら、自然の物理法則に反する。


「ああ。これは明らかにホログラフのたぐいだ。誰かが人工的に架空の川を作り出してやがる」

「何のために?」


 謝音は首を傾げた。

 健人は顎に手を当て、難しい顔を作って考えこむ。

 川の流れる音が、ふたりの沈黙をしばらく補った。


「何もないと殺風景だからじゃねぇか?」


 それを聞いて、謝音はさらに首を傾げた。


「じゃあ、誰がそう考えて、こんな嘘の川を作ったんだろう?」

「んなこと知らねぇよ。神様なんじゃねぇの?」


 健人は口の片端を上げて笑い、明らかに口先で適当なことを言った。しかし、それとは対照的に、謝音は天啓にうたれたように、表情をはっとさせた。


「神様か。そうかもしれないね……」

「いやいや、マジに受けんなよ。明らかに冗談だろ。笑うとこだぞ」


 しかし、謝音はとりあわない。


「神様……、うん、そうに違いない! 健人くん、これは神様がやったんだよ!」

「なに興奮してんだよ! 神様なんかいねぇって」


 謝音が健人の両肩をガシッと掴む。大きく見開かれた目が血走っている。謝音の興奮は常軌を逸していた。


「じゃあ、この奇妙な空間はどう説明するんだい? 僕は初めから思ってたんだ。この空間はどこか病的だって! だっておかしいじゃないか。人が物も食べずに、水も飲まずに、ただひたすらしゃべくってるなんて! しかも、色が欠片も無いなんて!」

「おい! どうしたってんだよ!」


 健人は身を大きく振って、謝音の両手を強引に引き剥がした。

 謝音は肩を上下させ、激しく呼吸する。その顔には、もはや先ほどまでの天才的なさわやかさは消えていた。


「でも、これで合点がいったよ。これは全部、神様の悪戯いたずらなんだ……」


 そこで謝音は言葉を切った。


「あのなぁ……、神様なんているわけねぇだろ」


 健人は呆れたように首を振る。



 しかし――――



「神様なんてとか、失礼しちゃうなぁ」


 健人のものでも謝音のものでもない声が聞こえた。

 健人と謝音は、声のした方へ視線を移した。二人の視線が交わる位置に、確かにそれは存在した。

 百センチ足らずの幼稚園児のような身長。髪が産毛程度しか生えていない頭。皺だらけの老けた顔面。曲がった腰。しかし、細い目と晴れやかな笑顔で構成される表情には、どこか瑞々しさがあり、圧倒的な不釣り合いが、しかし不思議と調和して共存していた。


「僕は神様だ! そんな呆けた顔せんと、まず無礼を詫びろ!」


 語気も強い。見かけより内面は若いらしい。

 健人と謝音は、なお硬直したままだ。


「そのボサボサ髪の無愛想! お前、神様をバカにしただろ! 謝れ! 謝れ!」


 神様の甲高い声が、真っ白な空間に響き渡る。

 神様は間違いなく健人のことを言っている。謝音の髪はよく手入れされて艶があり、綺麗に整えられているし、表情も豊かだからだ。

 健人は、はっと我に返ったようにして言った。


「は? 神様? ははっ、お前なかなか面白いやつだな」


 健人の軽率な発言に対して、神様が目をつり上げる。神様が口を開くより先に、顔面蒼白となった謝音が震える手で健人の両肩を掴み、言い聞かせるように強く言った。


「お前、正気か! 謝るんだ、早く! さもないと、健人くん、どうなるかわからないよ! あのお方は神様に違いないんだ!」

「なんなんだよ、もぉ~〜〜〜〜!!」


 健人は空しく、天を振り仰いで叫んだ。

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