第4話 感じが良すぎる男
「ふぅ。なんか今日はヘビーだな……。疲れるヤツが多いぜ」
言葉ほどには不満を表情には浮かべず、健人は次の話し相手を探した。
白以外の色が存在しない空間。それは文字通り染みひとつ無い白だった。床も壁も空も椅子も、みんな白だった。人々だけに色があった。
緩やかな風が吹き、健人の髪をそっとなびかせる。どこから吹いてくる風かはわからなかった。ここが屋内なのか、屋外なのかすらわからないのだ。空と思っているそれは、ただの白い天井かもしれなかった。空であれば存在するはずの太陽も雲も星も見えない。見上げれば、ただ白い空間が広がるのみなのだ。
会話にふける人々の熱気が空間の各所に温度差を発生させ、空気の流れを作っているのかもしれない。はっきりと言えることは何もなかった。唯一確実なことは、ここにも風が発生しうるという事実だけだった。
人々はどうしてこんなにも狂ったように会話し続けるのか。それはここにいる誰にもわからなかった。本当にただ会話をしているだけだった。何の目的もない、純粋に会話のための会話だった。
なかには疑問を抱く者もいた。
どうして僕たち(私たち)はこんなところで話しているのだろう。いつからここにいるのだろう。何か目的はあっただろうか。
しかし結局、誰も答は得られなかった。考えても考えても、自分たちがどういったいきさつでここにいるのか、皆目見当がつかなかった。
考えるだけ無駄だということを誰もが悟った。そうして、人々は純粋に会話をするために会話をした。
「てっ!」
健人の肩に誰かの肩がぶつかる。よろけて倒れそうになる健人の手を、その誰かがつかみ、引き上げた。
「ごめんね。大丈夫?」
長髪のさわやかな容姿の男が、耳当たりの良い声で言った。
「お、おう。すまん、よそ見してた」
「僕は石井
謝音の表情や声、話し方には人を癒やす効果があるのか、健人の表情が緩む。
「健人だ」
「健人くん。いい名前だね」
社交辞令であっても、謝音が言うと本当にいい名前のように聞こえた。謝音の声や話し方には不思議な説得力がある。
「そりゃどうも。そっちこそ、珍しい名前だな」
「そうだね」謝音は目がほとんど無くなるほど、顔をくしゃっとさせて笑う。「キラキラネームみたいで最初は嫌だったけど、不思議だね、使っているうちに今では気に入っちゃったよ」
謝音はとどめに磨き抜かれた真っ白な歯を見せて笑った。
謝音は随所でさわやかさをアピールするが、不思議と嫌みではなかった。ちょうどよい加減を心得ているとでもいうように、笑い方、笑うタイミング、声のトーン、目を細める度合い、口の開く面積、顔の皺の深さと数に至るまで、全てがちょうどよかった。
「お前、気持ち悪いくらいさわやかだな」
「ははは、それ褒めてないだろう」
「褒めてねぇけど、けなしてもいねぇ。ま、思ったまんまだな」
「いいね。健人くんは話しやすそうだ」
「そりゃどうも」
「あっちに川がある。川辺に座ってお喋りってのはどうだい?」
健人は謝音が指さす方向を見た。
「川?」
「そう、僕も驚いたんだ。こんな何もない所に川みたいな気の利いたものがあるなんて、考えてもいなかった。でも、本当にあったんだ。ご丁寧に『川』って表示までしてあった」
「表示? 冗談だろ」
「ほんとうだよ。おおマジ。だいたい、ここがそもそも冗談みたいな場所じゃないか。疑ってもしょうがないよ」
「まあ、それは否定しねぇけどさ」
健人は両手をズボンのポケットに突っ込んで首を傾げた。
「百聞は一見にしかず。ついてきて」
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