第5話 後悔先に立たずを地でいく その伍
チチチと小鳥が囀ずり、雲ひとつない晴れやかな空が視界に拡がる……実に素晴らしい晴天であり、これを眺めていれば不安や陰鬱に苛まれた心もいくらか洗われることだろう。
ーーしかしながら、それを見ているコテツの心はマイナス方向に吹っ切れて少しも洗われなどしていなかった。なんなら自己嫌悪のあまりに崖でもあったら身投げを考えてたぐらいである。
「やっちまったよ……やっちまったよ俺ってやつは……薬を盛られたからっつって初対面の、エルフの女と肌を重ねちまうとか醜聞以外の何者でもねーじゃんかぁっ……」
上半身裸のまま頭を抱えて突っ伏すコテツの背後には、満足そうに薄笑いながら寝こけてるエルフの女性がいる……脱ぎ捨てられた服で局部は隠されてるが、その姿は誰が見ても〝事後〟だと察せられる。
コテツが目覚めたのはほんの十分前ほどで、微睡みから起き始めた時はなにかやけに柔らかい枕だなぁと寝ぼけていて、その枕が剥き身になった女性の胸だと気付いた時は動転のあまりに仰け反りすぎて後頭部を強打するという憂き目に遭った。
痛む頭を擦りつつ、なんで屋外で自分とこの目の前にいるエルフの女性が裸でいるんだと疑問に思ったが、起きてからだんだんと脳裏に甦り始めた記憶は非常にふしだらな体験の数々であった。
ほとんど理性が飛んでいたが記憶はしっかり残っていたせいで、忘れたくても忘れられない破廉恥な想い出が焼き付いてしまい、コテツは一時は忘却を図ろうと脳天を何度も地面に打ち付ける奇行までやったぐらいに混乱した。
「マジかよ、マジかよ……見ず知らずのエルフに、ど、童貞をやっちまうなんて、いや、まぁ確かに気持ちよくはあったけど、って違うだろ俺っ! 今、考えるべきはこれからどうするかであってーー」
「んん、ぅ……」
悩ましげな息が聞こえてコテツはギクッと身を震わせた。
欲望を吐き出しきって賢者タイムに入っている股間はエロティックな声にも反応しなかったのは良かったが、今の状態で彼女が目覚めるのは非常にマズイ。
初見時でさえ、ぐいぐいと迫ってくる肉食系だったのだから体の関係に至ったとあればなにを要求してくるかわかったものではない。
幸い、お互いに相手の素性など知ってないので起きる前に逃げ出して行方を眩ませれば問題ない筈だ。
コテツは静かにしつつも脱ぎ捨ててた衣類やら装備をかき集めて着用すると、そっとその場から離れた。
幸いなことに不可視の結界は解除されてたようで安堵したが、同時に寝てる間に他人に目撃されやしなかったかと危惧する。日が昇ってるとはいえ、まだ朝の早い時間帯だからそこはもう大丈夫な筈だと信じたかった。
(面倒事なんてごめんだからな、じゃあなエルフさん。もう二度と逢わないだろーけど、アンタのことは嫌でも忘れねーぜ)
心の中で独白しながらコテツは街道にまで戻ると脇目も振らずに走り去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
色々と衝撃的なことがあったもののギルビット・タウンにへと戻り、冒険者ギルドにへと帰還してきたコテツは実家に帰ってきたような安心感に包まれる。
本当なら昨日に済ませてる筈だった依頼の達成報告の為にカウンターにへと向かい、受付嬢から報酬を受け取ってそのまま併設されている簡易食堂で朝飯を注文する。
昨夜の性行為で体力がカラになるまで励んだせいか、いつもなら胃もたれを起こすだろう量の食事をがっつくように食べて二人前の量をあっという間に平らげた。
「はー……昨日はほんと驚きしかない一日になったなぁ」
ドリンクを飲んで喉の渇きを癒す最中にそんな言葉がポツリと零れる。
ほんの小遣い稼ぎで依頼を受けたのに期せずして初体験を済ませてしまうことになってコテツは感慨深くため息を吐く。あまりにも唐突な展開が過ぎたので夢か幻なんじゃないかとさえ思うが、脳裏にこびりついているあのエルフの女性との情事が紛れもない現実のものだと物語っている。
これまで娼館すらご無沙汰だったというのにあんな真似をしてしまうとは……
『はぁっ、はぁっ、まだ、もっとっ……!』
『あっ♡ す、すごいっ、可愛い顔なのにこんなっ……♡』
と、あまり思い返してたら変な気分になってしまうので回想はここで打ち切った。
とにかく、自分の身元も素性も明かしてないのだし、獣人なんて他にもたくさんいる。職業だって格好からでは戦士系としかわからないし、あのエルフに身元特定される危険は無いだろうが何となく嫌なものをコテツは感じた。
(ここに来る、とは限らねーけど長期の依頼でも請けて離れておいてもいいかもな。なんなら、そのまま旅行代わりに各地を回って見聞の旅に出るのも面白そうだし)
せっかくだから遠出して他の地域を回るというのも日々のマンネリ防止にいいかもしれない。そう考えると気持ちがワクワクしてきて、あのエルフとの爛れた記憶も薄まりそうだ。
ドリンクを飲みながら今後の指針をアレコレと立てていた思考は、バンッ!とギルドの扉が大きな音を立てて開かれたことで途絶えた。
「なんだよ、やかましいな……扉ぐらい普通に開けろっての、たく」
大方、粗暴か荒くれ気質の冒険者だろうが入るのにいちいち大きな物音を立てるなと愚痴を溢していると入ってきた人物はギルド中に響くような大声を張り上げた。
「失礼っ! 少々、人探しをしているっ!」
「ごぶっふっ!?」
聞き覚えある声にコテツは飲んでいたドリンクを口と鼻から噴出する。ゴホゴホと咳き込みながら人垣の隙間から来訪者を窺ってみればなんとあのエルフがそこにいたのだ。
(いやウソだろっ!? なんでこんな早くにこんなピンポイントで……なんかの方法で俺の居場所がわかってでもいんのかっ!?)
あまりにも早い再会に動揺を隠せないが、上手いことに自分がいる場所はギルドの入り口から奥まった場所にあり、目につきにくい。
それに物珍しさから彼女を遠巻きに眺める冒険者たちもいて、それが都合良く目眩まし代わりになってくれているからすぐに見つかる恐れは低い。
「す、すいません。ご依頼の方でしたら受付の方にお越し願いたいんですが……」
「あぁ、別に依頼に来たのではない。先にも言ったように〝人探し〟をしているだけだ。見つけたらすぐに出ていく」
いきなり入ってきたエルフにおっかなびっくりしながらも職員が来訪目的を聞きに行っており、今の内に裏口からこっそり出ていこうとしたコテツであったが……チラッと見えた時に顔がこっちを向いているように思えて心臓が早鐘を打つ。
「ふふ、なるほど……そこだな?」
「っっ!?」
確信の笑みを浮かべたのも見えて、コテツは猛烈に嫌な予感を覚えて形振り構わずに走って逃げようとした。
すると、エルフはその場から間の人垣を飛び越えるように放物線に向かって跳んだ。大きな予備動作も無しになされた動きの華麗さに見惚れる者が続出するのを尻目に、彼女は寸分違わない精度でコテツの行く先を予見して覆い被さる形で着地した。
「うわぁっ!?」
「ふふ、見つけたぞ~? 全く、女性を放って先に帰路につくだなんてイケない子だな?」
「ちょっ、重いっ……降りろってのっ!」
のし掛かられてその下から這い出ようと
身体強化の魔法のせいかと悪戦苦闘して、そうこうしてる間にわらわらと顔見知りも混ざった冒険者たちが押し寄せてくる。
「おいおい、コテツ。その別嬪エルフと知り合いなのかよっ? どこで知り合ったんだ」
「い、いや別にっ、こっちが人違いかなんかしてるだけだっ」
「人違いなどするものか。間違いなく昨夜に出会えた運命の少年に相違ない、なるほどコテツくんと言うのか。素敵な名前だな」
空惚けようとしたが相手はそれを許してくれなかった。しかも目敏く名前まで聞かれてしまい、コテツは大いに焦る。
このままでは昨日の痴態までバラされかねない、そうなったら自分は経緯がなんであれ変態野獣の
「や、やっぱり知り合いかっ、それでコテツとはどんな関係で?」
「よく聞いてくれたっ! なにを隠そう私とコテツはーー」
「そ、それ以上はなんも言うなぁっ!!」
案の定、ホイホイと喋ろうとしたのでコテツは口を塞ごうと手を伸ばしたのだが上から押さえられてる&不自由な体勢に焦りも加わったことで伸ばされた腕は……むにゅっ♡と彼女の豊満な胸を鷲掴みしてしまい、掌に伝わる感触にコテツは顔を真っ赤にさせて硬直した。
「あっ……」
「んぅっ♡ だ、駄目だぞコテツ。如何に私でもこんな人目がある場所では流石に、な。しかし、衆人環視プレイが望みなら恋人として応えないでもないが♡」
「ちちっ、違げーっ、違げーしっ! 今のは事故っ、事故ぉっ!」
我に返ってすぐに手を離すが、恋人という単語はバッチリ周囲に聞こえてしまい、ざわめきにどよめきの声が挙がる。
口々に「恋人ってマジかっ?」「あいつ、そんなやり手な性格してたのか?」という声も聞こえて、弁明しようにも胸を揉んでしまったショックが強くて上手く誤魔化せる言葉が見つからずオロオロしてる間に爆弾発言が先に出てしまう。
「そう、私とコテツくんは初夜も済ませた紛れもない恋人同士だ♡ 昨晩も彼の方から熱く求められてだな……体の隅々まで征服されて私はもう彼のアレ無しでは生きていけないのだ♡」
「「「……マジかぁぁーーーーーーっっ!?!?」」」
頬を染めながら言うその顔は恋する乙女のそれで、内容のいかがわしさは半減されたがそんなことはコテツには全く関係なかった。
これでめでたく大恥を晒した上に彼女の言う恋人関係をうやむやにも出来なくなってしまったわけでもう泣きたい気分である。
(もうやだ……なんの羞恥プレイだよこれ…穴があったら地の底まで潜りてぇ……)
そこから後はもう大騒ぎで浮いた話の無かったコテツが年上エルフを仕留めただので盛り上がる者や、先に後輩に童貞喪失されて男として負けてしまって悔しがる者や、逆に後輩からは変な尊敬の眼差しを向けられたり、女性冒険者や職員には好機や情欲が混じった目で見られたり(中には股間に熱い視線を注ぐ者も何人かいた)とお祭り騒ぎになってしまった。
あまりの騒ぎぶりにギルドマスターが出てきて事態の沈静化に努めるということまで起きたが、そのドタバタに紛れて騒ぎの中心となっていたコテツはエルフの女性を連れてギルドから出ていっていた。
向かう場所は自分が間借りしている物件まで……彼女が何者でなんの目的で自分なんかに抱かれたのか、明らかにさせる為に。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次辺りで終わりにして、時系列を元に戻そうと思ってます。
明日から仕事の合間になるので間隔が延びるかもしれませんがよろしくお願いします。
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