第6話 後悔先に立たずを地でいく 終
ギルドから自分が住んでいる賃貸の集合自宅までは歩いても十分ぐらいしかないところにあるが、それでも往来をエルフの美女を連れたまま行くのは非常に悪目立ちした。
しかし、この時ばかりは彼女の美貌がいい意味で作用して誰もが自然と道を開けてくれたので人混みの中でも割とスムーズに進めたのは良かった。
二階建ての建物が目に映り、押し入るように入ってから階段を駆け上がって二階部分にある205と書かれた部屋に彼女と共に飛び込む。
この部屋がコテツが借りているところで表通りに面した小窓、簡易ベッドなど最低限の家具や少々の私物だけというよく言えばシンプル、悪く言えば殺風景な内装だ。
「はぁ、はぁ……他人からの視線の波は辛かった……けど、なんとか戻れたぜ」
駆け抜けた距離は短かったが、メンタルの疲労が半端ではなかった。好奇や驚きの視線7:妬み関係の視線3という割合の他人からの注目は下手したら魔物相手との戦闘よりも神経が磨り減ったかもしれない。
「ふふ、手を繋いで密室に連れ込むなんてこれは即ち、私とヤりたいということだな? 昨晩、あんなに私をメチャクチャにしたのに喰い足りないとはうら若き性欲は恐ろしいものだ♡ しかし、それを受け止めてあげるのも恋人たる務め。致し方なし、喜んで一肌脱いであげ…」
「脱がんでよろしいっ! そんな目的で連れて来たわけじゃねーわっ、まず俺の話を聴けっ!」
瞬き一回の間で外套と上着を脱ぎかけた彼女を止めた。早着替えにも程がある。というかこっちはまだ気怠さが残ってるのにヤる気満々とはエルフなのにタフさが獣人より上とはどういう体をしてるのか不思議でならない。
それはそうとこうしてここに連れて帰ってきたのは、彼女と行為に及ぶわけでは無論ない。
色々と尋問を行う為だ。
「最初に聴きたいのはどうやって俺の居場所を掴んだかってことだ。アンタと会ったのはこの街に比較的近いとこだったけど、他にも村なんかも点在してんのに……それも冒険者ギルドに迷いなく来たのも俺がいるってのを確信してたってことだろ」
「もちろん、この街に来たのもあのギルドに直行したのも偶然でなく必然だ。私の持っている
「なるほどな……なにかあるとは思ってたけど
魔力をその身に多く宿す種族が発現率が高いという定説があるが、必ずしも当てはまるとは限らない。あくまで全体的に見るとそういう傾向はあるが、極論を言えば
なお、ごく稀な例であるが瀕死の状態から回復した場合に
そして彼女の持つ
《固定対象観測》の方は《広範囲索敵》で出来るマップと連動して特定の人物の位置情報を表すらしい。マップ外にいる場合は大まかな方向を指し示すマーキングが可能で近くに行けばそれだけ精度が上がるそうだが、最低でも対象の顔などを知っていないと発動しないそうである。
これらを利用して彼女は姿を眩ましたコテツを短時間で探しだせれたわけだ。これを聴いてから逃げてもほぼ無駄な足掻きだと痛感したコテツが気をおとしたのは言うまでもない。
「それはそれとして、だ。ここがコテツくんの住んでるところか。些か狭いが、二人の愛の巣には不都合ないな。まぁ不満があるとすればベッドの耐久度か、これでは夜の営みに支障が出かねない」
連れて来る羽目になった当のエルフは無遠慮にベッドに昇って好き勝手な感想を喋っている。最初は困惑や当惑していたコテツも、だんだんとこのエルフへ苛立ちが募ってきて険しい顔で睨む。
「……好き勝手に動いてんじゃねぇ。それより目的はなんなのかさっさと吐けよ」
「うん? 目的、とはなんのことだ。強いて挙げるなら、きみと愛を育むことぐらいしかないが?」
「そんなもんを素直に信じられるかよっ! エルフのアンタが初対面の俺をいきなり恋人認定なんかするのがわけわかんねーんだっ! 愛だのなんだの言う前に俺を納得させるような理由ぐらい言いやがれっ! 大体、俺はアンタの名前すら知らねーんだぞっ」
半ばキレ気味に怒鳴るとエルフも流石に空気を読んだか、ベッドに座り直すと真剣な目でコテツを正面から見据えた。
「ふむ、そうだな。嬉しさのあまりに少々過程を飛ばしすぎていた。きみが憤るのもわかる、ちゃんと自己紹介をしておく必要があるな……まず、私の名はアールエルツ・シェリー。見ての通り、種族はエルフで今年で425歳になる」
「425歳……」
「別に畏まらなくてもいいぞ、他種族の年齢に換算すればまだ若者ぐらいになるからな」
「そうかよ。で、そのアールエルツ・シェリーさんがなんだって俺と……あんなことしようとしたわけは?」
「セッ◯スのことか? うむ、きみと出会った際に感極まってセッ◯スに及んでしまったがそれもわけあってのことだ。なぜ、セッ◯スをするまでに私が感激した理由はだなーー」
「セッ◯スセッ◯スと連呼すんなっ! もうちょっと恥じらえっ」
コテツがぼかし気味に言ってるのにシェリーの方はどストレートで何度も言うのでそれを窘める。あまり言われると嫌でも昨夜の情事を思い出してしまって赤面してしまう。
出だしから淫猥な単語が連発されたが、彼女の身の上話自体は真面目なものだった。
ーー彼女、アールエルツ・シェリーはあるエルフの国で生まれたのだが今から三百年ほど前に故郷を出奔して各地を流浪する旅に出た。なぜ、生まれ故郷を飛び出して単身で旅を始めたわけは彼女の国の結婚制度にあった。
その制度というのが〝エルフ以外の種族の異性と結婚・婚約はご法度〟〝配偶者となる相手は国が選んだ相手とする〟という個人間での自由恋愛というのを真っ向から否定するようなものだったのだ。
エルフというのは他種族と交流関係を断つ、あるいは持とうとしない排他的な面がある。もちろん、氏族や個々人には他種族と関係を持つ例外もあるがエルフ全体で言うと少数派だ。
コテツもそういう性質があるというのは知識としてあったが、流石にそんな制度を強いるような国まであったことは驚きであった。
「なんつーか、窮屈そうというか閉鎖的な国に思うぜ」
「きみはそう思うだろう? だが、国に居住する私の同族はそれになんの疑問も抱かず、国が指定した者と淡々と婚約するのが普通と当たり前に認識していた……それに違和感と嫌悪を感じた私はいわゆる異端に該当するのだろうな」
結婚適齢期になれば役人に紹介される見ず知らずの相手と結ばれるのがシェリーの国では常識であり、彼女の両親もそういう経緯で結婚した。
母も父も淡白ではあったが互いに愛し合っており、シェリーにも愛情は注いでくれたので家庭内の環境は悪くこそなかったが、幼い頃から彼女は漠然とだがその義務的な恋愛に疑問を覚えていた。
それは歳を重ねるごとにより強くなったが、その制度に異議を唱えることはなかった。そんなことをしたら周囲から異常者だと白眼視されるのは目に見えていたからだ。
だから胸の内に秘めておくだけにしておいたのだがーー百二十歳になった時に役所からある通知が届いたのがシェリーに国を出る決心をつけさせることとなった。
送られてきた封筒に入ってた書類には〝将来に結婚すべき人物が決定し、結婚日も確定した。よい結婚生活が送れるよう願う〟という旨が書かれており……シェリーはそれを受け取った日の深夜にひそかに荷物を纏めると両親への書き置きを残して国外へ逃亡した。
「今から振り返れば衝動的で短絡的な行動だったと自覚してるが、後悔も悔いもないのは確かだ。ガチガチに縛られた恋愛をするのは我慢ならないという私の心に従ったのだから」
「……それから一度も国には帰ってねーのか?」
「あぁ。むしろ戻ったりなどしたらよくても禁固処分か、密出国として投獄されるかのどちらかしかないからな。国を出た直後はとにかく遠くの地へ行くことだけを考えた」
無論、宛もなにも無かったからその道中は決して楽なものではなかった。
「だが、私の家は武芸に力をいれていてな。小さい頃から戦闘訓練を積んでいたから取るに足らなかったが煩わしいといったらなかったな」
「まぁ、そんだけ美人だったら不貞をしようって奴も出てくるだろうけど」
「ふふ、そういった類いの言葉は飽きるほど聞いてきたがコテツくんから言われると嬉しくなるな♪」
はにかむような笑顔にコテツは不覚にもドキッと胸を高鳴らせてしまった。最初に会った時は初対面の男に性行為を迫ろうとする痴女にしか思えなかったし、今だってその認識こそ変わってないがそれを差し引いても美女の笑顔は見惚れるものがあってしまう。
「と、取り敢えずアンタのことは大体わかったけどさ、俺にその、ぞっこんになったわけがまだわかんねーんだけど? 自分で言うのもなんだけど、俺ってそんな一目惚れするような面とかしてるか?」
自虐的だが実際に自分でもわかってることだった。童顔気味の容姿のせいで同業の冒険者に舐められることもたまにあるくらいなのだし、ある女性冒険者からは「むさい男冒険者の中で少ないオアシス要素」と愛玩動物のような扱いさえ受けたことがある。
なので、一体シェリーがなぜ自分に夢中になるのかその理由を聴くと、彼女はフッとよくぞ聴いてくれたというように口角を上げると懐から一冊の本を取り出して見せた。
「それはこの
「この世の真理を、か?……なにが書かれてんだ、それに」
ある国に滞在した際に知り合った者から譲り受けたという話で大仰なことを言ってるがそれだけ大層な代物なのだろうかと疑うと、シェリーは読んでくれればわかるだろうとこちらに手渡してきた。
『ゲキ萌え特集♡ 彼氏にお薦めなのはずばりっ、童顔系男子☆ いくつになっても爽やか可愛い彼らをあの手この手で誘って搾り尽くしちゃえっ♡ これを読めば貴女も新たな道に目覚めちゃうかも?』
「…………」
のっけからキッツい文言が乱舞するそれになにも言葉が出ず、反射的に引き破りたい衝動に駆られる。
しかし、曲がりなりにもシェリーの物なのだからと深呼吸をして気を落ち着かせて次の頁をめくると目次が並んでいたのだが……。
ーーStep1 まずは童顔系男子の魅力解説♡
ーーStep2 魅力が理解したら今度は妄想で楽しもう♡
ーーStep3 妄想でイケるようになったら次は実践で気になる子を搾ってみよう♡
「変態の育て方じゃねーかっ!!!」
「あぁっ!? わ、私の
目次の時点でこれが相当にろくでもないとわかり、コテツは感情のままに床にバァンっ!と本を投げ捨ててシェリーが慌ててそれを拾う。
その仕草からよほど大事にしてるみたいだが、なぜにこんな特殊性癖を拗らせるような内容の本を
「これのどこが世の真理を衝いてんだよっ!? 単に変態嗜好を助長させるような内容しかねーじゃんかっ、こんな偏った知識で恋愛学ぶとか絶対にアウトな道を選んじゃってるよアンタっ!」
「なにを言うんだ、これを渡してくれたショタコンdeモエモエさんは熱弁を奮って私に色々と教えてくれたぞ。そのおかげで私の趣味嗜好は人並みになったし、幅広い恋愛思想を学ぶことだって出来たぞ」
「下手したら人並み以下になってると思うけどっ!? それに恋愛思想だって狭まってるわっ!」
どや顔を披露してるが、これのせいでシェリーがこんな性癖になったのだろう。先述していた管理された結婚制度の弊害で恋愛に関する知識が極端に少なかったのもあって、これを真に受けてしまったらしい。
取り敢えず、渾名かペンネームだが知らないがそのショタコンdeモエモエというふざけた人物がシェリーを変態に仕立て上げた元凶なのはよくわかった。
「これを読んだ私は学んだ知識に従って理想の男子を求めて西へ東へと渡り歩いたが、なかなか条件に合致してくれる男子に遭えないまま、三百年ばかりが過ぎてしまったが……そんな中でようやく出逢えたのがきみというわけだ」
おもむろに腰かけてたベッドから立ち上がると、コテツの手をとって熱い眼差しを向けてくる。艶っぽい表情も合わさって、咄嗟に振りほどくのを躊躇った直後にシェリーは立ち位置を反転させてコテツをベッドに押し倒した。
「うわっ…!?」
「あの人に教えられた、まさに理想通りの顔立ち。それにケモ耳男子が至高の萌え対象ともあったから、きみと出逢えたのはこれはもう天啓と言っていいだろう……私が四百年守ってきた処女だってあげたんだ。コテツ、私を受け入れてくれないか?」
「はっ? ちょ、待ったっ! アンタ、昨日俺とヤったのが初体験、だったのかっ!?」
「当たり前だろう。処女は理想の恋人に出逢うまでは取っておけとも書いてあったからな、だからきみにあげたんだ」
あんな本を読んだのだから、てっきりそういうのを何度も経験してるとばかりに思い込んでたが、なんと全く未経験の処女という事実が発覚してコテツは狼狽える。
こちらも童貞を彼女に喰われたわけだが、齢十八に対してシェリーは四百歳越えと純潔を守ってきた年月には雲泥の差がある。
(こいつの策略で俺の方から襲っちまったとはいえ、まさかお互いに初めてを捧げあったなんて……そんな話、聞かされちまったら無下に扱うのを躊躇っちまうじゃねーかっ。とは言っても、いきなり会ったこいつにいきなり恋心なんて抱くのは無理ってもんだしっ……)
彼女からの求愛を今すぐ受け入れるのは流石に困難であるが、片思いの感情をバッサリ切り捨てるというのもコテツには出来なかった……そうしてる間もシェリーが断らないでほしいという風に懇願するように見つめてきており、悩み悩んだ末にコテツが出した結論は。
「じゃ、じゃあよ、こうしねーか。体面だけは恋人ってことにして、俺の側にいとくのは認めるからよ……その間に交流とかして親身な間柄を築けたら、その、アンタからのプロポーズも受けてやらないでもないかなって感じで」
すでにギルドで多数の人間に知られてしまったので表向きはそういう関係にしておくという自分や彼女のことも配慮した妥当な案だと思うが、果たしてシェリーはどう出るか。一抹の不安を感じながら反応を窺うと、納得したようであった。
「そうか、まぁ譲歩してくれただけでもありがたいことだ。これから私の魅力をたっぷりじっくり教えてあげれば、きみも心開いてくれるだろうしな……
「うっ、い、言っとくけどなっ、四六時中ヤるような爛れた生活は送んねーぞっ。つーか、一緒に暮らす以上はアンタにも働いてもらうからなっ」
豊満な肢体を強調するシェリーに生唾を飲んでしまうが、考えてみれば同居人が発生することになるわけだから食費やら生活費の為にもシェリーには働いてもらう必要がある。
幸い、荒事が苦手というわけではなさそうなので一緒に冒険者をやってもらうのもありだろう……非常に悪目立ちすることになるがその辺りは我慢しておくことにする。
それはそうと、コテツにはひとつ気になることがあった。
「それと、ちょっと気になってんだけどな」
「気になる、とはなんのことだ?」
「いや、アンタの名前のさ。アールエルツって単語をなんかどっかで聞いたことがあんだよ、こう、頭の隅に引っ掛かってるような感じなんだけど」
「ああ、それはたぶん国名の一部にあるからだろう。後から知ったのだが、私の国はなかなかに有名だっだから人伝で聞いたのを覚えていたのではないか?」
「なるほど、そっか……って、ちょっと待った。今、なんて言った? 国名の一部にあるって…?」
シェリーは何気なしに言ったが、普通の身分であったなら国名に自身の名が含まれてるなんてのはあり得ないことである。
つまり、彼女は平民や一貴族には収まらない地位にいるのではと思ったコテツが聴いてみればシェリーはごくあっさりとした感じで言い放った。
「うむ、私の故郷……アールエルツ神皇国の皇帝の親族で分家に当たる血筋が私でな。まぁ、遠い血筋だしすでに絶縁されてるだろうから別になんてことないぞ、ハッハッハ」
「アー、ナルホドナァ……ってちょっと待てぇっ!! それっ、めちゃくちゃ大事な話じゃんかっ!?」
いくらなんでも笑い流せる話でなく、コテツは血相変えて叫んだ。アールエルツ神皇国といえば、ここからずっと離れた国だがその国力は周辺国家の二倍、三倍はあるという大国でコテツのような冒険者すら名前程度は知れ渡ってるぐらいだ。
分家で血縁関係も遠いとはいえ、皇帝の親族となればシェリーは本来なら自分なんかとは釣り合うどころか文字通りの天上人、超高嶺の花の身分差がある。
これがもしバレようものなら、よその皇族を誑かしたとして逮捕される……いや外交問題にまで発展する一大スキャンダルになるのは明らかである。
ちょっと甘い雰囲気になりかけてた空気だったが、シェリーのとんでもない出自を知って不安のどん底に落ちたコテツが重苦しいオーラを放って、見るからに盛り下がるがそんなことは露ほども気にしてないシェリーは朗らかに笑う。
「さ、私の純潔はあげたのだから責任は取ってもらうぞコテツ♡」
「いや無理っ、ぜってー無理っ! 社会的にも身体的にもマジで死ぬってぇっ!!」
その悲鳴はコテツのこれまでの人生で、最も悲痛な叫びであったそうな。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
時間かかって長文になってしまいましたが、これで序章にあたる話は終わりとなります。
次からは日常生活も交えたコテツの心労の日々を綴っていこうと思いますので、どうぞよろしく。
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