第2話 後悔先に立たずを地でいく その弐



 コテツ・ヤイバは狼の血をひく獣人として生まれた。獣人という種族はこの世界では人に次いで数多く繁栄してる種である。また血の濃さによって外見が変わりやすく、人間寄りの容姿もいれば獣が二足歩行してると言っていい外見になるなど同じ家族でもバラける割合は高い特徴などがある。


 コテツは人寄りの容姿で年上受けする顔だそうで、里にいた頃は年上の女たちからしょっちゅう構われて可愛がられてたぐらいだ。


 最もコテツとて立派な男児である。幼少時ならまだしも、月日が経って男としての自負が芽生えてきた中ではそういう扱いは嬉しくなくなってきた。

 なので十三歳になった時、コテツは親に頼み込んで冒険者として働きに出たいと申し出た。

 なぜ冒険者を目指そうとなったのかは単純な話、里で冒険者をやってる男衆がみな屈強な体つきをしてたので〝自分も冒険者になれば男らしくなれる〟と思ったからだ。



 別に冒険者限定でなく肉体労働の職業をしていれば必然的に体が鍛えられるのだが、当時のコテツはかっこよさも追及してたのでよく武勇伝を語ってる大人の冒険者への憧れもあったらしい。


 両親はもちろん渋った。

 冒険者といえばドラゴン退治とか未踏のダンジョンを制覇したとかいう英雄伝がよく聴かれるがそんなのはごく一部の凄腕冒険者だけが出来ることで、大多数の冒険者はその日の食い扶持を凌ぐのでやっとである。

 それでもまだ人並みの生活が出来るだけマシな方……中には実力不足から低賃金で貧しい暮らしを送る者、魔物との戦いで四肢欠損の重症を負い生活が儘ならなくなってしまった者、あるいは新人狩りというタチの悪い同業者の毒牙にかかってしまった者など何事にも闇というのはあるのだ。


 それらを語った上でそれでもやりたいのか?と父親は念押ししたがコテツの意思はそれぐらいの話を聞いただけでは折れなかった。


 「一度、言ったからには無様な真似はしない」と力強く宣言して、父も母もその熱意は認めざるを得なかったが代わりとして里でも一番の冒険者である知人に稽古をつけて貰って及第点に達したなら良いと言われた。

 それからは、コテツはその冒険者に戦闘の仕方やダンジョン探索時の心得、体作りなどみっちりと教え込まれた。


 そして半年後にようやく及第点を貰えたコテツはその冒険者に連れられて、近くの街にある冒険者ギルドに登録。そのまま実戦を踏まえられながら鍛えられて一年半後には早くも独り立ちして……それから更に三年の月日が経った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「とぉりゃあっ!」

「ギャグォォォッッ!?」


 コテツの刀剣による斬撃が相対していた魔物、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンの屈強な肉体を袈裟斬りにして息の根を止めさせた。

 血を流して倒れたホブゴブリンの生死を確認してから、刀剣に付いた血潮を払って鞘にへ収めて一息をつく。


「ふぅ~……感慨深いなぁ。初心者時代じゃ、まともに太刀打ちできずに他の冒険者のサポートに回るしかなかった強敵が今じゃソロでも倒せるようになったもんな。まぁこれも日々の努力を積み重ねた結果だぜ、へへ」


 口から八重歯を覗かせて嬉しそうに笑うコテツ。喜びの感情を表すように尻尾もパタパタと振られていた。今しがた倒したホブゴブリンを難なく討伐できるまでに成長した自身の成長度合いに感嘆としてるようだ。


 初めに冒険者を目指して十三歳だったコテツも現在は十八歳になり、かつては少年らしかった体も今は適度に筋肉がついた精根なものとなった。最初に的確な指導を受けたお陰か大きな怪我を負うこともなく、実力の方も中堅に食い込むまでになっており、ギルドからの評価も上々と順風満帆な日々を過ごしていた。


 ただし、未だに納得できないこともある。ホブゴブリンの死体から素材を剥ぎ取って処理した後に立ちよった泉で、水面に映る自分の姿を不満げに見た。


「ん~、なんかなぁ。体の方はそれなりに筋肉とかついてくれてんだけど……なかなか伸びねーし、顔だって昔からあんま変わってくれねーんだよなぁ」


 水面に映るコテツの顔は十八歳という年齢よりも低く見えるいわゆる童顔気味なもので、年上受けする可愛さなどと言われてた頃とそんなに変化していないのだ。

 ついでに言うと体つきこそ男らしいが、身長が成人男性の平均よりやや低めで最近では新人の冒険者に抜かれてることもあってコンプレックスにさえ感じていた。


 一応、先輩の威厳を保つ為にと筋トレをしたり、食事も栄養がバランスよく摂取できるものを食べたりとしてるのだが、なかなか結果が出てくれない。


ーーコテツは知らないが「童顔で程よく筋肉がついた体のミスマッチが萌える♡」とギルドの女性職員の一部の性癖にヒットしてたりするが……それはそれとして置いておこう。


「いっそ、魔法薬にでも手ぇ出すか?……いや、やっぱ止めとこう。大体がボッタクリ値だそうだし、効果だってちゃんと出るかどうかすら怪しいもんなアレ。まぁ俺もまだ成長期は過ぎきってねーと思うし、薬に頼んのはまだ先延ばしにしとくか」


 まだ成長期という望みを捨てずに信じようという結論に至ると、討伐達成の報告の為に急ぎ足で冒険者ギルドに帰還するのだった。




ーーコテツが所属する冒険者ギルドがある街、ギルビット・タウン……故郷であるスタングラム王国の中ではそれなりの規模と活気がある地方都市である。


「よぉ、コテッちゃん。無事に帰ってきたみたいだな」

「オッス、おっちゃんもお疲れ。てか、おっちゃんさぁ、その呼び方はもう改めてくんね? 俺、もう十八なんだぜ。ちゃん付けなんて格好つかねーよ」

「はは、俺から見たらお前なんてまだまだガキだよ。あと五年ちょいは呼ばせて貰うぜ」


 顔馴染みである門番とそうやり取りしてコテツは街中へと入る。あの門番とはこの街に初めて来た時から知り合っており、いつも魔物退治関連の仕事に行く時は気をつけて行けよと言ってくれたりと心遣いしてくれる好感が持てる人だ。


 それが初心者の頃は心の支えと励みになったのもあって、コテツは彼からの軽口にも言うほどには気にしていなかったりする。それからは昼過ぎというのもあって比較的に空いている商店街を通って冒険者ギルドにへと着く。


 両扉を開けるとほとんどの冒険者は依頼で出掛けてるようでギルド内はちらほらと人がいる程度だった。

 混んでない時間帯に帰ってこれたのは良かったと人心地ついてから、依頼達成の報告をするべくカウンターにへと向かう。


「こんちは」

「あぁ、どうもコテツさん。依頼達成の報告ですか?」

「へへ、当たり。これ、討伐対象のホブゴブリンの素材な」

「どうも、ではすぐに鑑定しますね」


 受付嬢は奥にへと引っ込むと鑑定スキル持ちの職員に素材鑑定を頼んだ。一昔前には討伐したという印の魔物の素材を別の魔物で誤魔化したりする偽証行為が頻発した為に、逐一鑑定スキル持ちの職員がチェックする習慣になってるのだ。

 少ししてから鑑定結果が問題ないという報せと共に依頼料がコテツに支払われる。


「依頼料の二百五十ゴールドです、お受け取りください」

「よっし、これで今月はもう問題ねーな」


 貨幣の入った袋を手にしてコテツは満足げだ。今月分に必要な生活費はこれでクリアだ、無駄な浪費さえしなければ破綻の心配もない。

 このように月々に必要な分だけ稼いだら、後は危険度の低い依頼を適当にこなしてゆるゆると過ごすというのが冒険者を初めてからずっと続いているルーチンでもあったーーしかし、実を言うと前々からこの繰り返しにコテツはちょっと飽きのようなのが来ており、パーッと余った金で散財などをしてみようかなと考えていた。


 そういえば、近くの武器屋に新しい商品が入ったという小話を聞いたのでそれを買ってみようかなと思った。珍しい奴なら鑑賞用に部屋に飾ってみたら良いインテリアになるだろう。


(となると、手頃な依頼を受けてみっかな。えーと、残ってるやつで報酬額が高そうなのは……おっ、良いのが残ってんじゃん♪)


 依頼が貼られてるボードを期待半分で探していたら、ちょうどいいものを見つけた。


 内容は〝産卵期で繁殖したグレートフロッグの討伐〟である。グレートフロッグは蛙が子犬程度に大きくなった魔物で単体でも群れてても驚異度の低い魔物だが、人里に出た場合は作物を食い漁るという迷惑な習性があるのだ。

 農家の人間には堪ったものではなくこうして依頼が出されてる訳だが、農業を営んでる都合上、都市部から離れているので移動が億劫になりがちで敬遠されやすくもある。


 なので早めに引き受けてくれるよう、出来るだけ依頼料を高めに設定してくれる場合も多々ある。今回の場合は百三十ゴールドと半端な数字だがコテツにとってはこれで十分だ。

 移動距離とて、獣人として鍛えた脚力もあるしスタミナとてまだまだ残ってるから心配いらない。


「すんませーん、この依頼お願いします」


 依頼書を手にカウンターへと向かうコテツ。

 この時点ではごく簡単に終わるだろうとして、依頼料の使い道を先走って考える余裕まであったがーー後にいくつもある依頼からこれを選んでしまったのは不運の極みだったと独白することになった。

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