ドラゴン退治はもう飽きた
「良かったわ~。やっぱり最初はお母さんが居たほうが安心ね~」
母上がそう言いながらテキパキとドラゴンの死体を解体している。実に手慣れた様子だ。きっと何度も解体した事があるのだろう。
刀は血だらけ、服にも血が大量に付いているが母上はご機嫌らしい。
「でも驚いたわ~。ドラゴンなんて早々出てこない筈なんだけど…女神様に貰った魔法書のせいかしら?」
一通り解体が終わるまで俺は立ち尽くしてた。いや、母上に声を掛けられるまで俺はきっと動けなかっただろう。
「ニーサちゃん?」
「…あっ!うん、大丈夫。ありがとう母上…」
突発的に大丈夫と言ったが、大丈夫な訳がない。
俺は死にかけた、本を読むだけでこの世界は死ぬのだ。もはやどうすれば死なないのか考えるのが馬鹿らしくなってくる。
もしも、願いが叶った後にすぐ読んだら。
もしも、母上に正直に話さず部屋で本を読んだら。
そうすれば死体となって転がっているのはそこにいるドラゴンではなく俺だっただろう。いや、恐らく喰われて骨すら残っていない。
「うーん、やっぱりニーサちゃんの読書スキルじゃ難しいみたいね。もっと簡単な物から試してもいいかもしれないわね」
そう言いながら、ドラゴンの肉を背負い母上が手を差し出してきた。今日はもうやめて家に帰るみたいだ。
母上が読書スキルというファンタジー世界に如何にもありそうな事を言っていたが、今の俺はそんな事を聞くより早く家に帰りたかった。
転生する前の地球の家に。
*
帰り道、トボトボと母上の後ろをついていっていると母上が魔法書について説明を始めた。
「魔法書や、古文書を読むときには読書スキルが必要になるわ。生まれつき覚えている人と覚えていない人がいるけど、ニーサちゃんは覚えてるみたい。絵本も一人で読めてたでしょう?」
どうやら俺が転生特典と思っていた本を読む事が出来る能力はこの世界のスキルらしい。しかも、口ぶりから対して珍しくもない。
「それでスキルを使って魔法書なんかを読むのはいいけど、スキルレベルが足りないとさっきみたいに色々トラップが発動しちゃうの。強い魔法程強力なトラップが仕掛けられていて、魔法書を作った人が使える人を選んでるらしいわ」
つまり、この世界では魔法を使うのに魔法書のトラップを踏まない程度には読書スキルのレベルを上げないといけないらしい。
「さっきみたいに魔物を周辺に召喚したり、本に魔力を吸い取られたり、いきなり別の場所に飛ばされたりするわよ~」
母上が笑いながらとんでもない事を言っている。道理でそんな重装備な訳だ。家や街で読むのも却下だろう。いきなり魔物を召喚されたらたまったものではない。見つけ次第半殺しの理由も分かる。
「それと魔法書は消耗品なの。魔法を覚えるかトラップが発動すると魔法書の魔力が無くなっていっていずれ消えちゃうわ」
あぁ、だから、持っていた本が軽くなったのか。何となく理解した。
「でも、その魔法書はまだ使えそうね?明日もやってみる?初めて魔法を覚えるときは一杯死ぬでしょうけど、ニーサちゃんならきっと大丈夫!」
「うん…でも…暫くは魔法書は読まないよ…」
母上が笑いながら励ましてくれた。魔法書が読めずに俺が落ち込んでいると思っているのだろう。
実際はそうではなく死にかけた事に対する恐怖に怯えているだけなのだが。
*
家に帰るとハンナちゃんが家の前で待っていた。そういえば何時も遊びに行く時間だ。
「あ、ニーサ!とニーサのお母さん!何処か一緒に行ってたの?」
「あー、魔法書を読んで魔法を覚えようとしていたんだ」
「えー!ずるいよ~。私も魔法覚えてみたい~」
ハンナちゃんがそう言うが俺はもう二度と魔法書を読まないつもりだ。というか、血まみれになっている母上については特にコメントが無い事に俺は違和感しか覚えない。
「結局覚えられなかったし…ハンナちゃんも魔法書を読むのはやめておいた方がいいと思うよ?」
「むー、じゃあ一緒に遊ぼ!」
俺の説得に取り合えずは納得したのか、それとも俺がやっていたのが気になっただけで、元からさして興味が無かったのか。ハンナちゃんがいつも通り俺を遊びに誘ってくれた。
「ごめん。今日は魔法書を読むので疲れちゃったから、また明日遊ぼ?」
「せっかく待ってたのに…」
「ごめんね。また明日遊ぼう?」
「…じゃあ明日ね!明日また来るから!」
そう言ってハンナちゃんは元気よく腕を振っていった。
「あら、良かったの?今日は遊ばなくて」
後ろで黙って見ていた母上が言うが本当に今日は疲れているのだ。部屋でゆっくり休みたい。
「うん、今日はいいんだ」
*
軽く体を拭き部屋に戻る。母上程返り血は浴びてないが俺にも頬に血がついていたらしい。部屋に戻って休もうとした時に母上に言われて気が付いた。どうやら俺は相当疲れているみたいだ。
自分のベッドに横たわると目を瞑る。思い出される光景は俺が魔法書を読んだ後、ドラゴンに喰われそうになった時だ。
死にかけた、死を目前とした。
今まで俺は死を見る事はあっても死にかけた事はなかった。今後もきっとこんな事を経験し、そしていずれ死ぬのだろう。
そう感じた時不思議と涙が溢れてきた。恐怖からだろうか?不安からだろうか?今の俺には何も分からない。ただ一つ分かる事は、この世界で生きていくには、やはり命が幾つあっても足りない事だった。
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